2013年04月22日

元気の出る言葉 (144)

「 もし、自分が好きなことをしていて、

自分の好きなことが何か、ちゃんと知っていて、

しかもそれが自分のためにも人々 (社会) のためにもなるので、

他の人々から尊敬されているということを知っているならば、

あなたは、幸せであり、成功している、と言えるだろう。」

 − デニス・ウェイトレイ博士、南カルフォルニア大学客員教授、『成功の心理学』の著者

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2013年04月07日

元気の出る言葉 (143)

 「ウォール街では、ぼう大な仕事量を信じられないスピードでこなす弁護士たちが、複雑きわまりない取引に傾注していった。」

 日本でもアメリカでも、電話帳のようにぶ厚い法律書を頭の中に叩き込み、複雑な問題を分かり易く解きほぐして解決に持っていく弁護士は、優れ者だ。しかも仕事量が半端ではなく、昨今の企業弁護士は一日15時間以上も働いている。

 あふれる書類を、デスクだけでなく、机のまわりのカーペットに大量に並べながら。

 ゴールドマン・サックスで働いていた法務部の弁護士先生も、今勤務している会社の企業弁護士も、仕事のスピードといい、知識の量といい、全く凡人が歯が立たないくらいに凄い。

 成果=スピードx仕事量

 自分の仕事が遅遅として進まなかったり、”なんだか去年から全然進歩していないじゃないか!”

 と嘆きたくなった時には、この弁護士に関する言葉を思い出しては自分を鼓舞している。

 ( ウォール街のマネー・エリートたち − ヘッジファンドを動かす人びと  )


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2013年02月17日

元気の出る言葉 (142)

 「 一つだけでも秀でたものがあればきっと成功できる。何かを突き詰めて向き合う姿勢が重要だ。それがビジネスとは直接関係なくても、開花する瞬間がきっと訪れる。 」

 − 村上太一、リブセンス社長、創業者

  リブセンスの村上太一社長は2012年10月に史上最年少で東証1部に上場した後も、次の成長のため新卒採用に力を入れている。 「 尖った人ほど活躍できる。 」 が持論。際立つ個性を持つ若者との出会いを、毎月のセミナーを通じて求め続けている。

 村上社長がオフィスで仕事をする間、笑顔を絶やすことがない。経営者の仕事は難しいことだらけだが、いつも社員に対してはニコニコして、明るい雰囲気を職場に作っている。
 
 その半面、責任感や信念の強さは強烈で、創業して間もないころは、資金繰りも大変で、社員の給料を払うために自ら週末はアルバイトをしていたという。

村上社長が言う 「 何かをつきつめて向き合う姿勢 」 というのはとても大事なことだ。

社会の足りないモノを補ったり、人が必要としているものを造り出したり、見たこともない誰かのために、クリエイティビティを発揮して、ひたむきになって創造いけば、いつかはきっと自分の身に返ってくる。

それがビジネスと直接関係がなくても、人のために、社会の発展のために必死に働きかけていれば、気づかないうちに自分の財産ができているのだ。

 【 リブセンス <生きる意味>  25歳の最年少上場社長 村上太一の人を幸せにする仕事 】


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2013年02月14日

元気の出る言葉 (141)

「 海を渡るイノシシのごとく、猪突猛進する。 」

 − オンワードホールディングス、名誉顧問、馬場昭氏

 世にも不思議な光景を見た。ある冬の日の朝、クルーザーで大分県の国東半島に向かって伊予灘を航行していたときのことだ。目の前を1頭の巨大なイノシシが泳いでいる。

 夢ではない。沖から数キロ離れた海原を、茶褐色のイノシシが4本足を器用に動かしながら泳いでいるのだ。海に落ち、潮に流されているのか、不憫に思い、救助することにした。

 ところが救助した後、イノシシは意外な行動に出る。なんと、すぐさま反転し、再び海原に向かって全速力で泳ぎはじめたのだ。私は呆気(あっけ)にとられた。余計なことをするな! こう一喝されたような気がした。

 対岸は愛媛県の佐田岬。30キロはある。かなりの遠泳になったはずだ。

 猪突猛進という言葉があるが、振り返ると、私も無我夢中で走り続けてきた。無鉄砲なことも随分したが、どんな苦難も自分なりに面白がり、成長の好機ととらえて、前へ、前へと前進してきた。

 あのイノシシはどこに行ったのだろう。今でも時々、思い返す。目標に向かって一筋に突き進む荒々しい雄姿が、なぜかいつまでも私の目に鮮やかに焼きついている。
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2013年02月09日

元気の出る言葉 (140)

 「 どんな状況からも、肯定的な意味を引き出す 」
  − バシャールの言葉

 たくさんのものを否定的に感じるのは、今まで 
「 こういうことが起きたらそれは悪いことだ、ネガティブなのだ 」 と教えられてきたからです。

 みなさんはよくこう言います。
「 こんなことが起きたら、それは悪いことだとみんな知っている 」 と。

 かわりに 「 これは単なる中立的な状況で、まだ何の意味も持たないのだ 」
と言うことができます。

 すべての状況は、いい意味にも悪い意味にも、どちらにもとらえることができるのです。
自分がその中から、ポジティブなものを引き出す姿勢を持てば、そこからポジティブな結果をもたらすことができます。

 ( 引用 : 人生に奇跡を起こす バシャール名言集 )

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2013年02月03日

元気の出る言葉 (139)

「 あなたはいつまで、あなたのエネルギーを眠らせたままにしておくつもりですか? 」  
 バグワン・シュリ・ラジニーシ、 OSHO(和尚)で知られるインドの啓蒙家

 「 あなたはいつまで、あなたのエネルギーを眠らせたままにしておくつもりですか?

 あなたはいつまで自分の偉大さに気がつかないままでいるのですか?

 心の中に葛藤をかかえこんで時間を無駄にしてはいけません。
 疑いの中に時を失ってはなりません。

 時間はとりもどすことができません。
 もしあなたがチャンスを見逃してしまうと、次のチャンスが再びやってくるのは、
 何回もの人生を生きたそのあとかもしれません。 」

 【 2013年 大転換する世界 逆襲する日本 】


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2013年01月27日

元気の出る言葉 (138)

「大ボラでも夢は熱く語れ!」
 − 与沢翼、日本のトップに君臨するアフィリエイター

 ビジネスを立ち上げるとき、 「 こいつは虚言壁があるのか 」 と思われるくらいの大言壮語 (たいげんそうご) が必要である。

 有名な話だが、CSKの創業者だった大川功会長(故人)は生前、 
「大ボラこそが成功への道である」 と語っていた。

 ソフトバンクの創業者である孫正義社長は会社を立ち上げた当初、福岡市に借りたアパートの一室で、エアコンもなく、扇風機を回すような質素なオフィスでありながらも、ミカン箱の上に立ち、社員に

 「 10年で年商500億円の会社にする! 」 と会社の未来を熱く唱えた。それを聞いた女性のアルバイト二人は、 “ この人、頭がおかしいんだ。 ” と思い、翌日会社を辞めたという。

 このように、創業者の志というものは大言壮語に近いものが少なくない。
だからと言って、その本質を誤解してはいけない。志のある創業者は、ただ大言壮語している人とは違って、自分が語ったことを着実に現実化させていく経営能力を備えているのだ。

 なぜ有能な経営者は、熱く語った 「大言壮語」 を現実化することができるのか?

