2012年04月30日

元気の出る言葉 (114) 

 「 パンフレットに載っているような人生は、ゴミ箱に捨ててしまおう 」

 " Life - it's nothing like the brochure "


 誰の言葉かは分からないが、至言である。

 「 どんな人生が楽しいか? 」 を考えた時に、ただひたすら安定を求めた人生や、人から指図された人生が楽しいだろうとは思えない。

 自分がいちばんワクワクするような一瞬、一瞬。そして、自分が一番達成感を感じられる道は、決して世間が勧めるような人生ではないかもしれない。

 人の命は限りがあり、自分が死ぬ時になって

 「あれをやっておけば良かった」

 「これをやっておけば後悔しなかったのに」

 と、残尿感のある人生を送りたくなければ、ステレオタイプな世間並みの人生でなく、自分独自の人生を真剣に悩み抜いて、独自にデザインした人生を歩むのが良いだろう。

 異業種交流会・パーティー/東京・大阪・名古屋【Mid─Blue】
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2012年04月17日

元気の出る言葉 (113)

 「 試す人になれ 」
 − 本田宗一郎、本田技研工業創業者

 静岡県浜松市の光明小学校の校訓、 「 試す人になろう 」。それは、卒業生である本田宗一郎が、子供たちに贈った言葉 「 試す人になれ 」 から生まれました。

 浜松市はホンダをはじめ、ヤマハ、河合楽器、スズキ自動車、浜松ホトニクスと、世界的なシェアを持つ企業を数多く生んだことで有名な起業家の町です。

 「 最近のようにラジオ、テレビなどが発達していると、見たり聞いたりすることは非常に多いが、実際に試してみる人は少ないように思われます。

 ことに実行には失敗はつきものです。失敗したらなんで失敗したか、その原因をよく確かめること、つまり反省してみることが大切です。

 ふたたび同じ原因のくり返すようでは、正しい反省をしていない証拠であり、また成功に通ずることもありません。
 
 皆さんは失敗を恐れず、勇気を出して試してみる人になって下さい。 」 本田宗一郎

 さて、ホンダはバイクやクルマ以外にも、いろんな製品を創っていますが、耕運機なども作っているそうです。

 それは、 「 無から有を生じる挑戦 」  から始まったそうです。

 1950年代、まだホンダがクルマの販売を始める前、バイクのエンジン技術で何か人の役に立つものができないかという想いから、農業の機械化に協力する 「 農業用エンジンの開発 」 を始めました。

 その意気込みを、創業者の本田宗一郎とそのパートナー藤澤武夫はこのように語っています。

 『 わが社で創り始めた農業用エンジン。他の会社でつくられていないから創るのか。
とんでもない。日本の一流の重工業会社が軒を並べて制作している。

 しかし、あえてホンダは挑戦する。 ”無から有を生じる” ために。

 ダメだと思ったら、新しいことはできない。他の会社の真似していくだけの会社になる。それでは、ホンダから永久に ”有” は出てこない。 』

 『 無から有を生じる 』 そのホンダの挑戦する心が、汎用製品の原点。カセットガスで動く耕うん機や発電機、ハイブリッド除雪機、太陽電池など、ホンダの汎用製品は、独自の 「 ないもの 」 で人の役に立つことを考え続けているのだそうです。

 【 本田宗一郎 − やってみもせんで、何が分かる 】



 
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2012年04月08日

元気の出る言葉 (112)

 「ある人は、自分はだめな人間だと感じてしりごみしてしまう。一方、ある人は、次々と失敗をくりかえしながら、大きく成長していく。」
 − ヘンリー・リンク

 安定を何よりも重んじる社会にいると、勢い一人一人は挑戦を避けて、周囲から叩かれることの無い、こじんまりとした小さな殻にこもりがちである。

 だが、自分が成長して、今よりもっと大きな貢献を、自分のいる集団や社会に対して提供していこうと思ったら、今よりももっと大きな挑戦をしなくてはいけない。

 そして、挑戦には成功も失敗もあるのだから、失敗するのも結果の一つとして覚悟を決めなくてはいけない。

 別段、今の飽食ニッポンにあっては、失敗したところで生死にかかわるようなリスクなど無いのである。

 終戦直後のガレキの中で地を這うような努力をしてきた先達と比べれば、今の世の中は随分豊かで恵まれているだろう。失敗も結果のひとつと潔く覚悟をきめて、チャレンジを続けて行く人間は、強くて成長もする。

 一度失敗したとしても、そこから教訓を学んで、さらに大きなステージにチャレンジすれば良いのだ。

 ” いつかきっと成功してやる ” というあくなきハングリー精神と、決してへこたれない前向きな心をいつも従えていれば、周囲の大勢と比べたらはるかに成功できるし、何よりも幸せな人生だったと振り返られるだろう。
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2012年03月24日

元気の出る言葉 ( 111 )

「 結果というものにたどりつけるのは偏執狂だけである 」 

 − ノルベルト・アインシュタイン、20世紀最大の理論物理学者
 
 この言葉を聞くと、他にもいろいろな成功者が同じ言葉を吐いているのに気づかされる。

 「 なんであんなに夢中になるの ? 」 と、成功者は周囲が驚きのまなざしで見るようなケースが多い。インテルのアンディ・グローブ、マイクロソフトのビル・ゲイツに、アップルのスティーブ・ジョブズ。

 ビル・ゲイツなど、パソコンの未来を予見して、せっかく入ったハーバードを退学までして会社を設立し、ニューメキシコ州アルバカーキで創業した頃などはプログラミングに昼夜問わず没頭し、オフィスのカーペットの上で仮眠を取っていたという。

 マイクロソフト日本支社長だった成毛眞がはじめてビル・ゲイツと会ったときなど、秘書に所在を尋ねると、 「 そこの床に寝ている青年がビルよ。 」 とこともなげに言われ、ハンバーガーのケチャップを口につけたままオフィスの床で眠っているビルがいたという。

 仕事や勉強、事業でも、担当する商品、製品やサービスでも、ひたむきな想いと情熱、細部にわたるキチガイじみたこだわりなど、思い込んだ者にしか理解できないような狂気の情熱を持ってぶつかる。

 そして成功したときの喜び! 自分の好きなこと、好きな仕事に全力でぶつかった者だけが味わえる幸せが、そこにある。

 もし目標が無ければ、いますぐに全力で探しに行くべきだろう。

【 アインシュタイン150の言葉 】


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2012年03月19日

元気の出る言葉 (110) 「 ”未来” は創造していくもの 」 

「 ”未来” は創造していくもの 」 
 − 堀場雅夫、堀場製作所 創業者、最高顧問

 東日本大震災で大きなダメージを受けた東北地方と日本経済。
政府もメディアも ” 戦後最大の危機 ” と言いましたが、戦前、戦中、戦後を生きてきた僕としては、日本はこの危機を必ず乗り越えられると思います。

 思い出してみてください。太平洋戦争に敗れて日本の主要都市はどこも焼け野原になりました。
文字通り、ゼロからの出発したんです。それが、終戦23年後の1968年には当時の西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国になりました。

