2016年09月11日

旅をする仕事 (4)

【 旅をする仕事 (4) 宮城県石巻市、松島海岸 】
 
 僕の仕事は旅をすることです。先週の日曜日は仙台から仙石線に乗って港町、石巻市に来ました。

  水産や造船の街ですが、温泉が出ないため、観光で盛り上げるために日帰りの観光地として石ノ森章太郎の漫画館などを作って街起こしをしています。

  とにかく海産物のうまいこと!
駅弁で買った大漁宝船弁当にはアワビから鮭からいくらから鯖、桜エビなどがてんこ盛りで1000円です。
  
 東日本大震災では津波の被害をもろに受け、内陸部に至るまで大きな打撃を受けました。

  でもそこは粘り強い東北人。自然災害の大きな痛手から、地域のコミュニティの力を総動員して新しい街起こし、都市計画の再編で地道に復興への足取りを進めていました。

  東京に帰る前に、松島海岸に立ち寄って来ました。松尾芭蕉が

"松島よ。ああ松島よ。松島よ。" と唄ったとおり、形容詞の要らないくらいの絶景でした。

  紺碧の海と空に広がる大空間。島の緑が点々と青い海に散らばり、思わずカメラを置いて眼の前に拡がる絶景に見とれました。

 「日本人に生まれて良かった。」とすら思いました。

  おもむろに売店に向かい、宮城産の純米酒を買うと足早に埠頭に向かい、海を見ながら杯を交わしました。
  
  映画 『男はつらいよ』 に出てきたフーテンの車寅次郎になった気分です(笑)。

  そうです。私の仕事はTRAVELLERS(旅人)です。これからも、海の景色や山の景色を楽しみたいと思います。
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旅をする仕事 (3)

【 旅をする仕事 (3) 宮城県仙台市】

 僕の仕事は旅をすることです。どんなに離れていてもメールや電話に頼らず、お客様と直のコミュニケーションを大事にするのが僕のポリシーです。

  金融庁のポリシーも同じみたいですが(笑)。そんなわけで東北地方でお客様と精力的に合っています。

   やはり直に合うのが一番ですね。仕事が終わった後は、地元の郷土料理で一杯やるのもTRAVELLERS(旅人)の楽しみです。

  今夜は仙台駅前の牛タン専門店 ゛呑八゛で牛タンと麦飯、牛角スープを頂きました。

  明日は港町、石巻を旅します。
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2016年08月28日

旅をする仕事 (2)

【旅をする仕事 (2) 千葉県木更津市】

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  僕の仕事は旅をすることです。フーテンの車寅二郎よろしく、「今日は海が見たい」と思えば海の方角へ足を向け、「今日は山の景色が見たい」と思えば山の方角へ足を向けることが出来る自由な仕事です。時間の拘束もありません。

  今日は映画 『木更津キャッツアイ』でヤンキーの自由な生きざまと草野球にかけた闘魂が南関東の田舎街を描写した房総半島の風景をお送りします。

  「どれだけヤンキーが多いのか?」と期待して行ったのですが、モヒカンやリーゼントが街をたむろしている訳はなく、暴走族のバイクも見当たりません。神奈川県の川崎や相模原市の方がよほどヤンキーが多いです(笑)。

  どうやら映画の産み出した虚像のようでした。
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2016年08月23日

旅をする仕事 (1)

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 −  東京都葛飾区、京成電鉄青砥、立石

僕の仕事は旅をする仕事です。今日は珍しく東東京に旅に来ました。映画 「男はつらいよ」 で全国を旅するフーテンの車寅次郎の生き方に憧れていますが、今日の旅は、車寅次郎の故郷、葛飾区でした。人情味に溢れた、下町風情たっぷりの街でした。

 【 リアカーマン − 地球一周4万キロを歩いた男 】

 

歩くことが全てであるかのような男の物語。
50歳という人生の半ばを過ぎ、家庭も子供も授かってもなおも歩き続ける姿には感動すら覚える。
そして(急に始めた人には無理であろうが)、人間は「やろう!」というチャレンジ精神と目的があれば、高齢であっても様々なことに挑戦できるものだということを教えてくれる。
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2015年02月11日

秩父百景 (2) 

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 秩父には34札所巡りというのがあるとガイドブックで知りました。四国の48か所お遍路めぐりはぼう大な時間と手間をかけて回らないと走破できませんが、秩父の34札所は全部歩いて回れる距離にあるから便利です。

 写真は武甲山と22番札所の童子堂。童子堂は、街から30分ほど歩いた田園地帯にあります。子供を病気から守った伝説からこの名前が付いたそうです。仁王像が独特の表情を見せています。

 田舎の道をボーっと何も考えず、延々と歩きました。のどかな風景に癒されました。
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2015年02月08日

秩父百景 (1)

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 天気の良く晴れた土曜日、埼玉県秩父に行ってきました!

 秩父と言うと、その距離感からトンデモナイ山奥と思っていて、これまでなかなか行く機会がなかったのですが、初めて行ってきました。私鉄ネットワークが拡がり、東急東横線が西武池袋線と乗り入れるようになり、横浜から電車で2時間で行けるようになったのです。しかも片道千円強で行けるのです(普通運賃)。

 西武鉄道の特急、レッドアロー号も、特急料金が数百円かかるものの、乗り心地が良かったです。社内に自動販売機やトイレまで付いていて、本格的でした。

 古民家風のお店や工芸店、などをぶらぶら歩きしながら、33箇所札所巡りをしました。お昼は秩父名物の豚グルメです。豚みそ丼やとんかつ、ホルモン焼きが有名なのです。一番の有名店は行列が並んでいたのであきらめ、わらしカツ弁当を食べました。

 ジューシーで美味しかったです! こじんまりした街で、週末の散歩にもってこいです。4月から5月にかけては、芝桜で有名な羊山公園が大人気です。また行ってみたいと思います。

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2014年08月23日

グアム島漫遊記 (2)

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 朝は7時に起きて、ホテルのロビーラウンジでクロワッサン、シナモンロールを買い、熱いローストコーヒーで体の中に流し込んだ。現地にはシナモンロールの専門カフェ、”シナボン” がある。

 朝食を食べた後は、レンタカーを借りてドライブへ。最初はタモン湾から10分ほどのところにある恋人岬だ。いかにもアメリカらしい6車線の道路が続き、恋人岬に行く間は深い緑がつづく田園地帯だ。

 その昔、チャモロの若い恋人たちが親に結婚を反対され、娘の相手には政略結婚で現地の領主の息子とむりやり結婚させられることに絶望した二人が、高い岩の上から心中したという悲劇の地だ。

 なにも心中までしなくたって、命をかけた恋の思い出は、それだけで素晴らしいのだから、一生、自分の心の中に宝物としてしまっておけば良いのに、と思うが、若い二人にはそこまで達観する余裕はなかったのだろう。

 自然に恵まれた、この世の楽園と思えるような地に悲劇があったのが痛ましい。ここを訪れるカップルが、たくさんのメッセージボードを書き、金網につるしている。

 次に車を走らせたのが、ハマモト・トロピカル・フルーツ・ワールド。総面積6万坪の果樹園は、これがなかなか山の奥にある秘境で、幹線道路から分岐した田舎道を走り、急こう配の凸凹な道路を下りて行く。

 さまざまなトロピカル・フルーツを栽培し、観光客をミニバスに乗せて案内し、果物狩りを体験させてくれる場所だ。

 このオーナーの浜本氏という日本人が、なかなかの波乱万丈な人生を過ごした人で、メディアからも取り上げられている。日本の大学を出て銀行に就職したものの、海外志向が強いためにホテルに転職し、海外移住のチャンスを待ち、グアムに異動する。

 グアムのホテルで働いた後、トヨタレンタカーの海外第一号社員に抜擢され、なおも移民ビザ取得のためにグアムでのビジネスの土壌づくりにはげむ。やがて、パラオ国王に見初められて、不動産開発の道に転身し、銀行から融資を受け、企画、建設、開業というプロセスを繰り返してバブル絶頂期の頃にホテルや観光施設等の開発にのめり込む。

 想像を超えるお金を不動産開発で稼ぎ、グアムの夜の街で毎晩大金を使い、今夜は幾ら使ったかというのが話題になるほどだった。そんなある日、世界的に有名なギャンブラーから、

 「 金じゃないんだ。数字なんだ。 」 と言われたのをきっかけに、自分がこれまで送ってきた人生のはかなさに気づき、不動産開発の仕事から足を洗う。

 次は自然の中に自分の生きがいを見出したいと決意した。未開のジャングルを切り開き、トロピカル・フルーツ・ワールドを建設するも、1997年のグアムの巨大台風で島の過半数が壊滅的な被害を受け、フルーツ・ワールドも回復不可能くらいの打撃を受ける。

 もう金策も尽き、絶体絶命かと思い、ビジネスマン人生の終結を覚悟した浜本氏に、資金提供者が現れ、奇跡的にトロピカル・フルーツワールドは開園を迎えることができた。そして、浜本氏は今もここで心豊かに観光客に至福の時を与えていらっしゃるのだ。