 それは大きな器を用意すると、そこに大言壮語に感銘した人が引き込おまれるからだ。集まってきた個人の力を結集し、そのパワーで大言壮語が実現していくわけである。

 何かを始めようとする起業家が自分の夢を熱く語ることは重要で、それがビジネスを進めていくモチベーションともなっていくのだ。

 金儲けをしたい、ビジネスを始めようとする人の多くに欠けているのは、その大ボラに近い志である。

 なぜ起業を夢見ている人の多くが、まさに経営の軸となっていくはずの志を持てないのだろうか?

 それは、本気で歴史を学んでいないからだ。
歴史を学ぶと、歴史上の人物の壮絶な一生が見えてくる。その人物の人生を丹念にたどっていくと、いろいろなことが見えてくるのだ。

 歴史書には傑出した人物の一生が描かれている。それが一部脚色されていたとしても、歴史に残るような戦略家や傑物 (けつぶつ) ¬は自分の人生をかけ、描いている夢や目標に向かって生きるか死ぬかという姿勢で臨んでいたことがわかる。

 私は、人というものが圧倒的に凌駕されるようなスケールの大きなものを見たときや、打ちのめされるほどのすごいものを目撃したときに、何かに 「覚醒」 するものだと思う。そのとき惰眠をむさぼっていた脳細胞が強く刺激され、志も生まれてくるのだ。
 

 ( 引用: 『 秒速で1億円稼ぐ条件 』 Free Agent Style Holdings 会長、与沢翼 

 − 23歳で学生起業し、3年半で月商1億5000万円の会社に成長させるが、6年目に社員の横領事件に遭い倒産。その後、単身でネットビジネス界に参入し、わずか半年、たった一人で5億円を稼ぎ出す。現在ではグループ企業で社員100名を超える。 )

 
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2013年01月06日

元気の出る言葉 (137)

 2週間の休暇も終わり、明日から出社。日本経済の逆襲に加わるぞ! 日銀が紙幣をじゃぶじゃぶ発行してインフレ経済、物価高、雇用増、日本経済復活の始まりだ! 

 ビジネスマンは、みのもんたのパワーに負けるな!( 銀座の超高級クラブで1:00AMまで豪遊、美女をXXXした後、朝4時半にはテレビ局に出勤 ) あちらは68歳だぞ!
 
 と、ここまでは著者の独り言。本題の 「元気の出る言葉」 に移ります。

 「 先細りの人生は送らない。 」
 − 青色LEDを開発した中村修二 カリフォルニア大学教授、元日亜化学研究員

 徳島大学を卒業して、徳島の日亜化学に就職した中村氏は、開発課に配属された。
課員わずか4人。予算も少ない。大学院まで終了しているわけだから、地方企業のこのような部署ではヤル気をなくすのが普通だろう。

 しかし彼は、ある意味では常識外れで、そういうことは一切気にならなかった。
営業だろうが経理だろうが人事だろうが、どこでも構わない、どこへ配属されても大丈夫だと考えていた。

 何か根拠があるわけではなく、ただなんとなく、何があっても大丈夫だろうと漠然と思っていただけなのだ。 『 なんで国立大学の電子工学科で修士まで出た人がこんなところに来たの? 』
と言われ、不思議がられた。

 電子工学科出身だからそれに関係した仕事をしたいと思って入社したわけではない。
たまたま偶然に、担当教授の紹介で日亜化学に就職し、たままた偶然、開発課に配属されただけなのだ。

 そして実は、またまた、たまたま偶然があって、彼は世界的な開発をすることになるのである。

 だから、たとえ会社の人事異動で思いもかけない部署に配属されたからといって思い悩むことなど何もない。むしろ、 「 よっしゃ、大丈夫 」 と自分に言い聞かせるくらいでないと先細りの人生しか送れなくなる。

 むしろ、彼みたいに 「 なんであんたここに来たの?」
と言われるくらいの方がいいのかもしれない。なぜなら、先の見えた人生などあり得ないのだし、人生は偶然の積み重ねだと腹をくくっていれば、どんな境遇に置かれても 「大丈夫だ」 と思うことができるのだ。

 何かをスタートするにあたって、あれこれ心配してしまうのと、何かわからないけども大丈夫だと思ってしまうのとでは、結果がまるで違ってくる。

 何か分らないけど大丈夫だと考えている人は、物事に対して積極的な姿勢で取り組めるのだ。失敗をもプラスに変えるバイタリティも生まれてくる。いやむしろ、失敗をも楽しめる余裕すら持てるようになると思う。

 ( 引用 : 「考える力、やり抜く力、私の方法」 中村修二 ) 

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2012年12月31日

元気の出る言葉 (136)

 「 時には夢を追いなさい。夢はそのためにあるのだから。 」
 − リアカーマン、永瀬忠志氏

 本当にやりたいことは他にあるのに、仕方がないから今はこの仕事をしています、という人は、真面目な人である。地に足がついて、しっかりと自分の生活を守っているからである。

 何をかくそう、僕もその一人である。
しかし、経済的打算をいっさい無視してでも、本当にやりたいことを愚直にやっている人は、自分に対してクソが付くくらいに真面目な人であり、周囲から尊敬の眼で見られる。
 

 リアカーマンで知られる永瀬忠志さんは、大阪でサラリーマンをしていたのだが、冒険心を抑えられず、生活道具一式をリアカーに積み、アフリカ横断を11,000キロもしたり、アンデス山脈を1,000キロもリアカーを引いて歩いてこられた。

 もちろん、その間は仕事はできないし、家族にも理解を得たうえで冒険をされている。それでも奥さんは、そんな永瀬さんに惚れて結婚したのだそうだ。

 僕もおおいにそういった冒険旅行に憧れるが、そういった冒険が出来るのは夢の中でしかないから、現実世界では、できることだけをやっている。

 ”東海道徒歩旅行” がそれで、東京・日本橋から大阪・淀屋橋までを休みを使って継続的に歩きとおしている。これまで15回の徒歩旅行で、日本橋から三河蒲郡までを歩いてきた。この休みはその先を歩く。

 一回30キロの道のりを、6時間かけて歩く。
その街の生活感を感じながら、田舎の自然風景に体全体を包まれて癒されながら、広い空を見上げてひたすら歩く。

 疲れたら、その土地の郷土料理を定食屋さんで頂く。
猪鍋のときもあれば、シラス揚げ蕎麦のときもあれば、清水港に陸揚げされた取れたての魚をおろした寿司定食の時もある。

 非日常的なこの時間は、とても楽しい。
いつも夢を追っかけていなくとも、たまに追っかけるだけでも楽しいものである。

 
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2012年12月25日

元気の出る言葉 (135)

「 起こってほしいことは、3日以内に起こる 」 
  − バシャール

 あなたが自分の人生に起こってほしいと思うほとんどのことは、少なくとも3日のうちに起こります。そのほか、潜在的に望んでいるいろいろな変化が起こるのには、3週間ほどかかるでしょう。

 無理に起こそうとしなくても、ただ起こるのを受け入れればいいのです。望んでいる変化にエネルギーを注いで、それにそって行動するなら、それはあなたの人生に起こります。

“ あなたがするべき、唯一のこと ”