 造船、鉄鋼、自動車などの産業では世界一となりました。国民が一丸となってやってきた結果です。それが日本の力なんです。

 日本の未来についても悲観的な見方をする専門家やエコノミストが多くいます。

 でも、そんな言葉を気にすることはありません。”未来は予想するものではなく、創造するものなんです。” 会社だってそうでしょう。 「 自分の会社はこうなる 」 と予想してビジネスに励むわけじゃない。

 「 自分の会社はこうしたい 」 と言って創り上げていくものなんです。国だって同じです。みんなで力を合わせて100年先の日本を創り上げていけばいいんです。

 そこに向け、1年後、5年後、10年後に我々は何をしていくか。ラップタイムを設定して走る。

 太平洋戦争が終戦を迎えたとき、僕は京都大学の学生でした。夢は原子核物理学者になることでした。
夢は断たれました。大学の原子核研究の機材、施設が米軍によって破壊され、研究できなくなったからです。

 大学でダメなら民間で何かやってやろうと思い、ふつふつと情熱を燃やして会社を創ったのです。
夢は活力の根源です。今は厳しくても夢を持てば元気が出る。

 日本人は世界のどこにも負けない力があります。戦後復興を見てきた僕は自信をもってそう言えます。福島第1原発で決死隊として乗り込んでいった人たちもいます。素晴らしい人材が揃っているんです。

 自信を持ちましょう。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 堀場雅夫 − 1924年生まれ、京都大学卒。在学中の1945年に堀場無線研究所創業。1953年に堀場製作所を設立し、社長。東証1部上場企業に育てる。

 『 仕事ができる人、できない人 − いい人は無能の代名詞である! 』
 
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2012年02月29日

元気の出る言葉 (109) 

 「 私自身をつぎこめる仕事を与えて下さい。
すると、それはもはや仕事ではなくなり、喜びとなり、芸術となるのです。 」
 
 − ブリス・カルメン

 自分が心底打ちこめるような仕事。
それがあったら、ほぼ間違いなくその人は幸せだろう。

 たとえ通勤電車にもまれていても、上司や部下とのあいだで面倒な事態に巻き込まれても、会社の習慣になじめなくても、仕事がとことんのめり込めるような仕事であれば、まずその人は幸せのはずである。

 自分もその一種だ。仕事に熱中する性質だし、 「 僕の仕事なんて日本最大の雑用工場ですよ! 」 と言うものの、縁あってたどりついたこの仕事に愛着があるのだろう。

 たとえ今の仕事が第一志望でなく、意図せずに就いた仕事であっても、やり方を変えてみたり、来る日も来る日も最短時間に挑戦したり、自分で自己ノルマを作って不可能に挑戦してみることで、最初はつまらなく思えた仕事でも、楽しくすることが出来る。だんだん仕事に愛着が湧いてくる。

 世の中に自分の理想どおりの仕事に就けた人など5%いるかいないかだろう。特に就職難の今なんてそうだ。

 残りの大多数は、自分で無理やり ”仕事は楽しいんだ” と信じ込み、創意工夫して、今ある仕事を楽しくしていくのが一番だと思う。そしてプロになれば、楽しくて仕方がなくなってくるだろう。 


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2012年02月19日

元気の出る言葉 (108)

 「失敗とは多くの場合、忍耐力の欠如である。」 

 ― ジグ・ジクラー、 アメリカのトップセールスマン

 アメリカ、アラバマ州に生まれたジグ・ジグラーは、10歳のころからセールスを始め、以後25年の間、調理器具や保険、教材など、さまざまな商品を販売し、いずれもトップ・セールスパーソンの座を獲得してきた。

 45歳の時には億万長者になっていたが、「どうしたらもっと向上できるのか。と、モチベーションの向上に向けて自己開発プログラムを開発し、多くの人を勇気づけた。

 ビジネスでもプライベートでも、失敗をする時というのは、自分の願望や希望というのがまずあり、それに向けて限界まで努力したに違いない。

 でも、どんな状況が起こるか分からない不可抗力が起こるのが世の常であり、それを克服するには限界を超えた努力や、成果をものにする忍耐力だろう。

 私たちだって忍耐はしているに違いないが、それはひょっとしたら、許容範囲内の、ほどほどの忍耐力なのかもしれない。

 松下幸之助は、なかなか目標を達成しない部下に、 「 商品を抱いて寝たか 」 と、極限まで目標を追求する姿勢を説いているし、京セラをビッグビジネスに成長させた稲盛和夫も、創業当時はセラミック製品の完成度を上げるために、一昼夜にわたり、製品を抱いて体温で暖めたという。

 常軌を逸したと思われるこのような努力や忍耐があってこそ、成功にありつけるに違いない。

「日本一バカ売れ」英語教材「エブリデイイングリッシュ」
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2012年02月11日

元気の出る言葉 (107)

「 美女にライバルがバラ10本を贈ったら君は15本贈るかい。そう思った時点で君の敗けだ 」

「 絶対に真似のできない、真似しようとすら思わないくらいの革新を続ける 」  

 − スティーブ・ジョブズ、アップルコンピュータ 創業者、元CEO

 どちらの言葉もシリコンバレーの起業家、スティーブ・ジョブズらしい考えだ。

 今の世に存在しない商品やサービスを発明し、ある日突然、ボコッと世の中に新しい市場をつくり、人のライフスタイル自体を変えてしまう。

 この裏には、世間の常識とは根本的に違う発想のアプローチ、そして、最高の品質やサービス、驚きや感動を次から次へと送り出し、たえず人々の心を惹き付けていくという不断の覚悟と努力がある。

 この起業家の生きざま、考え方というのは、なにもコンピュータや半導体の分野に限らず、私たちも仕事や趣味、そして恋愛にもあてはまる。

 人の心を絶えず感動させ、驚かせる発想があればこそ、ビジネスも恋愛も、成功するのである。

 もし自分の生活や会社の仕事がマンネリ化し、1年前、2年前と比べて進歩していないと思ったら、是非この考え方を振り返ってみよう。
 
 

 
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2012年02月05日

元気の出る言葉 (106)

 「肉体を構成するすべての細胞が喜びに打ちひしがれるような毎日。」 

 ― 稲盛和夫、日本を代表する実業家の一人。

 京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。現在は、株式会社日本航空および日本航空インターナショナルの会長。

 稲盛氏は、1959年に知人より出資を受け、300万円の資本金で京都セラミック (現京セラ)を創業した後、わずか10年で会社を東証に上場させると、培ったノウハウを青年実業家に伝授すべく、盛和塾をはじめた。

 この言葉は、大勢の若手実業家を前にして、 
”毎日をどのように生きるべきか ” を説いた言葉。

 自分のやりたいこと、理想を追いかけて行かなくてはならない。

 後悔しないように、足元が震えるくらいの挑戦でも勇気を出してチャレンジしなくてはいけない。

 ロマンを追い求めなくてはいけない。そして結果を出せば、自分の体中の細胞は、喜びに打ちひしがれるであろう。

 そんな毎日を送っていれば最高だ。

 もし仮に自分がそういった毎日を過ごしていないのであるのなら、自分のやりたいことを真剣に考えて、何が自分の理想かをもう一度納得いくまで考えて、今過ごしている日々を見直してみるべきだろう。