 トロピカルフルーツの美しさも確かに人の心を打つが、私にとっては、、オーナーの武勇伝のほうが数倍、面白かった。

 次に訪れたのが、これまた夢のあるオーナーが東海岸沿いに開発したレジャー施設のジェフズ・パイレーツ・コーブ。ハンバーガーの美味しいレストランがあるところだ。ここに来るのは2回目。 
 
 4年前に来た時には、ビーチで遊泳できたのだが、“No Swim” と書かれている。桟橋を使った釣りコースも無くなっている。せっかく美しい眺望が目の前に広がっているのになぜだろう? と思い店員に聞いてみると、観光客が溺死し、ライフガードもいないので遊泳を続けることができなくなったのだそうだ。

 残念な話である。真っ青な空の下、椰子の木の向こうに広がるフィリピン海を見ながら、ハンバーガーをほうばった。

 (つづく) 

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2014年08月21日

グアム島漫遊記 (1)

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 【 写真: タモンビーチ、シェラトンホテルから見た夕陽 】

 グアム島は、今さら説明するまでもないが、小笠原諸島、硫黄島のはるか南にある2000の島から成るマリアナ諸島のひとつで、その南にはフィリピンがある。アメリカの領土で、アメリカ本国のハワイとは違うが、アメリカの雰囲気はたっぷり味わえる。

 だが可哀そうなことに、アメリカ大統領選の選挙権は与えられていない。次の選挙でヒラリー・クリントン(民主党)に投票するか、バカ・ブッシュ・ファミリー(共和党)の最後の一人のバカに投票するかという究極の選択をできない、という話を子供にしながら深夜にグアム国際空港に降り立った。

 なぜブッシュ家がバカかというと、アメリカの軍産複合体から多額の献金をもらい、必要がないのに(イラク戦争などで) 無意味な戦争を引き起こし、罪のないイラクの市民10万人や、帰国後にPSDTを起こして自殺することになったアメリカ兵の命を多数、犠牲にしたからだ。

ブッシュ家のおかげで得をした人たちは、ロッキード・マーチンやマクダネル・ダグラス、ボーイングといった軍事産業くらいだ。今もシリアやウクライナ、パレスチナで終わることのない紛争が続いているが、なぜこの世から戦争がなくならないかと言うと、軍事産業があるからだ。

 いくら国連が頑張ろうと、NPOが頑張ろうと、この世に軍事産業がある限り、戦争はなくならない。

 さて、甘くて深いパッションフルーツのような優雅な匂いに包まれた国際空港の匂いは、東京でたとえるとシャングリラホテルのようだ。

 入国手続きを終え、いかにもアメリカンムードが漂うチャカ・カーンの Clouds を聞きながら、お迎えのバスに乗り、ホテルに着いた頃にはすっかり深夜だった。

 朝9時に起きると、明日のレンタカーの予約と、夜のバーベキューの予約をして、海水パンツに着替えてからウォーターパーク、Tazaへと向かった。ヤシの木が生い茂るトロピカルムードたっぷりのTazaは、流れるプールからサーフライダー、12本のバリエーションの楽しめるウォータースライダーなど、水で遊ぶにはもってこいだ。

 ひとしきり遊ぶと、DFSの向かい側にある評判のホットドッグ屋さんで、12ドルのホットドッグセットを買って、タモンビーチに持ち込んでむしゃぶりつく。

 タモンビーチは遠浅のサンゴ礁が広がり、まず溺れる可能性はない。シュノーケルを付けて、数少ない熱帯魚を観察していると、隣に元気な日本の子供たちが5人、プラスチックでできた魚籠を持って熱帯魚を取ろうとしている。この辺りは観光地だから、熱帯魚の数は少ないが、探せばカラフルな熱帯魚がいる。

 わざわざ魚籠を持って海外旅行に来る根性が凄いなと思っていたら、彼らのお父さんがやってきて、サンゴ礁の岩陰で上手に魚を生け捕る手法を子供達にてほどきしている。このお父さん、何県から来た人で、何の仕事をしているかは全然知らないが、魚の生け捕り方を見ている限り、タダものではない。

 残念ながら、熱帯魚の生け捕りは成らなかったが、家族総出で一つの遊びに熱中しているのだから、良い家族ではないか。浜に戻ると、このお父さんが子供5人を従えて戻ってきて、お母さんと一緒に
 「お疲れ。」 と言ってバドワイザーの缶ビールで乾杯している。

 5人の子どもを毎日育てているお母さんも凄いと思うが、家族計7人をハイシーズンのグアム島に連れてくるお父さんの経済力も凄い。。。ウチは子供3人である。負けた! 完全に負けた!

 今まで、日本人の中で一番バイタリティがあるのは、商社マンか、ワシか、ビッグダディ(子供を17人つくった)の3種類かと思っていたが、これからはこのお父さんも加えて4種にしよう。 

 こういうお父さんこそが、決して表舞台には出てこないものの、(ビッグダディと並んで) 世界第3位の日本経済を実体部分で支えている立役者なのだ。

 夕食はホテルのシーサイド・バーベキュー。タモン湾に沈む真っ赤な夕陽を見ながら、ロブスターやサーロインを焼いて、バドワイザーをぐいぐいやりながら頂く。

 夜7時になると、チャモロのローカル・ダンシングチームが出てきて、太鼓をたたき、松明を燃やして、胸やお尻を振って魅惑的な踊りを披露してくれる。2本目のビールを飲み終えた頃、

 「あなたも一緒に踊らない?」 と、首にフラを掛け、民族衣装に身を包んだ女性から舞台に引っ張り出される。見よう見まねでチャモロに伝わる民俗舞踏を、家族に見られて恥ずかしい思いをしながら踊る。

 踊り終わってテーブルに着くころには、マリアナ海の夕陽はとっぷり暮れていた。

 (つづく)

チャカ・カーン ”Clouds” You Tubeで聞けます。
 https://www.youtube.com/watch?v=xADrCKYUEcc

 【 "Dance Classics" チャカ・カーン 】

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2014年07月20日

『 浜名湖の湖畔から 』

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今日は愛知県東三河にある山間の風光明媚な鳳来寺町を訪れて、鳳来寺の参道を歩いてから、浜名湖にドライブ。幸いなことに涼しい一日で、浜名湖から吹いてくる風もやや涼しく、とても穏やかな風景が見られた。

BGMは、クリストファークロスやグローバー・ワシントン・ジュニアなどのポップスをボサノバ風にアレンジした "MILK BOSSA". ブラジルを代表するアーチストの一人であり、ギタリストのロベルト・メネスカル率いるミュージシャンたちが演じたカバー企画である。

ボサノバの甘いメロディと柔らかさが、浜名湖畔に漂う風とマッチして、なんともリラックスした午後だった。





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2014年05月05日

東海道徒歩旅行 第19回目 愛知県清州市―岐阜県羽島市

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【 連載記事は下記のカテゴリー欄より通してご覧になれます 】
写真: 清州市新川、一宮市の国道、木曽川と養老山脈、味噌カツ丼

ゴールデンウィークの2日目は晴天に恵まれて、濃尾平野は5月の風が気持ちいい。前回の終着点が名鉄西枇杷島駅だったので、名鉄電車で清州市の西枇杷島へと向かい、朝10時から歩き始めた。休暇のたびにやっているとはいえ、ここまで来るのに8年がかりだった。

東京・日本橋から歩きはじめた徒歩旅行は今回が19回目、いよいよ愛知県を抜けて岐阜県に到達する日だ。

新川の橋を渡るとやがて清州城が見えてくる。新幹線の車窓からも見えるお城で、織田信長に縁がある城だとのこと。清州城のふもとにある公園の外では、なぜか20代の女性が人目を避けるようにして、踊りの練習をしていた。AKB48だか何だか知らないが、楽しそうに笑いながらステップを踏んでいる。平和だ。

愛知県は街の美観が綺麗だ。道が広い上、道端に自動販売機がほとんど無いのが理由の一つにある。首都圏のように、店舗や民家の軒先にむやみやたらと自動販売機を設置しないのは、市民の公共心が高いからではないか。

ゴールデンウィークのあいだは町も静かで、子供を近所の公園に連れ出す若い夫婦くらいしか見かけない。碁盤目状に伸びた道を、ひたすら北に向かって清州市、稲沢市、一宮市、尾西市と歩く。

徒歩旅行の楽しみの一つは、その街の郷土料理を食べることにあり、ロードサイドショップの並ぶ街道沿いを、地場レストランを探しながら歩く。ここにはスタバが無いので、コーヒーが飲みたくなるとセブンイレブンのカフェで100円のコーヒーを飲む。

やがて見つけた地元のうどん、そばチェーンに入り、みそカツ丼を食べる。独特の味で美味しい。歩き始めて2時間や3時間が経つ頃に、ランチやコーヒーブレイクを入れるのがペースを保つ秘訣だ。

さらにてくてく歩いていくと、店先を華やかな色のテントで飾った喫茶店があり、名古屋の喫茶店文化を堪能しようと、コーヒーとキャラメルワッフルを注文する。地元の年配の方がくつろぐこの喫茶店には、新聞や雑誌だけでなく、昔なつかしいテレビゲーム機まで置いてある。