 まわりに見えるもの、まわりにあると思うもののすべてが、あなたからつくられています。
それらは、あなたの意識がつくりあげているものなのです。

 ですから、新しい世界を構築する、世界を変えるとき、あなたが唯一すべきことは、自分自身の意識を変えることだけです。そうすれば世界は変わります。

 「 想像するものを完璧に創り出す自由をあなたはもっている。 」 

 ( バシャール、人生に奇跡を起こすバシャール名言集より ) 

  自分の潜在願望を強く願っている限り、いつかそれは実際の形として姿を現すというのは、なにもバシャールの言葉を借りずとも、至る所で散見できます。


 不可能と言われた大学受験や就職活動で見事、志望先に合格した若者。憧れの美女を、振られても振られてもあきらめずに情熱的に口説き落とした冴えない男。徒手空拳で起業に挑戦し、失敗しても失敗しても、再び立ち上がり、9回目か10回目のチャレンジでついに成功したビジネスマン。
 

 僕が書いているこのブログは2009年5月に “メディア・インタビュー” の記事から始まりました。熱狂的に仕事をして、遅い時間に帰宅しても、祖国・日本経済の拡大のために刺激・ヤル気・知識を全国にばら撒こうと、眠い目をこすりつつ書き続けたブログ。

 3年かけて1,083個の記事を書き、年間視聴者数は80万人を超えました。

 きっかけは2008年のリーマンショックです。不況と失業が広がり、約5,000人の外資系金融マンが職を失って呆然とする中、なんとか日本の経済を復活させる手はないかと、自分に出来る身近なことからはじめました。

 日本には就職・転職関連のブログが30万種類ありますが、その人気ランキングで5位につけました。自らの潜在願望を愚直に、ひたすら真面目に根気よく続けていけば、いつかきっと花咲くことを、実感しました。

 ( 引用 : 人生に奇跡を起こすバシャール名言集 ) 


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2012年12月16日

元気の出る言葉 (134)

「 考える前に行動せよ、行動しながらもっと考えよ。 」
 杉村太郎

 さあどうすればいいか。まず考えたくなったとき、動け。考えることを言い訳に、行動から逃げてはいないか。何をすればいいのかを、3分以内に箇条書きにし、優先順位をつけ、3分後には必ず動き出すのだ。それ以上のことは、動かなければ見えてこない。

 ズタボロ場外で、にっちもさっちもいかないとき、そういうときこそ、まず動け。

 止まっていても、何も無い。いや止まっていては、不安や恐怖が増大するだけ。あるいは、不安も恐怖も通り過ぎて、表面から過ぎ去り、見えないところでますます複雑化する。逃げてしまっていいものか。逃げ切れるのか。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 杉村太郎 (慶応大学理工学部卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院卒、住友商事入社、その後シャインズを結成し、CDを出す。我極館、ジャパンビジネスラボを創業)


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2012年12月07日

元気の出る言葉 (133)

 「 24時間、常にクリエイティブでいろ! 」

 − コナミデジタルエンタテインメント執行役員EVP、ゲームデザイナーの小島秀夫氏

 映画好きな家族のもと、小さいときから多くの作品に親しみました。小学5年のころには母からもらった無料優待券を手に、1人で電車を乗り継いで映画館に行くこともしばしば。家では朝から晩までテレビにかじりついていました。

 お気に入りはグラハム・カーが司会の料理番組 「 世界の料理ショー 」 です。ワインを飲みながら料理するなんて、斬新でしたね。

 同時期から小説も読み始めました。きっかけは 「 刑事コロンボ 」 のノベライズ。自分でもトリックを考え、外国人ばかり登場する推理小説をたくさん書きました。

 1日5時間テレビを見ていることで担任から 「 とんでもない! 」 と叱られましたが、海外のテレビ番組や映画や小説こそが世界と自分をつなぐツールでした。

 タクシーが黄色いこと、チップの額、ジョークや女性の口説き方。日本にはない考え方を自然と学びました。

 中学時代は友人の父親に8ミリカメラを借り、映画の自主制作に熱中しました。美術大学に進んで映画監督になりたかったのですが、中2のときに父が病で急逝。経済的事情から映画監督の道はあきらめました。

 それでも 「 ものづくり 」 への夢を持ち続け、ゲーム業界と出会い、大学を卒業してコナミに入社しました。

 新人ながらゲーム作品の企画を任されたものの、コツが分からずボツに。周囲に評価されない私の面倒をみてくれたのが、先輩の松井直樹さんでした。

 松井さんは他人の3倍は集中して働き、残業する同僚が多い中、定時で退社。映画鑑賞やバンド演奏など多彩な活動に充てていました。

「 24時間、常にクリエイティブでいろ 」 「 仕事の外で遊ぶことが創作には大切だ 」 と教わりました。

 「 敵から隠れる 」 ゲームを考案した時、一緒に取り組んでくれた松井さんがいなければ、入社2年目でメタルギアは生まれず、今の私もいませんでした。

  松井さんは別会社に移りましたが、その教えをもとに現在、私の部署では隔週木曜日を 「 ロンゲストデー 」 と名付け、定時退社させて自己啓蒙の日としています。

「 メタルギア 」 シリーズには反戦や反核などのメッセージを込めています。仕事や勉強を終えてゲームを楽しむプレーヤーが現実世界に何かを持ち帰り、少しでも前向きになるゲームを今後も創りたいと思います。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 小島 秀夫

 1963年8月24日東京世田谷生まれ。
 1986年KONAMIにプランナーとして入社。
 1987年初監督作品「メタルギア」でデビュー。
 従来のアクションゲームを逆転の発想から昇華させた「敵に見つからないように進む」というゲーム性は、現在の「ステルスゲーム」と呼ばれるジャンルの原点になっている。

 その後「スナッチャー」「ポリスノーツ」など数々の作品を世に送り出し、常に質の高い作品創りは多くのゲームファンの信頼を獲得していく。

 そして1998年「メタルギア ソリッド」を発表。
 2002年に続編「メタルギア ソリッド2 サンズ・オブ・リバティ」、2004年には「メタルギア ソリッド3 スネークイーター」、2008年には「メタルギア ソリッド4 ガンズ・オブ・ザ・パトリオット」を発表。

 自らの監督作品の他、「METAL GEAR AC!D」シリーズ、「ZONE OF THE ENDERS」シリーズや、「ボクらの太陽」シリーズの企画、プロデュースも手がけるなど精力的に活動。

 個人としては、
 2001年 米Newsweek誌の「未来を切り拓く10人」に選定。
 2009年には、「Game Developers Choice Awards」にて「生涯功労賞(Lifetime Achievement)」を受賞。

 2010年4月29日発売の「METAL GEAR」シリーズ最新作 「METAL GEAR SOLID PEACE WALKER」でも監督・脚本・ゲームデザイン・プロデュースを手掛ける。

 常にゲームの未来を見据え、「不可能を可能にするゲームデザイン」をもって、新境地に挑戦し続けている。ゲーム業界屈指の映画好きとしても知られ、コメンテイターや映画評などの仕事もこなしている。

 【 価値創造の思考法 】

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2012年12月02日

元気の出る言葉 (132)

 「 運を信じない。」 
− トーマス・エジソン、 発明王

 トーマス・エジソンのルールは、運を信じるのはやめて、自分でやり尽くそうということ。

 天才発明家のエジソンは、電話機、蓄音機、発熱電球、トースター、電気アイロン、映写機、配電システム、から、はたまたセメント、プレハブ住宅の着想まで、実に幅広い。今のGE (ゼネラル・エレクトリック社) も、エジソンが創業した会社が前身である。