 そんな含蓄の深い意味を持った言葉である。

 【 ど真剣に生きる − 稲盛和夫 】


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2012年01月26日

元気の出る言葉 (105)

「 私の成功の秘訣がひとつだけあるとすれば、ずっと子供の心のままでいたことです。 」 

 - ノルベルト・アインシュタイン、 理論物理学者

 子供の心のままでいること。夢を持ち、常識や世間体にこだわらず、自分の心に素直にやりたいことを追及する。

 それが出来ればうれしいのだが、大人になっていろいろと義務や責任がついてまわるようになると、そうも言っていられない。

 将来を悲観して自らを死においやったり、結果的に自殺したりするものが後を絶たないが、いちど自分の身にまとっている世間体やら他人からの眼やら、既存概念、常識という殻を脱いで、自分本来の心が望んでいるゴールを追い求めてみてはどうだろうか?

 そんなに冒険だろうか? 


 そのほうがずっと幸せな生き方ができるのではないだろうか?
  
 仕事でもそうだ。子供のように無邪気で純真な心を持って、いま目の前にある課題や仕事を見つめなおしてみると、きっと違った側面が見えてくる。

 自分のホーリー・スピリット ( 聖なる心からの願望 ) に素直に耳を傾けてみると、改善のテーマが見えてきて、世の中のだれもが思い浮かばないような大革新ができるかもしれない。

 
 おかしいと思ったら、少々時間はかかっても、原点に立ち戻って本来あるべき姿をデザインしてみる。そうすると、今までの弊害が取り除かれたり、効率化できたりする。

 子供心に返るとは、慣習となったやり方をいちど根本からくつがえして、新しいやり方を創出する工夫でもある。

 そんな素直さはいつまでも持っておきたい。自分の直感を信じて、素直に今あるものを疑ってかかってみることだ。少々遠回りでも、物凄い進歩が生まれるきっかけになるだろう。

  
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2012年01月14日

元気の出る言葉 (104) 「自分のために頑張っているヤツは挫折する。」

 「 自分のために頑張っているヤツは挫折する。
人のため、社会のために生きる奴は強い。 」


 − ブログの著者、ヒデキの言葉

 ほぼ月に一度くらいの割合で人から
 
 ”なぜヒデキさんはそんなに働くのですか?”

 ”どうしてヒデキさんはそんなにバイタリティがあるのですか?”

 と、同じ質問を受け続け、答えが20も30もあるこの難問に、5分も10分もお話しすることになる。

 ところが、人の生きる目標も、人生観も、それぞれ十人十色で、なかなか人の人生にまで理解の及ぶ人など少ないので、自分が分かり易く説明したつもりでも、相手にとってはヒデキの説明を聞いたあともチンプンカンプン、あいかわらず ” ちょっと変わった人 ” のままらしい。。。

 自分の生きるミッションをどこに置くか?

 自分の目標をどこに向けるか?

 で、表面的な頑張りで終わるか、あるいは地獄の底から無尽蔵にふつふつとわき上がって来る、底無しのバイタリティが得られるかが変わってくる。

 ちなみにヒデキの生きるミッションとは、”日本経済の拡大 ” である。

 標記の言葉は、若いころ聞いたノルベルト・アインシュタイン (理論物理学者)の言葉に触発されたのがきっかけ。

 「人のために生きる人生こそが本物の人生」

 もともと、外資系金融の世界は、実力次第でおカネも稼げるし、クビにもなる一匹狼の世界なので、向上心の人一倍強い天才肌の多い職場ではあるが、ヒデキの場合は、社会のため、(失業者など)弱者を救って豊かな生活をしてほしいから、日本人が皆幸せになって欲しいから自分に出来ることをしている、という意識が強い。

 外資系証券は2年前の金融恐慌から職を失った人が多くいるので、忙しい合間をぬって再就職先やヘッドハンターを紹介したり、同僚と児童養護施設に援助したり、寄付金を授けるために必死で働いたりなど、自分のために頑張るのではなくて、モチベーションの矛先を社会の最大幸福に置いているから、無尽蔵のヤル気とバイタリティが出てくる。

 ”日本経済を拡大させ、雇用を飛躍的に増やし、鉄道自殺を選んでしまうような哀れな境遇に追い込まれたサラリーマンを救いたい。親が失業してしまったがために、高校や大学進学をあきらめざるをえない若者たちを救いたい ” 

 という日本全体の利益のために働いているから、会社の中で怒られたり、少々へこんだくらいでは、全然傷つかないのだろう。

 では、どうしたらそういった気持ちになれるかというと、いちばん大きいのは、困っている人達の境遇に想いが届く感性と、優しさなのかもしれない。

 最近、いちばん心が痛むのは、せっかく16年間、学校教育を受けて必死に勉強してきたにも拘わらず、やっと出口に到達したと思ったら、
 ”就職先が無い” という可哀そうな大学生たち。

 想いをめぐらせて欲しい。

 自分の将来の夢を描き、明るい未来を信じて勉強を続けてきたにも拘わらず、大学を出る時には仕事がなく、自分の生活を支えていくお金をかせぐことが出来ない、という大学生の悲惨な心の叫びを。

 彼らを救うことのできるのは、自分たち商人 ( = ビジネスマン ) だけである。なぜならば、日本経済を拡大させ、雇用を増やすのは政治家の仕事でもなければ役人の仕事でもない、商人 ( = ビジネスマン )たちの創造力とバイタリティひとつにかかっているからだ。

 だから連日、深夜まで働いても ”大学生たちのためにも、もっと頑張らなきゃ ” と思うし、多忙な毎日を必死でやりくりして、ブログから刺激や元気、知識を発信したり、経済を拡大するためにパーティを開いたりする。

 以上が、なぜ僕が必死に働くのか、バイタリティに溢れているのか、という筆頭の理由だ。

 
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2012年01月04日

元気の出る言葉 (103)

 ドイツ出身の理論物理学者で、ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインは、天才だと賞賛され、こんな言葉を残しています。

 「 私は天才ではありません。ただ、人より長くひとつのこととつきあってきただけです。 」 

 天才は、天に与えられたある種の才能を生かすために、自分を活かせられる道や、熱中できるものにかかわり、その道で時間と労力を惜しみなく注いでいるものです。

 また、クラシックのコンクールの世界大会で大きな賞を取ったある音楽家も、世界的名声を手に入れ、天才と言われたことについてこう答えています。

 「 私はもの心ついたときからずっと、音楽が好きで、この楽器が好きで、毎日毎日、ただ練習に明け暮れていました。

 もっともっとうまくなりたくて、もっと美しい音を出したくて、もっとみんなに聞いてもらいたくて、とにかく朝から晩まで音楽とつきあっていたのです。

 音楽に浸っているのはあたりまえの日課になっていて、こうなっただけです。 」
 

 そして、あるとき、音楽の世界で成功したいという人が彼女を訪ね、こう聞いたのです。

 「 私も先生のように、音楽の道で成功して、有名になりたいんです。
どうしたら、先生のようにすごい音楽家になれるのですか?