キャラメルワッフルの上にはアイスクリームがたっぷり乗せてあり、歩き疲れた体を休めるにはもってこいだ。

名古屋から離れるにつれて、周りには畑や田んぼも広がってくるが、そのうち一宮市の中心部にさしかかると、巨大なアーケードや、オフィス街が広がり、愛知北部の中心地だということが分かる。

岐阜羽島に行くには、この街を左に曲がり、木曽川にかかる濃尾大橋を渡って羽島市に行かなくてはいけない。進路を左にとり、一宮市の中心地を抜けると、4車線の街道沿いにロードサイドショップがいくつも並ぶ郊外のにぎやかな通りが延々とつづく。

やがて尾西市に入り、濃尾大橋にたどり着くと、向こうのほうには大きな養老山脈が見える。新幹線の車窓からいつも見える山脈だ。実際に自分の足で歩いてみると、感慨もひとしおだ。

なぜ新幹線で2時間少々でつける東京・大阪間をわざわざ歩いて走破するかというと、日常に冒険が欲しいからであり、大きなことを成し遂げたいからでもあり、東京、名古屋、大阪という日本の産業を支える東海道ベルト地帯を自分の足で歩いて見てみたいという好奇心があるからだ。

 今でも、東京から名古屋まで歩いた全ての町の景色を鮮明に思い出すことができる。これはちょっとした宝だ。

世間的な常識の持ち主からすれば、理解不能に違いない(笑)。
しかし上には上がいる。大阪在住のリアカーマン、永瀬氏は、サラリーマン時代に貯めたお金で、アフリカや南米などを、リアカーの荷台に生活物資を積んで、4万キロも歩いて冒険されたのだ。

彼の出てきたテレビ番組の中で、アルゼンチンからチリまで走破して、ゴール地点に到着したときの感慨をインタビューされていたくだりがある。ゴール地点に到着して胸に去来したものは何でしたか、という質問に、

「 大きな目標をやりとげた自分をとても愛おしく感じるのです。一文の得にもならないこの冒険をするのは、困難ばかりだし、何のために自分はわざわざこんな苦労をするのかと思うことが度々あります。それでも最後までやり遂げた自分を、とても愛おしく思うのです。」

と答えていらっしゃった。

木曽川を越える濃尾大橋はとても長く、満々とためた水と、河川の緑がとても豊だった。名古屋の中心地よりは少し寒く、これから岐阜県に入り、関が原をめざして歩く。

風景はまたがらりと変わり、いよいよ西日本へ入っていく。東京から19回かけてここまで歩き通した自分が、少しだけ大きく思えた。岐阜羽島に着くと、養老山脈に艶っぽく広がるオレンジ色の夕陽を見ながら、缶ビールのふたを開けた。

(つづく) 次回は岐阜羽島 ― 関ケ原を歩く。

【 リヤカーマン 地球一周4万キロを歩いた男 永瀬忠志 】

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2013年12月08日

東海道徒歩旅行 18回目

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【 写真: 中京大学、南山大学、山の手通り、庄内川より名駅方面を臨む 】

名古屋市南区鳴海 − 愛知県清洲市 30キロ

今日は東海道徒歩旅行の第18回目。日ごろの単調なサラリーマン生活に (十分、エキサイティングな気もするが)、唯一、冒険を取り入れたのが東海道徒歩旅行である。

 朝9時45分より名鉄本線、鳴海駅から徒歩を開始。国道1号線から遠くはないこの地域には、旧東海道があり、太平洋戦争前から残る旧道が、古めかしい民家とともに落ち着いたたたずまいを残す。昭和の世界にワープしたようだ。

この近くには、有松(東海道本線)という旧東海道沿いの古民家や藍染め店、茶菓子屋などが集まった観光名所もある。古民家を居ぬきで開いたアンティーク調の店が多く集まる街だ。

歩き始めると、『最中』という交差点にぶつかる。 “もなか”!? ではなく、“もちゅう” と読む。名古屋は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と縁のある歴史の古い町だけあり、変わった地名が多い。

“御器所(ごきそ)” “八事(やごと)” “龍宮(りゅうぐう)” “瓢箪山(ひょうたんやま)” “猫洞(ねこがほら)通り” “覚王山(かくおうざん)” “呼続(よどく)” “猿投(さなげ)” “金城(きんじょう)” 

竜宮城が出てきかと思ったら、金の城が出てきたり、猿を投げたり、猫が洞から出てきたりと、まるで宮崎駿の映画の舞台のような街である!  ”覚王山” と聞いた日には、覚せい剤取引の王様が住んでいる山かと思い、一瞬、気がひるんだが。

 英文表記はNagoyaよりも Fantasy City の方が絶対にウケる。観光キャンペーンで NAGOYA FANTASY CITY と銘打ったイベントを仕込んだらどうだろうか? ゆるキャラを多数揃えて。

「名古屋は田舎だ」と言うが、こんな大都市でも郊外にあたる天白区は道が広く、あちこちに畑や里山が残っていて、川崎の郊外にある麻生区(小田急線沿線)のようなのどかさが広がっている。

今日の東海地方は初冬の寒さで身が引き締まる思いをしながらテクテク歩く。

ロードサイドショップが軒を並べる典型的な郊外の道をのんびり歩き、野並、島田の交差点を抜けると、八事(やごと)にたどりつく。このあたりは、緑豊かな丘陵地帯に、高級住宅の並ぶエリアで、名古屋の文教地区だ。

いつも通る栄や名駅(名古屋駅)は素通りして、今回は文教地区を抜けて、郊外の風景を楽しみながら北上する。知らない街を歩くのが、東海道徒歩旅行の目的でもある。

八事から本山に至る道のりには、中京大、名城大、南山大、名古屋大とつづき、最後のマリア幼稚園で文教地区が終わる。この幼稚園が名門なのかどうかは、知らない。

 新卒で外資系金融を受けたとき、リーマン・ブラザーズ証券やドイツ銀行の面接試験では、南山大や中京大の学生とはちあわせたのを思い出す(バブル時代)。

  アベノミクスの1回前のバブルは、なんと25年も前までさかのぼらないと無かったわけだから、いかにこの国がバブルから見放されてきたかがよく分かる。

 みんな! もっとアベノミクスを踊ろう! 25年に一度のお祭りだ!! エクイティ・ドリームス

名大のそばにあった、モスバーガーの向かいにあるインド料理屋で昼食を頂き、おしゃれな山手通りの人々と、のどかな日曜日の午後を共有する。

名古屋の町は、さすがトヨタの城下町だけあり、街を走る高級車の約7割がレクサスだ。それでも、ここ山手通りを走る高級車はベンツやBMW、プジョーが多く、違った雰囲気を出している。

日泰寺の別院を通ると、美しい紅葉が咲き誇り、道行く人の目を釘付けにしている。

砂田橋からナゴヤドームを抜けて、大曽根、黒川に至る道は市街地で、さっき歩いた南部の天白区と比べると、旧市街の印象だ。

名古屋はどこに行っても道が広く、街の美観が綺麗だ。働くのには東京や大阪が良いが、住むのは名古屋がいいという理由がよく分かる。

どうも首都圏の大都市と違うと思っていた点がひとつわかった。ここ名古屋には、自動販売機が少ないのだ。東京や横浜には、そこかしこに自販機があり、民家の軒先に自販機を置く家も多く、電力の無駄遣いと、街の美観を損ねる悪弊にしか思えないのだが、名古屋は非常に少ない。

これも都市の美観を向上する理由のひとつだ。市民の意識が高いのだろうか。

やがて庄内川を渡ると、名古屋市を抜けて清洲市へ。冬の短い日がそろそろ西に傾きかけ、時計の針が4時を過ぎるころにはこの季節独特の寂しさが街に漂う。

終点の枇杷島に到着し、今日の徒歩旅行は終わり。次回は清洲市から愛知県一宮市、そしてその先の岐阜羽島へと向かう。

(つづく)
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2013年04月29日

東海道徒歩旅行 第17回目 愛知県西尾市 − 名古屋市

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【 写真: 愛知県碧南市から知多半島に向かう衣浦大橋より 】

 愛知県西尾市 − 安城市 − 碧南市 − 半田市 − 大府市 − 名古屋市緑区鳴海 (40キロ)

 今日は東海道徒歩旅行の17回目を愛知県西尾市から7時間かけて40キロ歩いた。

 ゴールデンウィーク中、帰省している浜松から電車で豊橋に向かい、そこから名鉄電車に乗る。9時40分より徒歩スタート。

 前回の終着点、愛知県西尾市の名鉄米津駅につくと、駅前の酒屋で朝からオヤジが三河弁丸出しではしゃいでいるのを見つけ、 『ああ! 三河だでー! 』 と嬉しくなる。

  西尾市から碧南市までの農道は、開発から取り残された地域で、のどかな田園地帯が続き、あちこちに菜の花が黄色く咲き誇っている。

 昔からある赤い壁の民家が連なり、人気のない雑貨屋は、あたかも昭和30年代から時計の針を止めてしまったような落ち着きを感じさせる。三河の原風景を見ているようだ。

 ふだんの生活を離れて旅人になると、いつもは考えもしないような想像がポンポン出てくる。

 三河の柔らかな自然を見て、スズメやムクドリのさえずりに耳を傾けながら、今日もふだんとは違うことを考えた。

 インターネット技術は米国がダントツの世界一である。いまさら言うまでもないが、グーグル、アマゾン、シスコシステムズ、マイクロソフト、ヤフーの創造する新技術は、例外なく米国から出ている。