 好奇心旺盛なエジソンは、小学校をわずか3ヶ月で退学するも、独学で科学をまなび、実験により理論を立証する。

 思いついたものは何でもその場でメモに残し、発明のアイデアはもちろん、着想を得た場所、日付、時間までを克明に記録していた。とにかく思い浮かんだことは何でも書き留めるので、一週間もしないうちに手帳がいっぱいになることも珍しくなかったという。

 そんなエジソンの信念が、研究所に新しく入所した若い研究員からの実験に関する質問への答えにあらわれている。

 『 俺は運など一切信じておらん。運などというものがあるとすれば、世界でこの俺ほど不運な男などいやしない。これまでの人生で大当たりしたことなどただの一度もないからな。

 必要なものを見つけようとすると、世界中からありとあらゆる不要物が見つかりだすんだ。いらないものが99個見つかったところで、やっと100個目に探し求めていたものが手に入る。

 
 万事そういう調子だから、急に何かが見つかっても、それが本物かどうか疑ってかかることにしているんだ。慎重に調べりゃわかるが、たいていは偽者だ。そういうのを不運というんじゃないのかね。

 だが、いいか。俺は運など信じちゃいない。幸運も不運も。たいていの連中は何回か試すとあきらめちまう。だがこの俺は狙った結果が出るまでは絶対にあきらめない。 』

 ( 引用: 「凡人が一流になるルール」 斎藤孝 )


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2012年11月25日

元気の出る言葉 (131)

 「  本当に成功したいのであれば決断が必要です。 」 
 − マイケル・ボルダック、世界最高峰のコーチ、『達成の科学』の研究家。 

 こんな話があります。実際、ある将軍が、自分の部隊を戦いに連れていきました。そして彼はある島に上陸し、船を燃やしました。本当に船を全焼させて言いました。

 「 勝っても負けても退路はない。 」 

 彼らは勝利しました。成功に必用なものが何であれ、ゴールに向かって行動すれば、成功します。成功は80%が心理面、わずか20%が方法論です。

 ( 引用: 『 目標達成する技術 』、マイケル・ボルダック )

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2012年11月20日

元気の出る言葉 (130)

「 パワーがないと信じることは、自分が死んでいきつつあると信じているということです。
自分にパワーがない時、人もパワーを持たないようにと望みます。 」
 − バシャール

 あなたが誰かに教えるときは、「 一人ひとりが、すべてのパワーを持っている 」 と教えて下さい。

 他人も自分も傷つけることなく、誰もが必要なものを全部創造できるということを。

 みなさんがすでにパワーを持っているということは、まぎれもない事実です。
みなさんは、今そのパワーを、さらに獲得することを勉強しているのではなく、すでにあるものをどうやって引き出すかということを勉強しているのです。

 あなたがつくられた時、あなたは、すでに 「 100% のあなた 」 でした。
そして今でも、あなたは100% なのです。

 何も恐れることはありません。

 ( 引用 : 人生に奇跡を起こすバシャール名言集 )

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2012年11月11日

元気の出る言葉 (129)

「 きみは、だめな奴なんかじゃない。マッキンリーの頂上や、エル・キャピタンの頂上に立つ者が、だめな奴なんかであるわけがないだろ。たいていの人は寝ている時にしか夢を見ないけれど、きみは、目がさめているときにも、夢を見る。それだけのことさ。

 今やっている、この大計画だって、すべては、きみの夢からはじまったことなんだ。 」 


 − エヴェレスト登頂を果たした全盲のクライマー、エリック・ヴァイエンマイヤーの言葉

 アメリカ、ニュージャージー州で生まれ、中学生時代に全盲となりながらも、マッキンリーやキリマンジャロ、アコンカグア、エヴェレストと、世界四大陸の山頂を制覇した人である。

 見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、の5感は、互いに補い合っている部分もあり、どれがどれより大事だとか、どれの優先順位が劣るかということはない。どれもこれも大事だ。

 それでも、その中でどれが不自由だったら、日常生活を送る上で一番困るかを想像してみると、 見る機能の場合が最も深刻だろうと見当がつく。

 エリック・ヴァイエンマイヤーは、13歳のときに視力を急速に失っていっても、失うこと自体に腐って、ヤル気をなくすようなことはなく、友達がたやすくできるようなことを、どんなことでも夢中になって行った。必死の思いで、目の見える友だちと対等に渡り合おうとした。

 彼がボストン大学に入学すると、1万人中にたった3人の盲人の一人となり、講義室で授業が始まるまえにも、書店でも、学生組合でも、エリックに向かってうかがうような視線が注がれ、盲人世界の代表であるような気にさせられる。

 家族で訪れたマチュ・ピチュへのトレッキングをきっかけに、困難な肉体的チャレンジに魅せられたエリックは、毎年夏になると家族と世界各地の辺境を訪れ、山深くて住民たちが現代文明と接することのほとんどないような土地をトレッキングする。

 やがて50歳台で、登山経験はあまりないものの世界七大陸の最高峰すべてに登頂した最初の人、ディック・バスが著した 『 七大陸最高峰 』 を読み、自分も挑戦を誓う。

 いよいよ彼がエヴェレストを目指そうとしたとき、クライマーで著述家のジョン・クラカワーから心のこもった手紙が届く。

 「 来春に予定しているという、あなたのエヴェレスト行を応援する気には、とてもなれません。それは、登頂能力うんぬんではありません。その点は充分だと、これまでのあなたの経歴が示しています。

 ただ、あの特別な丘の頂点に立つには、あなた自身を身の毛がよだつほどの危険に曝さないわけにはいかない、と思うからです。すべてのエヴェレスト・クライマーが直面するのと寸分違わない、身の毛のよだつほどの危険に加えて、プラスアルファの危険。

 8000メートルを超えると、がらりと世界が変わります。あれだけの高所となると、何もかもが狂乱状態となり、一つ一つの物事の影響は、普段よりずっと深刻になります。 」 

 エリックはそんなベテランたちの破局の予言には耳も貸さず、ミイラ化した遺体が150体以上も道中にころがる、マウント・エヴェレストの登頂に成功するのである。 
 
 ( 引用: 『 全盲のクライマー、エヴェレストに立つ 』 ) 

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2012年11月03日

元気の出る言葉 (128)

「 同じ花崗岩のかたまりも、弱い人にとっては、道の障害物になる。
しかし、強い人にとっては、道におかれた踏み台となる。 」


 − トーマス・カーライル、イギリスの歴史家・評論家でヴィクトリア朝を代表する言論人

 心の持ちかたひとつで、どんな困難も、障害も、壁になることもあれば、自分を鍛えて上のステージに上がる練習台にもなる。

 自分に降りかかってくる問題を、ポジティブな心で考えよう。
そして、勇気を持って、臨んでみよう。高い志が、それを可能にするだろう。

「何となく」は失敗のもと!保険選びは慎重に!保険相談サロンF.L.P
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2012年10月20日

元気の出る言葉 (127)