 私でも、大きな舞台に立って活躍できるチャンスがありますか? 」 

 すると音楽家は、こう答えたのです。

 「 あなたはどのくらい練習をしていますか?
もし毎日、楽器に触れていないというのなら、論外です。とにかく毎日、音楽に触れ、一生懸命練習なさい。浸っていなさい。

 それがなくては一日がはじまらないというくらい。
そのことを愛して、心からかかわっていなさい。そうでなければ。。。

 音楽を心から愛し、毎日それにずっとかかわっている人になど、絶対に勝てやしないわ。 」 

 どんな分野であろうと、天才と言われるような人は、
ただ ” まっとうすることの正解 ” をなぜかみんな知っていて、実際そうしているだけなのです。

 毎日を生きる自分のすべての時間を使って、夢にかけているのです。


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2011年12月25日

元気の出る言葉 (102)

 「あなたの人生はあなたの思い描いた通りのものである」 

 「成功のタネは必ず苦しいときに芽生えているものだ。失敗するのは有頂天になっているときだ。」 

 − 山崎種二、山種証券創業者

 日本の証券業界でも有数の独立系証券会社を創った山崎種二氏の座右の銘である。

 この言葉をよりどころにしていれば、勝っておごらず、苦しい時にくじけない勇気が得られるであろう。

 山崎氏は1920年代から米相場に手を染め始め、石井定七や伊東ハンニを向こうに回して成功を収めた。

 もっぱら売り方に専念し、米相場において 「 売りの山種 」 として有名だった。1939年に米穀配給統制法によって米穀商品取引所が廃止されると、株式相場に転進。ここでも売り方で損を重ねて廃業寸前まで追い込まれた時2・26事件が起きて逆転勝利。

 当時の金額にして500万円を稼いだと言われる。( 売りは一年以上前から不況を見越しての作戦だった ) 1944年には山崎証券( 現SMBCフレンド証券 ) を創業、戦後は買い方に回って
「 買いの山種 」 として成功を収めた。

 彼が自分の弟子に教えた言葉として、 ” 働き一両、考え五両 ” という言葉もある。
体を動かしてした仕事、また人から命じられた仕事をこなすだけでは一両にしかならず、頭を使って行った仕事は5倍も稼げるという意味である。

 【 山崎種二の伝記 ― 百戦百勝 働き一両考え五両 】

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2011年12月17日

元気の出る言葉 (101)

「挑戦していくことに価値があり、その道程にこそ喜びがあり、後悔しない人生を歩んでいけるものだと信じています。」
    
   宮本延春氏・愛知県豊川高校 数学教師

 学士会の論文に寄稿されていた言葉から。

 宮本氏は24歳で愛知県の夜間定時制高校に入学し、その後猛勉強の末、名古屋大学博士課程を修了されて、晴れて高校教師となった苦労人である。

 人よりも遅れて24歳になってから夜間の定時制高校から学び始められた志も立派だが、そこから入学の難しい名古屋大学に入り、博士課程まで修了したというから、どれほど苦労されたのか、その努力の跡がしのばれる。

 宮本氏が立派なのは、 ”自分が後悔しないため”に、たとえ世間と比べて少々遅いスタートであろうと、ハンディを乗り越えて理想とする道を進まれ、挑戦心を失うことなくその道をまっとうしたことだろう。

 困難の途中にある喜び、というのは、おそらく誰もが逃げ出したくなるような困難に果敢に挑戦した者にしか分からない喜びだ。

 自分の心に正直であったことも、彼の人生を成功させた大きな要因だと思う。

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2011年12月10日

元気の出る言葉 (100) 「 ちょっとした勇気が無かったために、多くの才能が失われている。 」

「ちょっとした勇気が無かったために、多くの才能が失われている。

 毎日、臆病さゆえ、最初の第一歩の努力ができなかった無名の男たちが、墓場に送られていく。」

 
 − シドニー・スミス

 シドニー・スミスは元イギリス軍人であり提督。ナポレオン・ボナパルトをして
 「 我が運命を失わしめた男 」 と言わせた男である。

 戦争に送り込まれて最前線で敵と対峙する軍人に勇気が必要であることは言うまでも無いが、わたしたちの毎日にも、ちょっとした勇気が出なかったがために多くのチャンスを失うことは多い。

 いじめられっ子の多くは、声を大にして 「やめて下さい!」 と叫ぶ勇気があれば、深みにはまることはないかもしれないし、逆に親や教師、あるいは近所の大人にいじめられている事実を相談する勇気があれば、喰いとめられるかもしれない。

 心ときめく異性がいても、 「 自分から誘うのは世間体が悪い。 」 というつまらない保守性から、せっかくのチャンスを失い、あとあとまで悶々と後悔することもしばしである。

 自分の望む進路ややりたい仕事があっても、 「 今の自分の立場はこうだから、今自分のいる業界はここだから 」 と、せっかくチャンスが目の前に転がっていても、食らいつくことの出来ない自分がいる。

 人生一回こっきり。少々の恥や外聞はかなぐり捨てても、あとで後悔することのないような、スッキリとした、気持ち良い毎日を送りたいではないか。

 1年たっても、10年たっても、 ”あの時こうしておけば良かった” と、残尿感にさいなまれるよりは、よっぽどいい。


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2011年11月28日

元気の出る言葉 (99)

 「できません」 と云うな!  

 − 立石一真、オムロン創業者

 
 50歳を過ぎてから、90歳までの40年間に従業員を100倍、売上高を1000倍にした、オムロン創業者の言葉である。

 京都ベンチャーと呼ばれる京セラ、オムロン、日本電産、ローム、任天堂、村田製作所、島津製作所などは、いずれも創業者の烈烈たる闘志によって大成長を遂げた。

 オムロンの創業者、立石氏は、ビジネスに感動を求めている。
特に彼の尋常ではない点は、開発への意欲が凄まじいところである。

 レストランの自動券売機、紙幣・硬化の両替機。交通量によって最適なゴーストップを出す信号。銀行のATM、切符の自動券売機から自動改札システム。オムロンの技術は社会にとって必要欠かすことのできないものばかりである。

 すさまじいというのはその開発のプロセスにある。たとえば国鉄 ( 現JR ) から自動券売機の開発について相談された時、

 「 ああそれなら立石にあるから見においで下さい 」 と返事をして、その日から開発に入って、3日後の見学の日までに実際に造ったそうだ。

 「 できません 」 とは云わない。

 死に物ぐるいで、最短時間で作ってしまう。だから会社での徹夜や連日の寝泊まりも頻繁にあったらしい。

 立石一真の人生訓は、 「 最もよく人を幸福にする人が最もよく幸福になる 」 だった。

 身体に障害をもった人達による工場を作り、黒字にし、彼らが給料から税金を払うことが出来たことを何よりも喜んだ立石氏の言葉だけに、重みがある。



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2011年11月26日

元気の出る言葉 (98) 