 一方で、インターネットに載せるコンテンツ、インターネットコンテンツは日本が圧倒的に世界1位である。その情報量、内容の豊富さ、ブログの数が全国で2、600万個といった個人の活躍をとっただけでも存在感を強烈に出している。

 米国発で進んでいくIT技術革命を、どうやって日本勢が追い上げて、米国と互角の戦いをするか、について考えた。

 インターネットは新ビジネスをほぼ無限大に作り出せる巨大なワンダーランドである。たいていの電子商取引や電子辞典は形になってきたとはいえ、個人があふれんばかりの創造性を自分の好奇心おもむく方向に作り出せば、次から次へと新ビジネスが生まれる。

 そこが、日本人が合計2,600万個もブログを作り出した創造性の原点であり、個人の創造性ひとつとって言えば、カリフォルニア州シリコンバレーに住む米国人も、日本人も、たいして違わないということが分かる。

 僕が2009年にはじめた “外資系つれづれ日記” ( 元は “外資系金融マンのつれづれ日記”。著者が昨年、丸の内の大手米銀をリストラされたせいで、改題した。 )

 は、日本全国に約30万種類ある、就職・転職関連の人気ブログランキングで第7位である。700位でも70位でもなく、7位である。

 国際的なビジネスマンをめざす若手や大学生に、刺激と知識とヤル気をばら撒こうという、明確なミッション ( =使命感) を持って生まれたブログ。

 一方で、僕が村上春樹の小説を読むよりはるかに面白い好奇心の対象、総合商社について徹底的に解剖し、ひとつのインターネットに全部まとめて報道しているのが、もう一方のブログ

 “総合商社の世界” http://sougoushousha.seesaa.net/
である。こちらは100位である。

 大学時代に商社マンをめざしたものの、あまりにレベルが高すぎて、書類選考の段階から落とされた僕は、同じような志を抱く現役の大学生が、金をかけなくても総合商社の全貌を知ることができるように、“新しい社会のインフラ” を創ったわけである。

 そして、2つのブログの間で、おまけのようにして生まれてきたのが、知る人ぞ知る、TME 東京マッチング・エクスチェンジと、OME 大阪マッチング・エクスチェンジである。

 こちらは両方のブログの読者である外資系ビジネスマン、外資系金融マンや商社マン、公認会計士や銀行マン、ベンチャー起業家が集って刺激や知識を交換し、ついでに彼らと出逢いを求める20代、30代女子にもロマンスを提供するという新業態のビジネスである。
 

 インターネットを使えば、ほぼ無限大に新しいビジネスを創り出せるのである。


 ブログの視聴者からは、就職相談、転職相談の依頼がたくさん来て、先週もあちこちに足を運んで個人としてできる最大限のアドバイスを差し上げた。

 いつも言われるのは、
 「 ヒデキさんと会うと刺激がもらえる。 」 という一言。

 どうせなら、 “外資系つれづれ日記” の世界版を作って、英語で元気の出る言葉の数々をばら撒き、 「日本発のインターネット上の刺激の源」 を創ろうかと考えた。

 落ち込んでいる欧州、米国、南米、アジアの人たちに、再起を促すヤル気や希望を、インターネット上から言葉で語りかける。

 ”クールジャパン“ の新業態を、インターネットを使って無料で作り、インターネット広告代理店収入を、世界中から稼ぐわけである。

 ゴールドマン・サックスの出身者は、外資系を魚の回遊のようにぐるぐる回っている人たちが多いものの、起業家になる人も多い。今までこの国になかった新しい社会のインフラを、首までどっぷりとリスクに浸かって実現していく。

 そして、日本経済にガツンとインパクトを与え、雇用を増やし、GDP (国内総生産) を増やしていく。起業家という職業。

 どうせ一回こっきりの人生なのだから、自分もそうした道に進みたい、と思った。

 途中、ひなびた定食屋でお昼を食べ、半田市にある甘味処で抹茶パフェを食べて休憩した。

 いつもは30キロだが、今日は春の風が気持ちよく、日もだいぶ長くなってきたので、無理して40キロ歩き、名古屋市に入った。今日聴いている音楽は、軽快なポップスのジャネット・ジャクソンのベストアルバム ”design of a decade 1986/ 1996”。

 どの曲もメロディが綺麗で、明るい希望がふつふつと湧いてくる。スローダウンしがちな時に聴くと、
「立ち上がって挑戦するぞ!」 というヤル気が湧いてくるCDだ。特に ”The Pleasure Principle” と ”Rhythm Nation” がいい。

 東京・日本橋からはるばる名古屋まで歩いて旅したのは感動だ。

徒歩旅行の終わり、名古屋市の南端にある大高イオンモールの巨大なSCでスタバのソファーに腰を落ち着かせてコーヒーを飲んでいると、向こうから小学校4年生くらいの男の子が、車椅子を両親に押されてやってきた。

 綺麗な洋服を着せられた男の子は、とても優しい目をした可愛い子だった。どんないきさつで車椅子生活をしているのかは皆目わからないが、不自由な生活を強いられたわが子を、親があふれんばかりの愛情を注いで育てている様子が一瞬で分かった。

 愛知県や静岡県は自動車産業、機械産業が多く、2008年のリーマンショックで需要が一瞬で蒸発するように消えると、大量の失業者が出て、郊外の豊かな生活を送る多くの世帯が経済的貧困を強いられて、今でもその傷が癒えない。

 子供をひたむきな愛情で育てている一家4人の家族が、これからも経済的な不自由や逆境にさいなまれることなく暮らせる社会を創るには、日本経済を絶えず成長し、拡大させていかなければいけない。

 そしてそれは、政治家の仕事でも役人の仕事でもない、僕たちビジネスマンのミッション ( = 使命感) だと思った。地方でささやかな幸せに満たされて暮らす個人の生活をこれからずっと守って行く仕事。

明日からもまた、猛烈に仕事をするぞ。そんな感慨を心に抱いて、豊橋方面に向かう帰りの電車に乗った。三河連峰の山々に沈む夕日が、柔らかく輝いていた。

 【 Janet Jackson "design of a decade 1986/ 1996"】

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2013年01月03日

東海道徒歩旅行  第16回目 愛知県蒲郡市 − 西尾市 その2 

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唯一開いていたスーパーを見つけ、おにぎりとお茶でお腹を満たし、西幡豆町に入ったところで喫茶店 『まーま パパ』 を発見。三が日だが車がたくさん止まっている。ここは名古屋の ”喫茶店文化” なので、モーニングが350円でコーヒー、トースト、ゆで卵、サラダまで付いてくるというお国柄なのだ。

 大きな窓いっぱいに西日が射し、明るい店内でコーヒーを頂く。徒歩旅行で30キロ歩くには、2時間おきに休憩を入れて足を休ませるのがコツだ。こんな田舎で、広い駐車場付きの喫茶店をつくって経営したら、のんびりとストレスとは無縁で暮らせるだろうなと考える。休みは無いかもしれないが。

 店を出てさらに西に向かうと、ウェスタンスタイルの飲食店が見えてくる。お店は休みだが、広い駐車場にオーナーのものと思われるキャンピングカーとBMWの新車が見える。看板も、会社名も英語だ。

 どんな業態だろうと中を覗くと、バーとカラオケラウンジがあり、外にはバーベキューテラスがあり、家族連れや仲間で楽しめるお店だ。併設されているオーナーの自宅もウェスタンスタイルで、センスが良い。

 パチンコ店もショッピングセンターも無いような地方には、娯楽が必要だ。けっこう目先の利く商売人ではないか。その地方に特化して、地域の人の需要に合ったサービスを提供する。アイデアさえあれば、結構いろいろなことが出来る。

 さらに西進して吉良町に入ると、矢崎川の両岸に並ぶ民家がなんとも言えない風情を出しており、その近くを名鉄の赤電車が通って行く。たまに田舎に来ると心が癒される。  

 今日聞いている音楽、ドゥービー・ブラザーズのアルバム、 ”One Step Closer” にある ”South Bay Strut (南の湾を闊歩する)" で途中、流れてくるサクソフォンのメロディは、この景色にぴったりだ。 

 進路を北に変えて、今度は西尾市に向かって三河平野のど真ん中を歩く。たき火の煙があちこちで立ち込めていて、冬の田園風景を満喫する。

 
10キロほど歩くと西尾市街に到着。名鉄西尾駅に入っている駅ビルのコーヒースタンドに入り、小休止。ガテマラコーヒーを飲みながら、地元の常連さんとマスターの話に耳を傾ける。寒い冬の午後を歩き通し、冷え切った体で飲むコーヒーの味は格別だ。

 休憩が終わるとさらに30分ほど歩き、名鉄米津駅に到着。今日の徒歩旅行は終わり。本当はJR安城駅まで歩く計画だったが、寝坊して出遅れたので今日はここで打ち切り。

 そんないい加減な感じでやっている徒歩旅行だから、長続きするのかもしれない(笑)。
まだ20代後半のミクシイ友達の男は、2週間で東京から大阪まで徒歩旅行をやり遂げたが、僕はぶっ続けでやるほど根性がない。