 「 動いて、考えて、これでもかというくらい失敗と成功を積み重ねていく。
世界最高峰を実現させるには、結局、地道な努力しかないのです。 」


 ― 浜松ホトニクス(株) 固体事業部 固体第4製造部第34部門 主任部員鈴木久則氏の言葉

 浜松市は人口80万人、面積は日本で2番目に大きく、“浜松祭り” と ”起業家の街” として知られている。トヨタ自動車、本田技研工業、スズキ自動車、ヤマハ、河合楽器、浜松ホトニクスと、各分野で世界シェアの多くを握る国際企業の創業者を多く生み出した。

 いわば、日本のシリコンバレーみたいな街であり、大阪府岸和田市のような血気盛んなアツイ野郎の集まる地でもある。ついでにブログ著者の僕も浜松生まれで、父は浜松ホトニクスの画像計測工学のエンジニアだった。

 僕が学生時代、ハレーすい星が飛来した時に、父は当時の通産省 ( 現在の経済産業省 ) 主導の国家プロジェクト “プラネットA” に駆り出され、ハレーすい星探査ロケットのセンサー部分を2年がかりで必死で開発し、鹿児島県種子島にある宇宙基地でロケットの打ち上げに立ち会い、日本の宇宙工学の最前線でひとかどの役割を果たしたと、涙を流して帰ってきた。

 浜松ホトニクスは、それ以外にも富山県にある電子ニュートリノの出現をとらえるスーパーカミオカンデ ( 東京大学宇宙線研究所付属神岡宇宙素粒子研究施設 )  の光電子増倍管をつくった会社としても知られている。

 ハワイ島マウナケアにそびえたつ世界有数の大型光学望遠鏡 「 すばる 」 に採用されている世界最大のCCDイメージセンサを開発したのが浜松ホトニクスの鈴木久則氏。

 7年もの歳月をかけた誕生秘話からひも解く “浜ホトイズム” の一片。それは驚くほどシンプルだといえる。

 「 動いて、考えて、これでもかというくらい失敗と成功を積み重ねていく。世界最高峰を実現させるには、結局、地道な努力しかない。開発の現場は非常にアナログな作業の連続です。 」 

 具体的な開発の経緯を聞いても、町工場のような泥臭さがある。最適なシリコン素材を探し出すため、かたっぱしから部材メーカーに問い合わせる、構造の大枠が固まったら、試作・評価を果てしなく繰り返す。

 気の遠くなるような作業に 「 担当から外してほしい 」 と直訴したことすらある。

 それでも踏みとどまった理由は、昼間社長から叩き込まれた 「 人類未知未踏の精神 」 だという。

 『 できないことこそやる 』 は、浜松ホトニクスの生命線だと。

 会社としても、一技術者としてもやめるわけにはいかなかった。冷静に考えれば、技術者としてはありがたい環境だったかもしれない。 」 と振り返る。

 経験から編み出された独自の思考法も興味深い。

「 開発には苦労が伴いますが、それを最小限に抑え、効率化を図ることも技術者として大切なスキルです。私がよく言うのは 『 結果はすでに予想できている 』 という思考法。

結果というのは大まかに3通りしかありません。@ 成功、 A 不明、 B 失敗です。そのどれが出ても良いように、結果を待ちながら、次の準備をすすめていくことが重要なんです。 」 

「 この世に存在しないものを創る 」 の精神を糧に、粘り強く、着実に、計画的に。さまざまな職種に当てはまるビジネスの原点がここに見て取れる。道なき道を切り開き、ついに到達した “ 結果 ” はもはや3通りではない。唯一無二の成功のみである。

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

  鈴木久則氏 − 愛知県豊橋市出身。名古屋大学大学院で宇宙物理学を専攻し、
 「 CCD開発に携わりたい 」 との思いから、1993年浜松ホトニクスに入社。趣味は野菜づくりと読書。学生時代には陸上中距離選手としてインターハイに出場。45歳。

 ( 引用: HAMA流 − 意外と浜松、浜松市PRブック ) 



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2012年10月13日

元気の出る言葉 (126)

 「 どんなに忙しい時でも、ひとつのことに集中しろ。 」

  − 藤田晋 サイバーエージェント社長

 複数の仕事を同時進行させて、そのどれひとつを取ってもしっかり納期をまもり、ミスなく仕事を進めなくてはならない。あせる気持ちとはうらはらに、時間だけは刻々と経過し、イライラ感だけがつのってきて、最後には腹が痛くなる。。。

 多忙なときに机の上に散らばったさまざまな種類の仕事。これをスピーディにてきぱきとこなすにはコツがある。
 
 いちどに10人の話を聞いて理解した聖徳太子以外に、同時にいくつもの事をつつがなく進行させられる人間などいないのだ。人間の注意力には限度がある。
 
 一人の人間にできることといえば、あせる気持ちを抑えて、まず机の上にのっかっている一番手近な書類から手をつけ、それをまず終わらせること。
 
 一つ終われば、ストレスも軽減する。
プレッシャーに煽られることなく、ひとつの作業に集中して取り組むことが、複数の仕事を同時進行させるコツではないか。

 それと同じで、悩み事だって、いくつも抱えたらストレスが高じる。そのうちの一つからまず解決することで、幾分か気持ちは楽になるのではないか。
 

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2012年10月02日

元気の出る言葉 (125)

「 成功の秘密は、あなたの仕事を休暇のように楽しむことです。 」

  − マーク・トウェイン、 アメリカの作家

 興味のある面白い仕事に就き、毎日その仕事に従事することが出来れば、それほど楽しい人生はない。ただ、ほとんどの人はパンを得るために仕事に就いているので、条件から仕事を選ばざるを得ないことが多い。

 給与が高いとか、自分の持っている資格で出来る、待遇が良い、通勤に便利、など。

 それは楽しい仕事を選んだというよりも、条件で選んだ結果なので、職場に行っても休暇を楽しむ感覚で仕事を楽しむのは難しいかもしれない。

 では、現実に妥協はしながらも、仕事を休暇のように楽しむにはどうしたら良いだろう?

 毎日、目標時間を決めて、タイムトライアルに挑戦し、昨日よりも1分短く、一昨日よりも2分短くと、徐々にスピードアップし、浮いた時間は知識の習得にあてる。仕事はゲームの一種だと思えば良い。

 いま担当している仕事を早めにマスターして、他の仕事も任せてもらう。自分の経験値を増やし、さまざまな仕事を切り盛りする能力 (タレント) を付けることで、傑出した人材になる。年収も上がる。

 仕事の目的をゴールに、そこに至るまでに存在している今の方法以外に、まだ誰も実現したことの無い業界初のやりかたを創造してみる。あるいは、競合他社の担当者から話を聞いて、ベスト・プラクティス ( 最良の方法 ) を取り入れてみる。

 いまやっている仕事を変形して、新しいサービスに作り替え、これまでとは違った層にマーケティングしてみる。

 退屈感しか感じないような仕事でも、創造力次第で、いくらでも楽しくなるのではないか。そうすればやがて自分の仕事が休暇のように楽しく感じられるだろう。

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2012年09月24日

元気の出る言葉 (124) 