「 自分の感性に素直な生き方をしているか! 」

 − 落合信彦、石油の掘削ビジネスから国際ジャーナリストに転じた有名作家

 ” 本能で生きている魅力的な男たち ”

 いま、自分自身の感性を信じられるという人は、どれだけいるのだろうか?
いろんなことに感動し、開かれた感性を持っている人が若者の10パーセントでもいたら、この国はあっという間に明るく変わっていくことだろう。

 本能が呼び覚まされたら、若い人がこれほどまでにディフェンシブ ( 受け身 ) になるなどということはありえないからだ。オレが石油のアップストリーム・ビジネス ( 油田での掘削 ) をやっていたときに、臭いで石油の鉱脈がわかるという男がいた。

 エクソン・モービルに20年ほどいたのを 「 給料を倍にするから 」 といって引き抜いたのだが、大学で地質学の研究をしていたわけではないのに、鉱脈探しにかけては百発百中だった。

 なぜ当たるのか? は謎だった。

 オレとアフリカの産油国へ行くと、必ずヘリコプターを飛ばして、上空から地形を丹念に眺め、 「 よし、ここだ! 」 というところにくると 「 臭う 」 というので、オレは 「 臭い屋 」 と呼んでいた。

 あれはナイジェリアに行ったとき、内戦中だったので、地上から機関銃でバンバン打たれたりもした。ヘリコプターも分厚い鉄板で覆われていたので、ガンガン弾が当たっても貫通したりはしなかったが、機体が揺れたり斜めになったりしても 「 臭い屋 」 は 「 もっと下に下がれ 」 と怒鳴っていた。

 さすがに 「 もうこれ以上降下したら、やられちゃいますよ。 」 と操縦していた軍曹にいわれ、不満そうに首を横に振っていたが、命を賭けるぐらい集中しないと臭いに辿り着けないというか、彼の本能を刺激しないのだろうと、冷や汗をかきながら半ば納得したものだ。

 あるとき、MIT ( マサチューセッツ工科大 ) から優秀な学生が入ってきた。そいつに 「 臭い屋 」 が 「 オレに2,3年ついてきな。そしたらわかるよ。 」 といったら、 「 いえ、僕は地質学の博士号を持っていますから 」 という。

 確かに、並の優秀さではなかったが、いくら鉱脈探しをやって当たらなかったのだ。3カ月ぐらい経ってからだっただろうか。とうとうMIT出身のやつが 「 臭い屋 」 に聞いてきた。 「 なぜなんでしょうか? 大学で研究していたことと全然違う 」 と。そしたら 「 臭い屋 」 が笑いながらいったものだ。

 『 お前に必要なのはな、感性だ。 』 と。

 「 でも、僕はMITで博士号まで取っているのに。。。」

 「 だったらMITからカネ返してもらえ。 」

 地質学の専門書を100冊読んだところで、10年、20年とかけて培ってきた感性にはかなわないと 「 臭い屋 」 はいうのだ。感性というのは、本能が磨かれて鍛え上げられたからだ。

 普通の人は、どうしてもデータに頼ってしまい、肝心の感性がおろそかになってしますと。 「 ガッツ・フィーリング 」 というのが彼の口癖だったが、感性に素直な生き方をしている男は、 「 臭い屋 」 に限らず自身にあふれ、なんとも人を惹き付けてやまない魅力が漂うものだ。

 ( 引用: 『 成功本能を解き放て 』 落合信彦 著 )


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2011年11月18日

元気の出る言葉 (97)

日本に新しい経済を作れる人はだれ?

「 あなたは世界中でたった一人の人 」 

あなたにしか出来ないことをしましょう。
社会に出たら、 「 自分は天才だ 」 と、心の底から信じて、脇目もふらずにがむしゃらに進んで行きましょう。 

君の持っているタレントと、僕の持っているタレントをもっと伸ばして広く活躍しよう。

社会のため、経済を拡大して失業者を救うため、東北地方の被災者、交通遺児、自殺遺児、犯罪被害者を経済的に救っていくため。それができるのはビジネスマンだけ。

いつも自分の心を社会的弱者と同じところに置けば、苦労も苦労なんて思わなくなる。

「 皆の心の中にある愛情が、新しい日本経済を創る 」

まずは勇気を出して最初の一歩を踏み出してみること。
そうすれば、自然と二歩め、三歩めが出てくる。

きっと今まで見えてこなかった世界が見えてくる。

人生を楽しむ秘訣は頭の柔らかさ。
アイデア製造工場になろう。

既成概念をぶっ壊して、新しい経済圏を創って、そのマスターになろう。

 − 今週、誕生日を迎えたヒデキが、大学生の OME 大阪合コン取引所のCEO ミックをはじめ、まわりの若手ビジネスマンや視聴者に贈る言葉




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2011年11月13日

元気の出る言葉 (96)

1. 「 狂気。 それは、同じ事を繰り返し行い、違う結果を予期すること。 」 
 − ノルベルト・アインシュタイン、ノーベル物理学賞を受賞した20世紀最大の理論物理学者

 アインシュタインは学術的な成果の高さだけではなく、物事の本質をつかんで、言葉で表現する才能にも長けている。

 失敗しても、失敗しても、繰り返し自分の信ずる方法をためし、違った結果が出てくるまであきらめない。

 発明王、トーマス・エジソンも、日本の本田宗一郎も、根気よく実験をして、失敗しても失敗してもあきらめず、99回の失敗に対してたった1回の成功を勝ち得た。

 およそ何かの分野で傑出した成功を収める人というのは、常人ならすぐにあきらめるであろう、無駄と思えるような努力も進んでやるからこそ、成果が出るのだろう。

 成功しようと思ったら、何ごとも執念が必要だ。そして、それはまさに ” 狂気 ” とも言える。辛抱強く目標にチャレンジしたい。

 2.「ぶつからないと、分かりあえない」

 " A fight is a great way to clear the air. "


 これとよく似たことわざに、 ”雨降って地固まる” という言葉がある。どちらも、現状を改善するためには議論や衝突が欠かせないと言っている。

 謙譲の美徳を良しとする日本人は、とかく目上の人や、周囲の好奇の眼に神経質になり、心に思っていることをずばりと言わない傾向がある。

 外資系企業で働いていると、心にくすぶっていることは、正しい場所で、自分にも一理の正当性があればどんどん主張すべきだ。放っておくとどんどん自分が損をするだけである。

 言わずに黙っていて、それがもとでストレスを増やしたり、自分の心や体の健康まで損なってしまっては元も子もない。

 私たちに必要なのは、ほんのひとかけらの勇気だけだ。
 
 僕も言いたいことをズバリと言ったお陰で誤解が解けたり、相手の置かれている環境が、自分の想像していたのとはまるで違っていたことに気付かされたり、はたまた、自分に欠けている資質があるから問題を引き起こしていたことに気付かされたりした。

 現状を良くしたければ、ほんのひとかけらの勇気が必要だ。

 【 アインシュタイン、150の言葉 】





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2011年11月03日

元気の出る言葉 (95) 