 ライフワークだから、やりたい時に、好きなコースで取り組む、いい加減な趣味なのである(笑)。

 (つづく) 


 
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東海道徒歩旅行第16回目 三河ベイエリア 愛知県蒲郡市 − 西尾市

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 【出発点】 名鉄蒲郡線蒲郡競艇場駅 − 幡豆郡吉良町 − 西尾市 
 【終着点】 名鉄西尾線米津駅 

 正月2日は晴天の下、三河路を30キロ歩いた。愛知県の誇るインダストリアル・エリア、豊橋−岡崎−名古屋に至る国道一号線ではなく、穏やかな旅情のある三河ベイエリアである。

 工業製品出荷額日本一の愛知県は、名古屋と国道一号線沿いだけが発展しているが、一歩外れて三河ベイエリアと、渥美半島、豊橋から飯田線に沿って中部天竜まで北上する飯田街道沿いは、大いなる田舎なのだ。

 セブンイレブン、ローソンといった大手コンビニも進出しておらず、休日に旅しようものなら、地元資本のコンビニも店を閉じていて、食うにも困るほどだ。

 静岡県の太平洋岸は荒海と、どこまでも続く白浜のビーチだが、三河ベイは内海で、瀬戸内海のような落ち着きがあって、旅をするならこちらのほうが良い。

 観光地として有名なのはラグナシア、水族館、競艇場がある蒲郡だけで、幡豆町、吉良町、一色町などは漁村、田園風景と、昭和30年代にタイムスリップしたかのような民家の建ち並ぶ旧道があり、徒歩旅行にはもってこいだ。

 晴天の下、海面に照りかえる日がまぶしく輝く風景を左に見ながら、のんびりと歩いた。
出来れば三河一色うなぎを食べようと、地元の食堂に立ち寄るのを楽しみにしていたのだが、あいにく3が日はほとんどが閉まっていた。

 (つづく)
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2011年12月31日

豊川稲荷 東海道徒歩旅行 第15回目 

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 【 写真1. 豊川を越える  写真2. 豊川稲荷は狐の像でいっぱい  写真3. 三河ベイの
サンセット 】 

 一昨日アップした三河ベイの写真は歩きながらだったので、改めて東海道徒歩旅行15回目 静岡県三ケ日 − 愛知県蒲郡市 の道中をアップ。

 今回嬉しかったのは、これまでで一番長かった静岡県を9回にわたりようやく歩き終えて愛知県に入ったこと。東京は2回、神奈川県は4回で歩きとおしたものの、静岡県は新幹線の駅が6駅もあることから分るように、横に長い。

 ようやく東海道の東半分をおわり、西半分に入ったのである!

 浜名湖の北岸にある三ケ日駅を朝8時に出て、愛知県の三河ベイに面した蒲郡まで30キロを、延べ9時間かけて歩いた。

 三ケ日は言わずと知れたミカンの産地。道沿いのミカン畑にはたわわに実ったミカンがたくさんぶら下がっていて、壮観である。収穫されたミカンはもうないが、形の崩れた規格外のミカンはそのへんにほかしてあるのがもったいない。格安で売りに出せば買う人はいると思うのだが。

 湖西連峰の山を本坂トンネルから抜けて愛知県に出ると、豊橋市北部の田園地帯。石灰の採掘場やら田畑が一面に広がり、澄んだ空気がおいしい。

 三角屋根の赤茶けた喫茶店が目に入り、地元の車が広い駐車場にたくさん止まっているので入ってみる。古い造りだが、中には地元の常連さんとおぼしき客がたくさんいて、タバコをふかしたり新聞を読んだりしている。

 そう、ここはもう名古屋の喫茶文化圏にあるのだ。そして11時までやっているモーニングには、コーヒーだけでなく、ブレッド、サラダ、ゆで卵まで付いて、350円と、格安である。最近、首都圏の郊外に進出してきたコメダ珈琲店が人気を博しているのがわかるだろう。

 田舎とはいえ、きちんと蝶ネクタイを締めたマスターがパーコレイターで淹れたコーヒーはおいしく、窓外の収穫の終わっただだっぴろい田んぼを見ながら頂く。

 ひたすら西に向かって歩くと、やがてJR飯田線と名鉄豊川線の線路を越え、豊川稲荷駅が見えてくる。浜松の遠鉄電車も赤いが、名鉄も赤い。

 豊川稲荷は元旦になるとどっと人出が押し寄せるが、古くから知られたこの有名なお寺は曹洞宗で、狐をたくさん祀ってあることで有名だ。門前町の土産物屋には所せましと狐のぬいぐるみが飾ってあり、一種独特の雰囲気を出しているし、豊川稲荷の奥の院には狐の石像が大量に並んでいた。

 
 本堂も荘厳で大きな建物で、祈祷にやってくる個人や団体がここでお参りをした後、会食も営めるような座敷まである。そして、地元の名物料理といえば、いなり寿司と、うなぎのひつまぶしである。

 観光もほどほどにして、再び道を西に取る。愛知県は自動車王国だけあって、道がとにかく広い。雲ひとつない青く澄んだ冬空の下、平面に広がった三河平野をひたすら歩く。

 まっすぐ歩けば音羽町、岡崎市方面だが、国道一号線の内陸部は景色が単調で面白くない。東海道徒歩旅行とはいえ、勝手知ったる三河は、風光明美な三河湾沿いのルートを取る。

 JR東海道本線の三河御津という駅が見えてくるあたりからベイエリアだ。御津と書いて ”みと” と読むから変わっている。

 御津にはスズキ自動車のやっているヨットハーバーがあり、その対岸にはトヨタをはじめ、中部地方の大企業が出資した海陽学園がある。イギリスのパブリック・スクールを見習って作った中高一貫の超エリート校である。学費がバカ高いと新聞をにぎわせた。

 この辺は4車線の広い道路が湾岸に沿って貫き、やがて市街地に入るのだが、レジャー施設のラグーナ蒲郡が出来てからだいぶ雰囲気が変わった。徹底的に観光開発すれば、リゾートとして有名になると思う。

 5時前から陽は傾き、三河ベイ全体がほんのりとオレンジ色で包まれ、対岸には渥美半島が見えて、浜名湖の夕焼けとはまた違った雄大さがあった。

 6時頃になって、目的地のJR東海道本線 三河塩津駅に着いた。

                     ( つづく )

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2011年12月29日

三河ベイ - 東海道徒歩旅行 第15回 - 浜名湖・三ケ日 − 愛知県蒲郡市

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 現在、東海道徒歩旅行の15回目を愛知県で歩きなから投稿中。たまにはライブもいいものだ。

 さて、三河ベイって何ですか?と聞かれるかもしれないが、読んで字のごとし三河湾のことである。

東京ベイエリアという言葉があるからには三河ベイという言葉があってもいいではないか?

せっかくラグーナ蒲郡というシーサイド観光の目玉が出来たのだから、愛知県の観光業者はネーミングから集客まで、もっと気合いを入れて考えるべきである!

パンフレットが "三河・蒲郡観光 " だったら、
集まって来る観光客はヨボヨボの敬老ツアーしかいないではないか?

平成の市町村大合併で山梨県に "南アルプス市" というオシャレな市ができた。

ここ愛知県蒲郡市 (がまごおり) も、ガマガエルと間違えそうな市名ではなく、愛知県三河ベイ市に変更して、瀬戸内海のようにおだやかな三河湾を徹底的に観光開発したらどうだろうか?

観光船で、ランチクルーズ、ディナークルーズを走らせても良い。湾岸沿いに走る4車線の広い道路は、オレンジ色のナトリウム灯で包み、パームツリーを並べてロサンゼルスやホノルルの街並みとそっくりにする。

「 ねえ、今夜は三河ベイで遊ばない? 」と、近隣の名古屋や浜松からカップルがドライブで沢山やって来る、観光の一大拠点にしてはどうだろうか?