 「 世の中で解決できないことは絶対ない。 」
 
 − 三井物産、飯島彰巳社長

 『 世の中で解決できないことは絶対ないと、そう思っています。
 雨が続けば、必ず晴れの日はやってくる。ただ逃げたら、いつまで経っても解決しない。

 真面目に、自分の意思で問題に取り組めば、お客さんも理解してくれて、社外のいろんな人も一生懸命やってくれる。

 だから一人では絶対に無理なんですよ。もう、ほとんどみんなに助けられて、今があるのです。 』


 昭和49年に横浜国立大学経営学部を卒業し、三井物産に就職された飯島氏は、大阪支店を皮切りに、主に鉄鋼部門を歩み、社長に就任された。

 長い営業マンのキャリアを築かれた中で、叱咤と教えは数知れず。
海運手配をする際には、チャーターしたはずの船を勝手に売り飛ばされるなど、海外ならではのトラブルに巻き込まれたこともあるという。

 そんな窮地でも、多くの人に助けられて切り抜けることができたという。
何もひとりで解決しなくてもよいのだ。周りの人に助けを求め、人の力を結集すれば、たとえどんな問題でも解決できるだろう。

 自分ひとりで解決しなくてはいけないと思いこむから、窮地から抜け出せないことも多くあるだろう。輝かしい経歴を持ってビジネスの世界で活躍している人ですら、人に助けられてやっと今ある成功にたどりつくことができたのだ。

 一人で考え込むのをやめて、思い切って周りに相談してみれば、意外と新しい世界が見えて驚くことも多いのだ。

 【 撃って出なきゃ商社だもの − 三井物産元中部支社長の商社マン人生 】


 
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2012年09月16日

元気の出る言葉 (123) 

「 自分がより善良になることが、社会をより良く変える唯一の道になる。本当なら、人を批判する暇はないはずだ。 」

 「 特別な能力を身につけたのならば、その力は他人を助けるためにある。この世が成り立っているのは、自分の体をすり減らすような愛があるからだ。 」 

 − トルストイ

 才能のある人と無い人、できれば、才能のある人の方になりたいが、なぜ才能のある人とない人の2種類がいるかというと、それは目的意識の差から来ているのではないだろうか。

 何のために働いているのか? 何のために自分は生きているのか? という目的のところを真剣に考えた人が、他人がびっくりするような成果を上げられるのだと思う。

 そしてそれは、単に自分のための目的、金持ちになりたいとか、名誉を得たいというだけよりも、広く社会にインパクトをもたらすため、経済的弱者を救うため、雇用を増やすため、祖国・日本のGDPを増やすため、と広い目的意識をもってがむしゃらに取り組んだ人が成し得る成果ではないかと思う。

 ではその目的意識はどこから来るかというと、色々な経験を積んで成功も挫折も経験したり、広い世界を見てやろうと多くの書物を読んだりした中から生まれてくるのではないかと思う。

 トルストイの言葉は、そんな生き方を追憶の彼方から教えてくれるようだ。 

 ( 引用: トルストイ 「 生きる武器を持て トルストイの叡智 」 ) 




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2012年09月08日

元気の出る言葉 (122) 

「 むなしさを感じるのは あなたが創造的な人生を送っていない証拠である。
重要な目標を持っていないか、または、重要な目標に向かって
自分の才能や努力を十分に活用していないかのどちらかだ。 」



 − マックスウェル・モールツ、 アメリカの整形外科医
 

 私たちは重要な目標を持っているだろうか。
自分の夢や願望を毎日思い起こしているだろうか。

 「 こんなことができたらいいな。 」 という非現実的な夢や願望を、歯ぎしりするくらいの勢いで、真剣に考え抜いたことはあるだろうか?

 重要な目標とは、ビジネスでもいいし、プライベートでもいい。
想像しただけで胸がワクワクするようなもの。そこから次々と連想をふくらませていけば、世にも素晴らしい自分だけの目標ができる。

 それが今の現実から離れていれば離れているほどいい。まずはそれを考えること。

 ここまでなら普通の人でもできる。あなたが普通の人で終わってしまうか、特別な人になって見事に願望をかなえるかは、その後の行動力ひとつにかかっている。

 つぎに、その目標を実現するうえで足りないものを考えていき、足りないものを満たすための方法と、期日を考える。もちろん、今の現実から遠く離れた目標だから、道中は障害だらけで、障害にぶちあたる度にあなたは考え込むだろう。

 そこで必要なのが創造力 ( Creativity )。行き詰る現実を目の前にして、それをなんとか打破するオプションをいくつも考える。そう、歯ぎしりするくらいの勢いで真剣に、しかも楽しく。

 自分の夢を追っているわけだから、道中、楽しくなくてはいけない。ハードワークも楽しいと思えるくらいのマインドセットに必要なのも、また創造力 ( Creativity ) 。辛いことでもポジティブに考えられるくらいの創造力。

 あなたの毎日が、このプロセス上のどこかにある限り、むなしさなど感じることは決して無いはずだ。
創造的な人生とは、どんな障害をも克服していける人生であり、自分の願望を多かれ少なかれ、かなえられる人生だと思う。


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2012年08月25日

元気の出る言葉 (121)

 「 仕事は楽しくあるべきです。
 楽しさがなければ、人々は仕事中のほとんどの時間、
 感情をおおいかくすコートを着ていなければならないでしょう。

 仕事を楽しいものにすることがとても重要です。
 それが私たちの日々の生活に命をもたらすからです。

 楽しさこそ、私たちの活動の一番の動機であり、
 人生を導く直接的な指針なのです。

 楽しさとは、仕事が終わったあと、
 稼いだお金で何かを買うものだ、などと思ってはなりません。 」

 
             マイケル・フィリップス、70年代にハリウッドで活躍した映画プロデューサー

 仕事を楽しくできるかどうかはひとえに自分次第だ。
また、仕事を楽しくしようとする上司や同僚がいるかどうかも大切だ。

 たとえ会社から与えられた仕事であっても、たとえ本来自分の望んだ職業でなく、仕方なくついた仕事であっても、目の前の仕事に好奇心を持って掘り下げていけば、知らず知らずのうちに面白くなってくるものだ。

 今まで無かった知識が身につき、しばらくすると、そんな自分に自分で驚き、さらに好奇心が増してくる。
今までやったことの無い仕事でも、勇気をもってやってみれば、案外出来るものである。

 そして、出来ることが分かったところから、更に仕事をヤル気が出てくる。

 仕事を面白く感じられる人と感じられない人の違いは、単にお金のためだけに働いているのか、あるいはもっと壮大なテーマを見つけて仕事ができるかだ。

 ”自分たちが開発した技術、サービス、制度で世界を変えてやる ” くらいに思って取り組んでいる人たちは、普通の人の10倍くらいのヤル気がある。

 シリコンバレーのベンチャー企業家は、週に100時間働いたって、愚痴のひとつも出ないが、志の低いビジネスマンだったら、愚痴だらけだ。

 そういう人たちは嫌というほどたくさんいる。できることなら、夢のある人たちとお友達になりたいものだ。(笑) その方がいっしょに酒を飲んでいても楽しいだろう。

 また、仕事の仲間やリーダーが、オフィスを楽しくしようとアイデアを出し、努力しているかどうかも大切だ。

 オフィスにふんだんに食べ物や飲み物を用意したり、仲間内のイベントをやったり、芝生の上でミーティングをやったり、工夫すればいくらでもオフィスは楽しくできる。

 皆で不可能にチャレンジするのもいい。南極大陸探検隊みたいで楽しいじゃないか。やっている最中は苦しくても、数年後に振り返ったときに、いい思い出になる。

 どうせ一回こっきりの人生だから、お金のためや義務感のためでなく、もっと仕事を楽しむためにやってみようじゃないか!