「 人はみな、この世に役割を持って生まれてきている 」 

 − 横浜市の小学校教員の言葉

 小学校の卒業式に参列した時、お世話になったベテランの小学校の女教師が、色紙に

 「人はみな、この世に役割を持って生まれてきている」

 と書かれているのをみて、感動した。

 20年ほど前に、NHKの名物アナウンサーの鈴木健二氏が、はげ頭で人間味たっぷりに司会を務められている中、著作の中で氏の青春時代を過ごした旧制弘前高校のバンカラ学生時代を振り返って書かれていた一節を思い出した。
 
 博愛主義に満ちた鈴木健二氏は、同級生の男達と身体障害児童の施設にボランティアに通われていたという。

 子供たちは、世間からみれば可哀そうな子供たちにしか見えなかったが、鈴木健二氏の眼からすると、

 「 神はどんな人間にでも、必ずひとつは才能を与え下さった」 
と実感したという。

 自閉症で、満足に話すことも読み書きも出来なかった14歳の少女がいたらしい。

 彼女は、世間的には才能にめぐまれなかったかもしれないが、いつも施設の子供たちの洗濯を行い、厳しい寒さの青森の冬にも毎日、手をかじかませながら、洗濯を自らの役割としてやっていたという。

 そんな14歳の彼女が荒れた手をしながら一日の仕事を終えると、鈴木健二氏は、彼女の冷たい手を懐に入れて温めてあげたという。

 ところが、ある寒い晩の夜、彼女は施設の表で車に轢かれて、その短い生涯を閉じてしまう。

 鈴木氏は天に仰ぎ伏せて泣きじゃくったという。

 ひるがえって現代、あろうことか、日本の自殺者は7年連続で3万人を超えている。

 父親と母親が手塩にかけて育ててくれた自らの人生を、勝手に閉じてしまう人達の心が分からない。

 自分が無くなったら、家族はどれだけ悲しむのか?

 それ以前に、自殺するくらいだったら、

 「自分は何のために生まれてきたのか?」 という原点を考えてみてはどうだろうか?

 生きたくても生きられない、病弱の子供たちもいる。東日本大震災では地震と津波で小学生が千人、中学生が千人以上も若くして亡くなっている。若くして天から強制的に命を閉じられてしまう子たちもいるのに、いったいなぜ自殺するような愚行に走るのか?

 自分の人生が楽しくないから死んでしまおう、と思う前にまず、

 ”自分のために生きるのではなく、人のために生きよう”

 と思えば、どれだけヤル気が出て、毎日を活力に満ちた人生が送れるのか、想像してみたらどうだろうか?

 それこそ、人は皆、神からひとつくらいは才能を持って生まれてきているものである。そして、自分の役割を120%、130%、社会の中でフルに生かして、まわりの人や社会を活性化させることで、有意義な人生を送れるのではないだろうか?

 ( これだけ鉄道自殺の多い日本で、いまだにホーム柵を作って物理的に飛び込み自殺を防ごうとしない東急電鉄、小田急電鉄、JR東日本の怠慢ぶりにもあきれる。。。首都圏の動脈を30分、1時間もストップさせ、日本経済の発展を阻害し、人命を軽視する鉄道会社の経営陣の無為無策はいったい何なのだろうか? )

 願わくば、社会に生まれてきたひとりひとりが、自分の役割に気づいて、自分の才能をフルに生かして、まわりの人達から喜ばれ、満足の中に生きる理想を追い求めたい。
 


 

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2011年10月31日

元気の出る言葉 (94)

 「 我慢できないときに我慢するのが本当の我慢 」

 ”Patience is never more important...
.... than when you are on the verge of losing it. "


我慢するということは、自分もそうだが本当に難しい。

 人間、どうしても欲に流され安易についてしまうし、怒りがこみ上げて来たときに、ぐっと溜飲を下げる胆力もそうそう簡単に身につくものではない。

 人はいったいどうやって我慢力 (=胆力) を身につければ良いのだろうか?

 ひたすら失敗を繰り返した末に我慢の大切さを学ぶか、あるいは半強制的にカトリックの修道院に入ったり、禅寺で修行をしたり。。。

 こんな風に考えてみてはどうだろうか?

一時の試練はしょせん、一過性の台風のようなものに過ぎず、いつかは時が解決してくれると。

 どんなに辛い ”いじめ” に遭っても、学校を卒業してしまえばそいつらとは赤の他人だし、逆に、相手には絶対敵わないようなスポーツや勉強で目茶苦茶に成功するとか、5年、10年をかけて大金持ちになって相手にリベンジしてやるという手もある。

 アメリカの20世紀を代表する歌手、フランク・シナトラもそうだった。

 イタリア移民の子としてニュージャージーに住んでいた幼少時代には、人種の違いでよく悪友に肥え溜めに突き落とされては泣いていたという。

 そんなとき、 ”いつかは見ていろ! お前らより絶対に幸せな人生をおくってやる” と、誓いを立てて、アメリカ音楽界のスターダムにのし上がった。

 しょせん、人生は長いマラソンレースのようなもので、いっときの試練が永遠に続くわけではない。

 仕事にしても、大きなプロジェクトや案件のローンチが立て込んでも、終わりが見えている以上、永遠に試練が続くわけではないのだから、夜に昼を重ねる佳境の時でも、終わった後で取る休暇のことを考えて、気を長く持てば、案外我慢できてしまうかもしれない。
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2011年10月23日

元気の出る言葉 (93)

 「人生の栄光は、憎むことから生まれるのでなく、愛することから生まれる」    

 " The glory of life is to love not to hate."


- インドの片田舎の飯屋に書かれていた言葉

イスラエルとパレスチナの憎しみ合い、いじめっ子といじめられっ子の憎しみ合い、上司と部下との憎しみ合い。。。

 エスカレートすると、傷つけあったり、それを苦にして自殺したり、はたまた国同士の争いにまで発展して戦争になったりする。

 でも冷静に考えて見ると、お互いに憎しみ合うよりも、人間は不完全な生き物として、相手のことを愛情を持って寛大に見てあげれば、新たな展開が生まれるだろう。

 それに、相手に拒絶されたら、それを苦にするのでなく、新しい出会いを外に求めて動けばよい。

 苦しみのさなかにあると、今見える光景がすべてだと勘違いしがちだ。

 だが、実は今おかれている状況というのは、長い人生からすれば一瞬に過ぎず、数ヶ月、数年のうちに、自分の置かれる環境はガラッとかわってくるのだから、気を大きく持って、空の上から今の自分を客観的に見てみれば良い。

 きっと外側に広がる広い世界に気づくだろう。

 きっと自分のことを認めてくれる相手にめぐり合うだろう。
憎しみあって自分の時を無駄にするのではなく、愛情を持って誰とでも接するほうが良い。そうすることで人生に栄光がやって来るだろう。
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2011年10月16日

元気の出る言葉 (92)