そんなことを考えながら、朝8時から約9時間かけて30キロを歩き、吸い込まれそうに綺麗な夕暮れの三河ベイを見ている。

続きはまた後で!



posted by ヒデキ at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海道徒歩旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

東海道徒歩旅行 第14回 浜松−三ヶ日 (静岡県)

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 昨日は浜松から、みかんの産地で有名な浜名湖畔の三ヶ日まで30キロを歩いてきた。

 8月の徒歩旅行は熱中症の危険があるので要注意だが、幸い気温は23度と低めで、曇りだったので決行した。 

 実は昨年の9月に静岡県の島田から静岡市用宗まで歩いた時に、焼津から駿河湾沿いの大崩海岸づたいに用宗まで13キロ歩いた時に大変な思いをした。

 道中は崖の上でコンビニも無ければ自販機もなく、ペットボトル2本はすぐに底をつき、ハンカチ2枚は汗でびっしょりで役に立たない。

 そんな経験に懲りて、今回はペットボトル4本にタオルとハンカチを4枚、着替えのシャツ2枚を入れて出発した。

 三方原台地は浜松北部に横たわるだだっ広い台地で、広い道路が碁盤目状に張り巡らされている。

 バイパス道路沿いはロードサイドショップが立ち並ぶが、だんだん田舎に進むにつれて畑が増えてきて、家畜の肥料の臭いも漂う。

 台地の西側、つまり浜名湖側に沈んでいく夕日を見ていると、とても壮大で、気持ちまで大きくなってくる。

 なぜ僕がオプティミストで、たいていの人があきらめるようなことにも挑戦を挑む楽観的なキャラができ上がったかというと、この三方原台地で育ったせいかもしれない。

 雄大な台地を走り回っているうちに、いつしか自然と大きな世界に挑む心が生まれたのだ。

 これがもし、大都市の商店街かなんかで育っていたら、もうちょっと現実的でちまちまと立ち回る人になっていたかもしれない。

 だから僕はこの台地に感謝しなくてはいけない。

 時の流れはのんびりとして、車で移動する人がほとんど、歩いたりしている人はいない台地の一本道を、一人で西に向かって歩く。

 浜松が広域合併する前は引佐郡と呼ばれていた町に入ると、まじめにヘルメットをかぶって自転車をこぐ女子中学生のグループが 

 「 こんにちは! 」 と見知らぬ僕に向かって挨拶をする。何という完璧な人間教育!

 さすがは地方である。

 こういうサプライズがあちこちにあるのが徒歩旅行の醍醐味だ。

 会社の同僚と夏休みの話をしていた時に、徒歩旅行の話をしたところ、合理性の追求しか頭にない同僚は、

 「 おかしいじゃんそれ。新幹線や東名を使えばわずか数時間で着くのに、なんでわざわざ6時間もかけて30キロも歩くの。 」 

 と言ったが、事務作業をすること以外に得意なことの無い人に、僕はなりたくない。

 曇天だった空から雲が消え、晴天になると、とたんに気温も上昇し出し、2本めのペットボトルも飲み干した。

 やがて細江町の静かな田園の向こうに奥浜名湖が見えてきた。湖岸に沿ってサイクリングロードがあるので、そこを歩く。

 鴨や白鷺、アヒルが寄りそう静かな湖岸は、葦の草が揺れて、とても風情がある。

 ちょうど腹も減ってきたので、道路沿いにある、メニューの無いうなぎ専門店か、うなぎ以外のメニューもある定食屋か迷った末に、定食屋に入る。

 メニューに出てくるハンバーグ、ピザ、パスタ、白鰻定食、鰻丼、鰻重、すべてに鰻の部位を材料やエキスとして使っているというこだわりのマスターは、

 「 もとは鰻専門店だったのですが、地元の鰻漁協の体質が閉鎖的で嫌になったから、組合を辞めて普通の定食屋に鞍替えしたんです。 」 という。

 ものは試しにと、鰻の骨エキスをふんだんに使ったタレを乗っけたハンバーグ定食と、プチ鰻丼を頼む。

 甘くて香ばしい鰻のタレが乗っかったハンバーグは、イタリア風味とミックスしたマスターの技量が手伝って、すこぶる美味しい。

 お腹いっぱいになるまで鰻づくしの昼食を取ると、もう炎天下の下を歩くのがおっくうになるが、トキントキンに冷えた ( 完璧に、徹底的に; 三河弁 ) アイスコーヒーを腹に流し込んで気持ちを切り替える。

 なだらかな坂が続く寸座から都筑のあたりは、本当に静かな湖畔の風景で、こういうところは車で一瞬のうちに通り抜けるのはもったいないと思う。

 歩き始めて20キロを越えると、だんだん足の筋肉も張ってくるが、同時に身体中の血行も結構よくなるので ( オヤジギャグでした! )、 「 生きているんだぞー 」 という気分になる。

 丸の内や大手町で皇居マラソンをしている人たちも、似たような気分になるのかもしれないが、田舎でそれをやるのとは臨場感がまるで違うのだ。

 加えてこの徒歩旅行には、体力や精神力を鍛える目的もある。

 ビジネスマンたるもの、頭や知識や能力も大事かもしれないが、それ以上にGKD値が必要だ。

 ( GKD値 = G-ガッツ、 K- 気合い、 D- ど根性 のトータルボリューム ) 

 いくら頭が切れようが、知識があろうが、語学力が長けていようが、GKD値なくしては、難しい仕事に最後までチャレンジし続けることなど不可能だ。

 登山でもトライアスロンンでも徒歩旅行でも四国のお遍路さん廻りでもよいが、あえて困難なスポーツをすることでGKD値は増えてくる。

 ハードワークに耐える体を作るには、ハードなスポーツや冒険をすべきだ。

 男だったらそうすべきだと思う。

 西日がだんだん強く湖面を照らすようになると、湖西連峰の低い山々の緑がいっそう濃く見え、さっきよりも浜名湖の風景が綺麗に見える。

 サイクリングロードは街の中に入り、パチンコ屋や農協、バーが並ぶ通りに入り、今日の旅の終点、天竜浜名湖鉄道の三ヶ日駅についた。

 2着目のシャツも汗まみれになり、気持ちよい風が吹き抜けて、旅の終わった爽快感を味わった。

 次は三ヶ日 ( 静岡県 )から豊川 ( 愛知県 ) を抜けて音羽町まで行く。

 15回目にして静岡県を抜け、愛知県に入る。

 ( つづく )

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2011年05月09日

東海道徒歩旅行 13回目  静岡県 袋井 − 浜松

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【 静岡県袋井市の田園風景 】

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【 旧東海道の宿場町 − 浜松市中野町 】

 さて、やっと横浜の自宅で落ち着いたので、連休中の写真と日記をアップできる。
4日の夜を湘南で過ごした後、翌朝は藤沢を出て、ライフワークである東海道徒歩旅行へと向かう。今回は13回目。

 春は気候も良いし、新緑の季節なので、新芽をふいた樹木から流れてくる空気は美味しいし、途中途中でウグイスやヒバリ、セキレイなどの野鳥の声が里山からこだましてきて、自然との一体感を味わえる。

 家族を家に残して、自分一人で時の流れゆくままにゆったりと過ごすこの時間は好きだ。

 普段は仕事に、プライベートに、はたまた ”東京合コン取引所” の運営にと、脳みそがブチ切れそうになる直前までスケジュールをパンパンにしているので、電卓のオールクリアボタンを押して、いったん頭の中をからっぽにして歩くのは、とても貴重な時間である。

 前回、島田市から袋井市まで歩いたときには、田んぼのあぜ道の向こう側を時速300キロで、しかも2分毎に弾丸のようにやってくる東海道新幹線の威力に改めて驚かされ、逆に自分の存在のいかに小さいかに落胆し、

 『 社会の中で自分のユーティリティ ( 効用 ) を東海道新幹線並みに引き上げるには、どどうすれば良いか? 』 という思いつきを、自分の資質を棚卸ししながら3時間も考えた。

 1. ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、はたまたセルゲイ・ブリン ( Google )のように世界級企業をつくる
 → 無理だ。ワシはゼンマイおやじだ ( = ゼンマイを巻く以上の機械操作のできない悲しいオヤジ)

 2. 外国為替のトレーディングで天才的な技量を発揮し、世界中の富を祖国・日本にかすめ取ってくる。 
 → 無理だ。だいたい外為取引を頻繁にできるほど暇ではない。せいぜい文無しになって敗残者の人生を過ごすのが関の山だ。。。

 3. ” 東京合コン取引所 ” を毎月欠かさず開催し、若者たちを幸せにすると同時に、日本の少子高齢化問題を水際で喰い止めて、人口を増やすことで国内経済のパイを飛躍的に拡大する。

 → これならできそうだ。ワシが顔を出すのは月に1回で済むのだから。

 というわけで、今年の2月には45人の若者を集めて、 ”銀河系最大の合コン”  を開く結果になったのである!

 こういう突拍子もない発想は、たいていは東海道徒歩旅行をして妄想をしている最中に出てくるのだ! 絶対に丸の内・大手町をせかせかと歩いている最中には出てこない。。。

 さて、お茶の産地で有名な静岡県の牧の原台地を通り越すと、急勾配は無くなり、あとは遠州平野、三河平野、濃尾平野と、平べったいなだらかな地域が広がる。

 徒歩旅行者やサイクラーにとっては天国のような場所だ。いったいなぜ夏山登山、冬山登山で毎年、多くの人が貴重な命を落とすのかが分からない。趣味のために命を落とすのは本末転倒では?