 【 渋谷で働く社長の告白 − サイバーエージェント 藤田 晋 】 

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2012年08月12日

元気の出る言葉 (120)

 「彼らができるのは、自分はできると、彼らが思っているからだ。」  

- バージル・グリフィス、アメリカのハッカー

 デカいことをやり遂げる人間にはさまざまな理由がある。
才能がある、知識がある、経験がある、努力家、口が上手い、粘り強い、など。

 反対に、出来ない人間にもいろいろと理由があり、経験がない、意志が弱い、根気強くないなど、数え上げたらきりがないが、いちばん大きく影響するのは ”自分はできるんだ” と思い込むこと、暗示をかけることではないだろうか。

 同じような環境に身を置く者がいる中で、出来る人と出来ない人を分けるのは案外、紙一重かもしれない。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 バージル・グリフィス(Virgil Griffith、29歳 )は米アラバマ州出身のハッカーである。検索サービス「 WikiScanner 」の開発者。

 バージル・グリフィスは1983年にアメリカのアラバマ州で生まれた。両親は共に医者である。Alabama School of Mathematics and Scienceを2002年に卒業し、アラバマ大学に入学した。専攻は認知科学だった。一度2004年にインディアナ大学に転入したこともあるがまたアラバマ大学にもどり、優秀な成績で卒業した。現在はカリフォルニア工科大学の大学院生である。

 2007年8月、バージルはウィキペディアにおける非ログインユーザーの編集がどの企業や団体に属するものかを探りだすことのできるツール 「WikiScanner」 を開発した。
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2012年07月30日

元気の出る言葉 (119)

 「困難を克服し、次々に成功をおさめ、
新たな夢を抱き、その夢が実現するのをみることにまさる
人生の喜びはない。」

    
     サミュエル・ジョンソン (イギリスの文学者)

 私たちは夢を持っているのだろうか?

 たとえそれが実現不可能に見えるものであろうと、達成が困難であろうと構わない。月並みな目標などはしょせん、夢とは呼ばないからだ。

 夢を実現に持っていくまでに経験するハードワークとチャレンジと、改善と進歩と、そして実現できたときに体中の細胞が喜びを発するような嬉しさを感じるときに、

 「生きていて良かった!」 
 と思うのではないだろうか。

 惰性に流されたり、妥協したままでいては、今以上の喜びは味わえない。夢がみつからなければ、今すぐにでも広い世界を見て、人と会って、本を読んで、夢を全力でみつけに行くべきだ。

 困難を感じたら、想像してみよう。夢を達成したときに自分が見たり感じたりしているだろう世界を。信じられないくらいに素晴らしい世界、他の誰にも知られない世界を。今、直面している困難など、ずっと軽く感じられるはずだ。


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2012年07月21日

元気の出る言葉 (118)

「 人は誰でも、自分の生まれ持った能力を最大限生かせば、人生で大成功をおさめ、この上ない幸福を勝ち取ることができる。 」

 − スマイレイ・ブラントン、 アメリカの精神科医 

 人はだれでも一つくらいは能力を天から授かって生まれてきているものである。問題は、それを必死で探求して発見した人は良いのだが、まだ自分のタレントが何かも分かっていない人も多いだろう。

 もし自分がやっていて好きなこと、のめり込める仕事が見つからなければ、探求の旅に出かけて、人のアドバイスでも、書物からでも、先人たちの経験談や電気から見つけてみるのも良いかもしれない。

 人間の能力は、真剣に活かしきれば、信じられないくらいの力を持っている。ふだんの生活で使っている人の能力は、誰でも潜在能力の10%ほどしか使っていないのだという。日常生活で使う能力はアイドリング状態にあるのに等しく、追い詰められた緊迫状態のときにやっと、50%以上の能力を稼働するのだそうだ。

 ここにもう一つのヒントがある。自分の惰性のスピードで生きるのではなく、リミッター ( 制御装置 ) を取り外して緊迫状態の中で目標を追っていけば、どんな業界でも信じられないくらいの成果が得られるのだ。

 僕が今回の転職活動で回った生保業界、外資系IT、外資系メーカー、ヘッドハンティング会社などで突出した成果を上げている人たちに見られた共通項は、およそリミッターの外れた、世間的にみれば常識外のレベルまでとことん仕事につんのめった人たちだった。

 人より秀でた自分のタレントを見つけてフルに活かせば、きっと成功をおさめ、自分の目指した幸福を勝ち得ることができるだろう。
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2012年07月01日

元気の出る言葉 (117) 

「 武者震いするくらいの想像力を働かせる 」

 − 古代ユダヤ賢人の言葉

 現状の生活に満足していない、仕事がどうも上手くいかない、組織の皆がハッピーな状態ではなく、活性化しているとは言い難い、等々、さまざまな問題に直面したときに思い出すと良い言葉。
 
 武者震いするくらいの想像力を働かせて、現状をプラスの方向にかえるありとあらゆる解決策を考えてみる。今までの概念にはなかったオプションもおおいに結構。それが斬新な発想であればあるほどワクワクする。

 そして次は、がむしゃらになって取り組むこと。そうすればたいがいの問題は解決するだろう。

  ( 引用: 古代ユダヤ賢人の言葉 ) 



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2012年06月25日

元気の出る言葉 (116)

 「パンフレットに載っているような人生は、ゴミ箱に捨ててしまおう」

 " Life - it's nothing like the brochure "
 (原文)

 誰の言葉かは分からないが、至言である。

 「 どんな人生が楽しいか? 」 を考えた時に、ただひたすら安定を求めた人生や、人から指図された人生だけが良いとは思えない。

 自分がいちばんワクワクするような一瞬、一瞬。そして、自分が一番達成感を感じられる道は、決して世間が勧めるようなありふれた道ではないかもしれない。そして、決して平たんな道でもないだろう。

 人の命は限りがあり、自分が死ぬ時になって

 「あれをやっておけば良かった」

 「これをやっておけば後悔しなかったのに」

 と、残尿感のある人生を送りたくなければ、ステレオタイプな世間並みの人生でなく、自分独自の人生を悩み抜いて、独自にデザインした人生を歩むのが良いのではないだろうか。



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2012年05月05日

元気の出る言葉 (115)

「 人間の一生なんて偶然の産物だ。人生の企ては99%は失敗する。世の中や社会の流れに身を任せ、偶然に身をゆだねる生き方のなんと素晴らしいことよ。 」 

 − 出口治明、ライフネット生命保険社長

 生命保険業界の慣習を打ち破り、2008年に創業した戦後初の独立系生命保険会社、ライフネット生命保険は、インターネットを活用したシンプルで分かりやすい、消費者のための保険販売をモットーとしている。

 タブーとされていた保険商品の 「 原価開示 」 にも踏み込み、既存の保険会社が広告や営業に使っている経費を明らかにした。

 業界初の大胆な改革を推し進めている会社だけに、トップはさぞかし積極的でやり手の人間に違いないと、多くの人は思うだろう。

 しかし、意外なことに、同社社長の出口治明 ( 63歳 ) の知人の誰もが、初対面の印象はつかみどころのない人、と口をそろえる。

 副社長の岩瀬大輔 (東大法学部卒、ハーバード・ビジネススクール卒業 ) も、その強烈だった第一印象をこう語る。

 2006年に出口をネット生保立ち上げに引き込んだ、あすかアセットマネジメント代表の谷家衛と打ち合わせすべく都内のビルに入った岩瀬は、エレベータホールで出迎えた谷屋の隣に、チェックのシャツとチノパンを着た男性の姿を見た。

ビルの管理人かと思ったが、それが出口だったという。

 「 このおじさん、大丈夫かなと正直思った。でも、ホワイトボードに事業プランを書き出した途端、炎のように説明をまくし立てる。早口なのに整然としていてわかり易い。この人は何なのかと驚いた。 」
 ( 岩瀬 ) 

 つかみどころがないけど、何だかすごい人。多くの人が出口に対して持つ第一印象だ。それは、日本生命保険のエリート街道まっしぐらだった社員が、左遷の末に不可能と言われていた生保のネット販売を実現してしまう、出口の生きざまそのものと重なる。

 1948年、奈良県に近い山村の村、三重県の美杉村に生まれた出口は、昆虫やセミ取りが好きなごく普通の少年だった。目立った点は 「 本中毒 」 と称するほど本を読んでばかりいたこと。

 特に歴史が好きだった。深い知識を蓄えるにつれ、ある一つの考えを持つようになる。

 「 人間の一生なんて偶然の産物だ。人生の企ては99%は失敗する。それは歴史が証明している。歴史には人間の勝者も敗者も描かれている。しかも偶然の積み重ねばかりだ。

 何かをやろうと企ててもほとんどすべて99%は失敗する。人類史というのは一部の運の良い人間が夢をかなえた歴史にすぎないのだ。 」 


 出口の好きなエピソードがある。
17世紀フランス王国の政治家、枢機卿であったジェール・マザランはもともとローマ教皇に仕えるイタリア人の僧侶にすぎなかった。

 それがフランスとイタリア間で勃発したマントヴァ継承戦争における停戦協議でフランスの宰相リシュリューと出会う。マザランはリシュリューにその才能を見い出され、フランス政界に進出した。

リシュリューと出会わなかったら、一生イタリアで僧侶として過ごす人生だっただろう。

 「 人の人生なんてそんなものだ。世の中や社会の流れに身を任せ、偶然に身を委ねる生き方の素晴らしいことよ。 」 と、高校生のときに思った。

 1967年に京都大学法学部に入学。時代は全共闘運動真っ盛りだった。大学は封鎖され、授業はない。学生運動に興味のなかった出口はひたすら下宿で本を読み漁るか、喫茶店で友人と議論する毎日を過ごした。

父親に 「 早く独立しろ 」 と言われて職探しを始めるものの、文系の仕事はどれも同じだと思った。文科系の人間のできる仕事は企画、営業、経理などの仕事。

 扱う商材が鉄かキャラメルかという違いはあるものの、ほとんど差はない。だからどの産業が尊いとか、優れているとも思わない。当然、就職先へのこだわりもなかった。

 司法試験を目指す一方で 「 すべり止め 」 として日本生命の試験を受けて入社した。

「 業界最大手の “ニッセイに怖いものはない” 」 多くの同僚がそう確信し、仕事そのものよりも立身出世のための社内政治に精を出していた。

 しかし出口は、早くから日本の生保業界のビジネスモデルの古さに気づいていた。大蔵省の行政指導の下、値段もサービスも同じものを販売している。しかし、経営とは本来、市場・顧客に提供するサービス内容と値段を自ら決定することではないか?

 日本は少子高齢化が進み、生保の顧客が急減するし、営業の主力となる女性職員の確保も難しくなるだろう。大量のセールスレディを使って大量に保険を売るビジネスモデルも成り立たなくなるだろう。

 社内政治より生保業界の改革の方がやりがいがあると考えた出口は、生保業界が生き残る道は3つあると考えた。

 @ 商品・サービスの拡充
 A 営業の効率化。セールスレディを使わない販売体制の構築。
 B 日本以外のマーケットの開拓。海外進出。

  当時の出口は 「 何事にも猪突猛進。前に進むのが大好きで自分の信念のためならリスクを顧みず飛び込んでいた。 」 ( 伊佐誠次郎、ライフネット生命監査役 )

 伊佐が何より感心したのはその人脈の広さ。生保業界のみならず、銀行、損保、日銀関係者と、誰もが出口を知っていた。

 仕事に限らず、グルメやカラオケなど興味の範囲も広かった。ただ人につきあうためではない。何事にも興味を持つとのめり込んでしまう性格なのだ。

 「 いつ、どこで情報を仕入れてくるのか知らないが、とにかくいろんな店を知っていて会合の場所はたいてい出口さんが決めていた。 」 

92年に日本生命ロンドン事業所長としてロンドンに赴任し、自らが考えた生保が生き残るための3つの改革にある “国際化” をしようと計画を練る。

 ところが、97年に北海道拓殖銀行や山一證券が破たんするなど、未曽有の金融危機が時代を “守り” の方向に向かわせる。会社の方針と合わない出口は干され、閑職に追いやられる。

 自分の行きたくない方向に川の流れが向かっていなければ、無理する必要はない。サラリーマンというものは、会社から決められた時間の中で働いて給料をもらうもの。自分のやりたいことをやらせてもらう約束なんてしていない − 。

 「 何かをやろうと企ててもほとんど99%は失敗する 」。歴史から学んだ言葉が出口を不思議なほどに落ち着かせていた。

 55歳になった2003年、出口は子会社のビル管理会社へ取締役として出向する。閑職をこなしながら、出口は本を書いた。自分のキャリアを考えるともう生保業界に戻ることはないだろう。

 だから本を書いて5年後、10年後に誰かが自分のビジョンを実行してくれたら。そんな淡い期待を抱いて2004年に書いた本が 『 生命保険入門 』 だ。

 転機は2006年に訪れる。出口の旧友、伊佐はヘッジファンド、あすかアセットマネジメント代表の谷屋衛から相談を受けていた。

 「 保険ビジネスを立ち上げたい。保険に詳しい人間を探している。社長になれそうでなれなかった人がいい。 」 伊佐は、能力があっても恵まれないポストにいる出口のことを思い出したという。

 伊佐は出口を説得しようと食事に誘った。指定のイタリアンレストランに現れた出口は、話を聞くと表情が変わったという。

 「 すぐに興味を持ったようです。本を書いて生命保険業界から身を引いたとはいえ、やっぱりやりたかったんだと思う。 」 ( 伊佐 )

 こうしてライフネット生命の前身となる準備会社が立ち上がった。還暦間近になってからの起業。副社長でパートナーの岩瀬とともに様々な困難を解決し開業にこぎつけたのは2008年のことだった。

 「 出口さんは思っていた以上の人材でした。彼を見ていると、60歳を過ぎてレストランチェーンを起業した米国のカーネル・サンダースを思い出します。 」 出口が生保業界に返り咲くきっかけを作った谷屋衛はこう語る。

 開業から3年余り、ライフネット生命は保有契約件数10万件を達成するまでに成長し、つい先日には東京証券取引所への上場も果たした。

 歴史を学び、 「 人生は99%が失敗する 」 と若くして達観しながら、残り1%の成功を信じて生保改革という夢を半生にわたり追い続けた出口。そんな 「 つかみどころのない男 」 に、ようやく時代が微笑んだ。

                                 ( 引用: 日経ビジネス )
 『 生命保険入門 』 出口治明


 『 ハーバードMBA留学記 』 岩瀬大輔


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