 「大きな成功をしてみたければ、まず小さな成功をしてみせることだ。」
 − ポール・ゲッティ、 アメリカの1960年代、70年代の石油王

 アメリカのカリフォルニア州の弁護士の家に生まれたポール・ゲッティは、幼いころから資本家らしい非情さと怜悧な頭脳を持ち、ハンサムな顔と抜群の会話力、洗練さでいつも女性達を魅了した。

 特に、アメリカ国内の油田の掘削で大儲けし、ゲッティ・オイルとして1960年代、1970年代に全米屈指の大富豪になってからは、ロサンゼルス郊外、海岸沿いのマリブの邸宅やらロンドン郊外のサットンプレイスというシャトー(お城)を手に入れ、美女ばかり6人と結婚したり離婚したりのゴージャスな生活を送る。

 彼の伝記のカバーページに出てくる恋人、妻は美人ぞろいで、びっくりするくらいである。子供の数も半端ではない。あまりに金持ち過ぎて、孫が一人誘拐されたくらいである。

 彼はいくつかの男らしい名言を残している。

 「 自分の財産がいくらか数えられるくらいでは、本当の大金持ちとは言えない 」

 「 (私生活では美女に囲まれているが)仕事中には女のことなど一切考えたことなどない。仕事に没頭している。 」

 「大きな成功をしてみたければ、まず小さな成功をしてみせることだ。」

 ”大きな成功をしたいならば、まず小さな成功から” というのは、自分のヤル気を上昇ムードにもっていくためには絶好のツールだ。

 朝、オフィスに着いた時間、いきなり大型の仕事にかぶりつくよりも、まず、どうってことのない小さな雑用から手始めにスタートすると、心も体も徐々にヒートアップしていく。

 大事を成そうと思ったら、まず小さな成功をして、自信を付けてから大きな目標に全力でぶち当たる方が良いのだろう。



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2011年10月11日

元気の出る言葉 (91) 

「わたしの現在が成功というなら、それはわたしの過去の失敗がみんな土台づくりをしてくれたものだ。仕事はみんな失敗の連続である。」 

本田宗一郎、ホンダの創業者

 失敗とは何か? それは方法論の誤りを告げるメッセージなのだ。
だから何事かを成就させようとするとき、できるだけ多くの失敗をすることが望ましい。

 失敗が一つ一つ取り除かれていけば、あとに残るのは成功だけだ。失敗を幾つかしたくらいでへこたれていてはいけない。

 例えばトーマス・エジソン (1847〜1931)白熱電灯の発明にとりかかったとき、最大の難関はフィラメントだった。

 一年間の間に1500以上の物質をためした。
 フィラメント探しだけでも万を越す実験をしている。彼は教師から低脳児よばわりされて、学校教育はわずか3ヶ月しか受けていない。

 成功しようと思ったら、数え切れないくらいの挑戦をして、困難を乗り越えていくしかない。




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2011年10月02日

元気の出る言葉 (90)

 「追い風は自分で作る」
 − CMに出てきた言葉

この言葉は落ち込んだときや凹んだときに、ヒデキが自分を鼓舞するために思い起こす言葉。

 当たるか外れるか分からなくても、100%細かい計画を作らなくてもいいから、とにかく自分から少しずつ行動を起こして行くことで、確実に前進するから不思議なものである!!

 2つの意味が含まれていると思う。

 @ 自分から行動を起こす。
 
 勇気を持って、恥ずかしいなどという考えを捨てて、とにかく小さくても良いから行動を起こす。そうすると、まわりの人達にも意気込みや気持ちが伝わって、徐々に変化が出てくる。すると、状況も良くなってくる。

 A 惰性で動いていると、しょせん自分の未来は、今までの日常と代わり映えしないものがやってくる。
  
 意図的に自分からプラスになる行動を起こして毎日のパターンを変えてみないことには、躍動する夢の日々はやって来ないだろう。

変化を作ることで、それが新たな作用を生み、自分の気づかなかった考え方を呼び起こして、一段と成長する。

 そんな善の循環は、とりたてて大層な準備をしなくても、思い切りひとつの最初の一歩から巻き起こすことができる。 
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2011年09月25日

元気の出る言葉 (89) 「 最小の効果のために、最大の努力をする 」

 「 最小の効果のために、最大の努力をする。 
最小の努力で最大の効果を得ようとするのがビジネス書の教えだが、200年以上の歴史がある仏教によれば、正反対に考えた方がうまくいく。 」 


 − 安田暎胤、 薬師寺管主

 現代は、最小の努力で最大の効果を得ようという効率万能の時代です。しかし、仏教の世界は、それとは正反対で、最小の効果のために最大の努力を惜しまないと考えます。

 たとえば、薬師寺 (奈良県) の伽藍 (寺の建物) 復興は、写経を一巻書いていただいた際の納経料で成り立っています。多くの人の力を集め、気が遠くなるほどの時間をかけて復興してきた訳です。もちろん大口の寄付で復興する方法と比べて効率は悪いし、手間も掛かります。

 薬師寺は今までに多くの堂や塔を復興してきました。最初は金堂だけの予定が、西塔、中門、回廊。。。でも、これは小口の寄付を受け続けたからこそできた。大口頼みだけでは無理です。一回もらったところに再び頼みにいくわけにはいかんでしょうし、他にも頼みにくいですわな。

 小口で寄付をもらい続けることは大変です。絶えずこちらから働きかけて新しい寄付者を募る必要がある。でも、塵も積もれば山となるという諺があるように、微々たる力も続ければ大きな力になる。

 だから効率ばかりを求めずに、今ある仕事を地道に続けていけばいいんじゃないかと思います。

 時間の使い方も同じ。効率だけを追わずに、あえてムダと思われる時間を過ごすことも重要です。


 人間が今より良い生活をしたいと思う気持ちは自然です。良い車に乗りたい。広い家に住みたい。そう願わない方が不思議です。でも、欲望にはきりが無い。高い目標を掲げて努力することは大事ですが、大きな飛躍を望みすぎると苦しみが生じます。息苦しくなるし、目標が達成できなかった時の落胆も大きい。

 日本の若者は、物質文明に染まっています。より便利で快適な生活を求め過ぎている。発展途上国に行けば分かるが、日本ほど恵まれている国はない。そうしたことへの感謝を忘れてしまっている。

 恵まれた環境で育ってきているから、少しの波風にも耐えられない。大きな波を乗り越えるために今の苦労がある。苦労を肥やしにするぐらいの気持ちで生きて欲しいですよね。

 苦あれば楽ありというでしょう。幸せは苦を経てやってくる。

 今が辛いのは、お先真っ暗ということではなく、将来のための息吹なんです。冬は種を撒いても芽が出ません。でも、春になると冬のあいだにぐっとためた力で芽生えてくる。

 どんな人でも幸せだけの連続はありえない。逆に、不幸の連続も無い。それを仏教の世界で諸行無常と言う。世に存在する万物は変化、生滅してとどまらない。

 同じ状態は、永遠には続きません。

 現在は、過去の結果であると同時に、未来の原因でもあります。つまり、今と言う瞬間は、過去の結果と未来の原因が同時に存在するのです。

 たとえ試験の結果が悪かったとしても、仕事で失敗したとしても、昨日のことにこだわらず、明日に向かってなすべきことをやる。過去を後悔せずに、今と言う瞬間を最大限に努力する。それが結果的に大きな力になっていくのです。

 58年前、私が出家した頃は住職と弟子5人だけでした。拝観者はほとんどなく、収入もなかった。でも、そうした貧しい時代を経たからこそ、今の寺がある。

 今が当たり前だと思うと、努力する目標は見つけにくい。ただ、今でもやろうと思えば、新しくやることはいくらでもありますよ。

 35年前から、毎朝4時に起きて、5時からの勤行に金堂に向かいます。お薬師様へ合掌し、梵鐘の音とともにお経を読みます。

 過去に感謝して、初心を忘れない。日々を楽しく生きる秘訣です。大きな成功よりも、小さな継続を積み重ねる姿勢が大切です。

 
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2011年09月10日

元気の出る言葉 ( 88 )

「 80年生きて、自分の好きなことにうち込める時間は、たったの10年間。 」 

 − ベンジャミン・フランクリン

「 だれがどう考えても無理! そんなのぜ〜ったいに無理! 逆立ちしたって無理! 」 

 というくらいに仕事量からプライベートの予定から社交から、無茶苦茶な量のスケジュールを入れて、文字通り髪の毛振り乱す勢いでカッ飛ばしていくヒデキに欠かせないのが時間管理。

 ここは300年前の歴史上の偉人から、人生のエッセンスについて考えてみませんか?

「 1日のうちに純粋にプライベートな時間は3時間。この3時間を仮に80年の生涯に直すとわずか10年。80年生きて、自分の好きなことにうち込める時間は、たったの10年間。

 時間の浪費ほど大きな浪費は無い。人生とはまさに時間の積み重ねなのだ。 」
  
    
     − ベンジャミン・フランクリン、米国の政治家、外交官、物理学者、気象学者、発明家、 アメリカの 『建国の父』

 彼は印刷業で成功を収めた後、政界に進出し、アメリカ独立に多大な貢献をした。また、凧を用いた実験で、雷が電気であることを明らかにしたことでも知られている。現在の米100ドル紙幣に肖像が描かれている他、ハーフダラー銀貨にも1963年まで彼の肖像が使われていた。

 勤勉性、探究心の強さ、合理主義、社会活動への参加という18世紀における近代的人間像を象徴する人物。

 己を含めて権力の集中を嫌った人間性は個人崇拝を敬遠するアメリカの国民性を超え、すべてのヤンキーの父として讃えられる。『フランクリン自伝』はアメリカのロング・ベストセラーの一つである。

 彼の偉業を可能にしたのはいったい何だったのだろうか?

【 三井住友銀行グループの プロミス 】

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2011年09月04日

元気の出る言葉 (87)

 「 どんな人間と付き合うかで人生は決まる」

 ヘンリー・キッシンジャー、アメリカを代表する外交官

 ニクソン政権時代に、東西冷戦のはざまで中国に隠密に飛び、電撃的な米中国交回復を果たしたユダヤ人外交官、ヘンリー・キッシンジャーの言葉である。

 ハーバード大学を卒業し、マンハッタンにある厳格な会員制クラブである ”ハーバードクラブ” の会員であるかたわらで、ニューヨークの社交界で美しい女性と見るや、口説きまくったプレイボーイでもある。

 なぜヘンリー・キッシンジャーは、ユダヤ移民でありながらも、WASP (ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント; アメリカ権力の中枢を握る白人、英米系のキリスト教プロテスタント派出身者)の牛耳る外交の世界のトップに立てたかと言うと、

 @ ヘンリーキッシンジャーは、まず第一に、極めて優秀な人間であった。ハーバード大学で教授からも瞠目されるほど頭脳明晰であった。

 A ヘンリー・キッシンジャーは、成功者に不可欠な資質と上昇志向を強く持っていた。若いころはCPA (米国公認会計士) を望んでいたが、政治学を学ぶうちに夢は現実政治にふくらんでいった。

 彼は教壇に立つかたわらで、核戦略に関する論文を書いて注目を集めた。

 B 彼はトップクラスの有力の政治家に近づき信頼を勝ち得た。

 このうち、@ はさして重要ではない。なぜならば、ハーバード大卒は毎年何千人も輩出される。
 それに、頭脳はスタッフとして揃えれば良い。

 世界をあっと言わせるくらいのどえらい成果を上げるには、 B の、人脈づくりが物を言うのである。

 ヒデキが毎月やっているTMEに来る男性陣は、金融業界や公認会計士、IT業界、起業家、商社などの切れ者がたくさん集まってくるので、刺激を得て自己啓発する上でも、情報交換をする上でも大いに力になっている。

 自分の器を拡げようと思ったら、命じられた仕事だけやって自己満足していてはダメなのである。
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2011年08月28日

元気の出る言葉 (86)

 「 願望は寝ても覚めても忘れるな。
泥棒でも、敵をやっつけるのも、美女を手に入れるのも、そう願う心をどんなに状況が変化しようが、一時も忘れずに心がけていれば、かならず成し遂げられる。 」
 

 − 伊能忠敬


 伊能忠敬は1745年に千葉県山武郡九十九里町に生まれた。彼の墓も実は九十九里町にあり、僕のお気に入りのホテルのすぐ近くにある。もっとも、僕は歴史探訪よりも波の上でボディボードをする方が好きなので、一度も参拝したことはない。

 江戸時代の日本を測量し、大日本沿海興地図を作り、大変精度の高い日本地図として評価された。

 その一方で、伊能は商人としても活動していた。

 伊能家は、酒、醤油の醸造、貸金業を営んでいた他、利根水運などにも関っていた。商人としてはかなりの才覚の持ち主であったようで、伊能家を再興したほか、佐原の役職をつとめたなどの記録が残されている。また、かなりの財産を築いたという。

 測量士、地図の作者というと、学者気質を想像するが、その実、商人魂の人だったわけである。傑出した成果を上げられただけに、彼の精神は一流であったことがうなずける。


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2011年08月06日

元気の出る言葉 (85) 「 俺はいつも不可能なことに挑戦してる。だから、出来ないことでも出来るようになったんだ。 」

 " I am always doing things I can`t do; That`s how I get to do them."
 
- Pablo Picasso

「 俺はいつも不可能なことに挑戦してる。だから、出来ないことでも出来るようになったんだ。 」 
- パブロ・ピカソ、 画家

世の中をビックリさせるような芸術や文化、技術やシステムを生み出して来た人、というのは、たいてい世間的な常識など屁とも思っていないようだ。

 そして、いつも常人が絶対に無理だと思うようなことにあえてチャレンジをしている。

 世間の人は、 「バカと天才は紙一重」 という。そのくらい天才のすることは世間の常識や価値観からはかけ離れているのだ。

 でも、天才になれるかどうかは、案外自分の近くにも転がっているのかもしれない。

 少々無理だと思うようなことにでも、小さな勇気を出して挑戦してみれば、継続していくうちに、どんどん大きな事が出来るようになるのではないか?




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