 命を落とすくらいならば、危険の無い四国お遍路さん巡りや、東海道、中仙道、日光街道徒歩旅行に切り替えて、諸国漫遊の旅を楽しんだら良いのではないか? と思うのだが。

 歴史の深い街道を歩くと、あちこちで歴史の遺産に出くわす。
日本の47都道府県の中で最も新幹線の駅が多い静岡県。熱海から浜松までなんと6駅もあるが、東海道沿いの宿場町はもっと多い。

 国道1号線から枝分かれする形で、あちこちに旧東海道の松並木が残っており、決まってその両側には古くから残る民家や宿場が残り、立て札から当時栄えた産品やら生活のしきたりが見てとれる。

 飛脚や近江商人、三河商人は東京、大阪間を2週間で歩いたというが、実際に自分の足で歩くと、よく昔の人はそんなに速く歩けたものだと感心する。寿命こそ今より短いが、文明の利器の無い江戸時代のひと達は、現代人より余程、体が丈夫だったのではないかと思う。

 中でも一番したたかで、現在でもしっかりとその名を轟かしているのが近江商人 ( 滋賀県 )で、天秤棒をかついでは、近江地方の綿や絹を、遠く長崎や函館まで行商して歩いていた。

 『 箱根の山があと5つあれば、他の商人は商売をあきらめるだろうから、我々の天下になるのになあ。 』 と、燃えるような商売人魂を発揮していたのだ。

 ”三方よし” ( 売り手よし、買い手よし、社会よし ) と、Win - Win の考え方と厳しい商業理念を基に日本のみならず、海外をも相手に江戸時代に稼いでいた近江商人は、伊藤忠商事、丸紅、兼松と、大手商社に形をかえて今もこの国を活かしている。

 滋賀県近江八幡市に生まれた伊藤忠兵衛は、呉服の行商で頭角をあらわして、現在の伊藤忠商事と丸紅 ( 元:紅忠 ) を創業した。驚くなかれ、この2社の売上げを足しただけで20兆円、なんと日本のGNPの数パーセントをたった2社だけで出しているというから、凄まじい。

 福島第1原発の事故が起こり、原発頼みの電力がいかに脆弱かを表したが、

 代替エネルギーとして注目を集めるLNGガス ( 液化天然ガス。火力発電の省CO2排出源として注目を集める。 ) を世界のあちこちから買い付け、

 中小型水力発電機ビジネスを国内で稼働し、

 米国では世界最大級の風力発電事業をGoogleと共に運営し、

 アジアの火力発電所を開発・運営してその利益を日本に持って帰るこれら2つの会社は、もはや ”商社” という言葉で済まされる範ちゅうには無く、日本のエネルギー政策の根幹にかかわるビッグビジネスである。

 そんな大きな存在も、400年前の江戸時代のたった一人の男の頭の中から生まれてきた訳だから、商人、起業家の社会における存在は大きいのだなと思った。

 また、会社を数100年も営々と続けていく努力というのも、とてつもなく大きいのだなと思った。

 天竜川を超えて、故郷、浜松に着いたころには、もう陽が暮れかかっていた。

 
posted by ヒデキ at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海道徒歩旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月22日

東海道徒歩旅行 12回目 静岡県 島田−袋井

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 ディズニーランドからの帰路、渋滞に巻き込まれて深夜1時に帰宅したあと、素直に寝れば良かったものの、パソコンをしていたらすでに朝3時。

 「 あ! 軽くやばい 」 

 日曜日は7時に起きて、ヒデキが単独でやっている東京−大阪縦断の徒歩旅行に出かけるのだ。
案の定、寝過して、家を出たのは10時過ぎ。あわてて新幹線、東海道本線とのりつぎ、静岡県の島田駅にたどりつく。

 遅刻をした以上、30キロのノルマを走破するためには、悠長にランチなど取っている暇はない。小田原駅のスタンドであわてて買った幕の内弁当とお茶で、車窓の景色を楽しみながら頂く。わずかに雪をかぶった富士山を見ながら弁当を食べるのは格別だ。

 この季節は特に寒くもなく、暑くもないので、軽装で出かけられるのが良い。

 前回、8月に島田から静岡を歩いた時には猛暑のさなかで、途中2回もシャツを着替えたし、何度もペットボトルを買っては水分を補給した。ハンカチを2枚用意したものの、汗でびしょびしょになり、全然足りなかった。終える頃には全身、脱水症状で疲れ果て、死にそうな体たらくでゴールしたのだ。その分、駅で飲んだビールは格別うまかったが。

 国道一号線を西上すると、すぐに大井川鉄橋にかかり、広々とした河川と豊かな水、とおく向こうには牧ノ原台地の緑が広がり、反対側には赤石山脈の稜線が見える。

 大井川を超えると金谷駅があり、大井川鉄道のSLで有名な駅なのだが、残念ながらSLの姿を目にすることはできなかった。

 そこから旧東海道の石畳が牧ノ原台地の上の方までつづき、山の谷間にひんやりとした秋の空気が漂うが、樹木の発する豊かな香りがあたり一面を覆っているので、空気を吸っているだけで生き返った気分になる。そう、このあたりは静岡県を縦貫する東海道の中でもいちばん田舎にあたる。

 おそらく自分が普段過ごしている生活スピードよりは数段のんびりした、このあたりの農家の人たちが、軽トラックを操って茶畑に出るのを目にしていると、急かされるようにバカみたいに忙しくしている自分が、舞台に上がったピエロのように思えてきて滑稽に感じる。

 人は何を求めるかによって、全然ちがう日常や人生を演じるわけだ。

 ここに住まう人たちは、自分の人生に人と競争することをプログラミングされたわけでもなければ、大きな舞台を求めて世界の強豪に挑戦状を叩きつけるような人生を選択したわけでもない。

 ただ、先祖からのこる豊かな茶畑を、丁寧に収穫し、つつましい日常に満足を感じる、いわば日本の伝統的な生活を守る人たちだ。

 生まれ故郷が静岡でも、地に足を付けて根気よく農業を守る伝統派もいれば、浜松のように幾つも世界的企業が出てくるせっかちな土地柄もある。

 人は何を求めるかによって、全然違った人になる。果たして僕は、いったい何を求めているんだろうか?

 と、紅葉の広がる緑豊かな牧ノ原台地に包まれて、思考はとめどなく広がっていく。

 東海道新幹線に乗れば東京−大阪は3時間だし、東名高速に乗っても6時間で着ける。そこをわざわざ30回もかけて歩いているから、突拍子もない考えが次々に浮かんでくる。ふだんは目にしない光景がいろいろ入ってくるから、自然と頭も刺激を受けるのだ。

 僕がテレビで見たリアカーマンの永瀬忠志氏、世界4万キロをリアカーを引いて旅した彼も、さぞかし色々な人生観を磨かれたに違いない、と思う。

 やがて茶畑に包まれた悠久の台地は、夕日に包まれて、なんとも言えない幻想的な山の中を、ボーっとしながら歩く。家も工場もなく、ただそこにあるのはラブホテルだけである。

 たまたま携帯に入ってきたメールに、友人が京都から新幹線のぞみに乗って東京に向かっているというので、 「 じゃあ俺と方向は逆だけど、大井川あたりですれ違う一瞬があるな! 」 と返す。
 
 掛川にたどりつく前に陽はとっぷりと暮れてしまい、街の明かり以外に景色は見えないので、音楽を聴きながらひたすら歩く。

 そして終着地、袋井市のJR愛野駅に向かう手前になると、街どころか街路灯すら無い田園地帯に入り、もうあたりは真っ暗! ひたすら月夜と星の明かりを頼りに進む。女性だったら怖くてたまらないだろう。

 徒歩旅行は、これでもいちおう冒険旅行のひとつなのだ。。。

 やがて月夜と星の明かり以外に、光を発しているものを発見する。農道と並行して走る東海道新幹線だ。上りも下りも、ほぼ2分おきに走っている東海道新幹線のダイヤを動かしているJR東海は本当に凄い。田んぼのカエルも白鷺もびっくりしているに違いない。

 時速300キロ近いあんな高速鉄道が、2分おきに走っている国なんて、日本だけである。
日本人はもっと祖国の科学技術や高い生産性に自信を持ってよいはずだと思う。パソコンを動かすよりも、東海道新幹線を動かす方が、よほど高度なのである!

 歩き始めて6時間、途中、まったく休憩を入れることもなく、やっとのことで30キロを歩きとおし、東海道本線の愛野駅 (袋井市) にたどりついた。もう25キロを過ぎたあたりから筋肉はふくれ、足は棒のようになり、たいへんである。

 そして、自分へのご褒美に缶ビールを開けて、達成感を味わう。

 次の旅行では袋井 − 浜松間、30キロを歩く。

 今日聞いていた音楽は、サンフランシスコ生まれのシンガー、 Arvin Homa Aya。
一度聴いたら忘れられない歌声と、都会的なメロディラインが綺麗で、何度聞いてもあきない。

 

 思わず気分がスカッとしてハイテンションになる曲 ”Sky High ”。You Tubeで視聴してみては? 落ち込んだ時にはこれを聞きましょう (笑)!
 http://www.youtube.com/watch?v=Wmg7ayMqhNM

 

 
  
posted by ヒデキ at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 東海道徒歩旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

東海道徒歩旅行 11回目 静岡県 島田−静岡

東海道徒歩旅行 大崩海岸.jpg

 【 写真: 焼津市 大崩海岸 】

 三連休の最終日は、帰省先の浜松から、継続的にやっている東海道徒歩旅行の続きをするため、と東海道本線の島田駅 (島田市) へと向かう。東京・日本橋から11回、ひたすら西へ、西へと歩くことで前回は静岡市までつながった。

 今回も、方角こそ逆から歩くが、30キロ歩くことで更に西までつながるのだ!

 東京・大阪間はたかが500キロで、リアカーマンとして有名な永瀬忠志さんが生活物資をリアカーに積んで、アフリカ横断を1マンキロしたり、南米のアンデス山脈越えを1000キロも行ったのと比べれば、笑ってしまうくらいにスケールが小さいのだが、いつもは新幹線や東名高速で通過する東海道を、自分の足で歩くのは、冒険の要素がない日常に刺激を与えてくれる。

 「広い世界が見てみたい」 という欲求から、徒歩旅行をすることになった。仕事をしていると制約があるが、断続的に旅を続けるのであれば、無理なく続けられる。

 新幹線や東名高速から通過するだけの風景には、町の生活感が何も入って来ないが、自転車や徒歩で旅をすれば、そこに住まう人たちの暮らしや食べ物、たたずまいまでもが目に入ってきて、視野が広まる。

 週末に自分のノルマと課している50キロのサイクリングもそうだが、体力の限界ぎりぎりまで体を酷使するというのは、仕事で必要な 

 "爆発的な体力と底無しのスタミナ"
を養うにはちょうどいい。 成功したビジネスマンは例外なく、ハードワーカーで、体力においても凄まじいからだ。なんだかんだと言って、男の価値は最後はやっぱり体力だ。

 そんな訳で、東海道徒歩旅行は、自分の趣味と実益を兼ねた、まことに都合の良い冒険旅行なのだ!

 「 でもただの平地を歩いているだけなら、全然冒険でも何でもないのでは!?」

 と、反論が来るかもしれないが、ルートによっては過酷な箇所もあるのだ。

 まさに今日がそう。
気候温暖な静岡県の平野部を歩くのに登山ほどの体力は要らないかもしれない。

 ところが、今夏のように日中が34度にもなると、30分おきにスーパーやコンビニの軒先を借りて涼を取らないと熱中症に掛かってしまう。

 「東海道旧道の松並木が綺麗だから」 と、藤枝市の静かな住宅地を歩いていたら、2キロにわたってコンビニはおろか、自動販売機すら無いので、太陽のじりじりと照りつける熱に殺されそうだった。

 焼津から静岡市に入る際は、山脈が横たわっていて、そこを抜けるのに国道150号線の日本坂トンネルを延々と4キロも暗い中を歩くか、あるいは 「大崩海岸」 というおっかない名のついた駿河湾沿いの岩に形作られた絶壁沿いの車道を、延々と8キロも歩かなくてはならない。

  「景色が綺麗そうだから」 と、ものの勢いで標高80メートルから100メートルの絶壁沿いの車道を選んだヒデキは、自分のすぐ脇を車がびゅんびゅん走り抜ける狭い道を、約2時間もかけて延々と歩くことになるのだ。

 地図で見たときには、たいしたこと無いだろうと考えたのだが、実際に歩くと、その距離がとんでもなく長く、行けども行けども山から抜けられない。当然、自動販売機もなく、ペットボトルは空になり、4枚目のハンカチも汗まみれ。額からは滝のような汗がとめどもなく出てくる。

 早い夕暮れ時に、オレンジ色に染まる駿河湾は確かに美しいが、一日の終わりにこの難コースに遭遇したのは正直に言ってきつい。。。

 夏場の徒歩旅行は、体力の消耗も激しいと思う。6時間かけて30キロを歩き、静岡市の用宗駅から電車に乗る。汗まみれのシャツを着替えて、缶ビールを空けると、その美味いこと!

 家に帰り、鏡をのぞくと、グアムで焼けた顔が更に黒くなって、日本人というよりミクロネシア人のようだった。。。

(参考: 「リアカーマン 地球一周4万キロを歩いた男」)


posted by ヒデキ at 06:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 東海道徒歩旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

東海道徒歩旅行 第10回 清水 − 静岡

CIMG1703.JPG

(写真: 静岡市 久能海岸 いちご街道)

 今日は浜松への帰省も兼ねて、東海道徒歩旅行をしてきた。

 休暇を使って日本橋から細切れに歩きはじめて10回目、今回はJRの興津駅から清水港をぐるりと取り囲むように歩き、日本平のすぐ南側、静岡の久能海岸に沿って西上し、JR用宗駅(静岡市)までの約30キロを歩いた。

 日ごろあくせくと働くだけで、冒険的な要素が乏しい中、東京大阪間を歩いて走破するというのは面白い。

 故郷の浜松と東京を東名高速や新幹線で移動したのは何十回、何百回とあるが、歩いて見る東海道はまた格別に違った趣きがあるのだ。

 歩いて町並みを見ることでその土地土地の風景、生活感が違うし、おいしい郷土料理にもありつける。

 神奈川県の最西端、山北町を歩いた時には、峠にたたずむ目立たない定食屋で馬刺しや猪鍋定食が食べられたし、駿河湾沿いの由比町では、ドライブインの蕎麦屋で桜エビ天婦羅蕎麦や、しらす天婦羅蕎麦にありつけた。

 今日はマグロの水揚げが多い清水港の魚河岸を通過したので、仲買人が立ち寄る食堂で、ぶっかけ寿司定食を頂いた。

 最初、ぶっかけ寿司とはなんのことだか分らなかったが、握り寿司の具が板の上にこぼれるくらいに並々とかかっているからぶっかけ寿司だった。

 港で水揚げされたマグロを直に寿司にしてくれるのだから、これほど美味しい昼飯はない。

 腹を満たした後は、駿河湾に沿った海沿いの久能海道(通称: いちご街道) をひたすら西に向かい、6時間かけて30キロほど歩いたところで電車に乗った。

 顔が日に焼け、海の潮風をたっぷりと体に注ぎ込み、元気になった。今朝まで過労のためか、めまいに悩まされていたのだが、 ”ショック療法” で、体中の細胞を活気づけたためか、いつのまにかめまいは吹き飛んでいた。

 人間の自然治癒力とはけっこうな力があるもので、いくら体の調子が悪くとも、全身全霊で臨むようなエクセサイズをすると、体内四億個の細胞がいっせいにフル回転をはじめ、風邪でもめまいでも、案外簡単に治ってしまうものだ。

 したがって、ヒデキは風邪をひいたくらいでは会社を休まず、むしろ会社で時間に追われて働く中、細胞をフル回転させることで風邪菌を叩き出してしまうし、自律神経から来るようなめまいも、全身運動することで、病を体から叩き出す。

 医者に行って薬など飲み続けようものなら、かえってそちらのほうが副作用で体に悪い気がする。人間の力は、私たちが気付かないだけで、案外強いのではないのだろうか。

 昔、ソロモン・ブラザーズ証券でデリバティブのトレーダーとして年収数億円を稼いでいた凄腕トレーダーは、生まれつき心臓が弱いらしく、常に医者から処方された薬を何種類か服用する生活だったそうだ。

 ある時、ニューヨークに短期駐在するのをきっかけに、氏は人間の自然治癒力に任せることに決め、清水の舞台から飛び降りる覚悟で薬を捨てて出国したところ、全然生活に影響はなく、気付いたら心臓病は治っていたという。

 医者の話を鵜呑みにして薬に頼るのは考えものだ。というのがヒデキの持説。

 さて、浜松の実家に着いてからは、ウナギを腹いっぱいに食べ、郊外の大型SCに併設されているスーパー銭湯に行った。

 日ごろ読む時間のない文庫本をタオルに包んで露天風呂に持ち込み、こころゆくまで湯船の中での読書を楽しみ、1時間半ほど風呂に浸かったところで気持ちよく上がった。

 一人の時間を持つのも良いものだ。

 

  
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2009年06月21日

東海道徒歩旅行 9回目−静岡県富士市−静岡市


 先月の話題に戻って恐縮ですが、ゴールデンウィークは郷里静岡県と、愛知県に行ってきました。
自宅のPCを修理に出しているため、会社の仕事が終わってからオフィスで日記をアップしています。

 さて、ライフワークの東海道徒歩旅行も9回目。富士の田子の浦から静岡市は清水まで30キロを6時間かけて歩きました。

 一人で好奇心いっぱいに見知らぬ土地を歩く爽快感から、最初の2〜3時間は気分爽快、テクテクと歩いていますが、4時間を経過したころからだんだんと足が重くなってきます。

 静岡東部の良いところは、北に富士山、南に駿河湾の大海原、東に天城山の稜線を抱える伊豆半島と、東海道53次の中でもいちばん風光明媚なところでしょう。

 今となっては追憶の思い出だが、天城山の向こう側には、かつて恋焦がれたものの、必死にジャンプしても願いが叶わず片思いのまま終わってしまった女性がいた東伊豆の町があるんだなと、時をはるか彼方にワープして、センチな気分になりました

 4時間に差し掛かったところで、さくら海老とシラスの名産地、由比町があります。ここでのれんをくぐったお蕎麦屋さんで、シラス天麩羅蕎麦をごちそうになり、歯ざわり抜群のシラス天に、舌鼓を打ちます。
お陰で残りの2時間も難なく走破できました

 しかし日が開けて翌朝、足腰に筋肉痛を感じ、郷土浜松のスーパー銭湯でリハビリをする破目になりました
posted by ヒデキ at 23:48| Comment(0) | 東海道徒歩旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする