“ 弁証法はどのように発展してきたか 古代ギリシャからヘーゲルまで“
“ 原始的で素朴だが正しい世界観 ”
素直にありのままの自然をながめる時、私たちは何を見るでしょうか?
太陽は東から西へと大地を光に投げながら動いていき、空には雲が起こり雨をもたらし、風は木々のこずえをゆるがして葉を大地に落としてやり、鳥がさえずり蝶が飛び、花は開き水は流れ魚は泳ぐ、すべてのものは運動し変化し発生し消滅し、互いにつながり合っているありさまです。
古代の人たちは、世界を、すなおに、ありのままにとらえました。ヘラクレイトス ( Herakleitos 紀元前535-475 ) の “万物は流転する” や、仏教の “生命あるものは必ず死ぬ、形をもつものも必ずその形を失う” などが、古代のひとたちの世界の見方でした。
この種の世界観は、ギリシャ、インド、中国などに生まれましたが、原始的で素朴ではあっても、これは本質的にはまったく正しいものでした。中国には、世界のあらゆる物ごとを陰と陽にわけ、対立物がつねに伴うものとして理解する考えかたが生まれました。
自然科学の発達は、電気に陰陽があること、陰電気と陽電気はたがいに引きあうことを明らかにしましたが、古代の中国では、男性を陽、女性を陰と考え、陰陽は互いに求め合うという説明を与えていました。
この陰陽説は、経験科学である漢方医学にも入り込んで、陽寒論という医書では、病気を大腸病、小陽病、大陰病、少陰病などと分類しています。これらの世界観は直感的に大づかみに全体の一面をとらえただけですから、それだけでは部分のありかたを正しく説明するには不十分です。
ただ、物ごとは発展するのだ、古いものから新しいものがうまれるのだというだけで、そこから古い社会から新しい社会への発展を正しく説明しようとしても、それは不可能です。
もし卵から鳥がうまれるようなものだと解釈するなら、その鳥がまた卵をうむように、新しい社会のあとにはまた古い社会があらわれるだろうという、まちがった結論もうまれてくる可能性があります。
とはいっても、古代の学者が個々の物ごとのありかたを研究しなかったわけでも、そこに弁証法的な性格を発見しなかったわけでもありません。彼らは、弁証法的な考え方をしないとどうなるか、世俗的な例で示しています。
たとえば、 「 頭から毛を一本抜くとハゲになるかどうか。 」 「 山と積んである穀物から一粒取り去ったら山ではなくなるかどうか。 」 という質問に対しては、誰でも 「ハゲではない。」 「山である。」 と答えるでしょう。
そして、「ではもう一本。」 「ではもう一粒。」 という具合にこれがくりかえされると、最後に頭はハゲ、穀物の山もなくなります。ハゲとハゲでないものの区別、穀物の山と山でないものの区別をどこに置くにせよ、 “全く量的な変化と見られるものが質的な変化をもたらす” という事実はすでにギリシャの学者たちの注目するところでした。
ギリシャ哲学が提出した命題として “ゼノンの詭弁(きべん)”があります。運動に関するいくつかの難問です。
(1) 亀が英雄アキレスと競争する。亀は英雄アキレスの100メートル前方にいて、アキレスといっしょに歩きだします。アキレスは亀より10倍速く走ります。すると、アキレスが亀の出発点にたどりついたとき、亀はすでに10メートル先にいます。
そしてこの10メートルをアキレスが走ったとき、亀はさらに1メートル先にいます。したがってアキレスは絶えず亀に接近するが、追い越すことはできません。この問題をとりあげた科学者は、 「何らの数学的な困難を含まず解決できる。」 といい、
111メートル9分の1の地点で追いつくと計算し、 「彼らのわからなかったのは追いつく地点がどこかということである。」 「どうしてこの種のつまらない問題を考えたのか。」 と述べています。
問題は追いつく点を知ることではなくて、追いつくという事実の論理的な解明によってこの結論をくつがえすことです。亀とアキレスとの空間の限界を超えて、アキレスの歩幅が進む瞬間がやってきます。
限界が存在するということの中に、限界を超えることの可能性がふくまれています。この限界を超えたとき、亀とアキレスの位置は反対になります。このことを追い越したと言います。
(2) もうひとつ、詭弁を語る問題があります。
「 物体が空間の一点にあるとき、それは静止しています。ところが飛んでいる矢は常に空間の一点に存在しているのですから、従って飛ぶ矢は静止しています。」
この答は、運動の本質を明らかにするものです。ちょっと奇妙にきこえるかもしれませんが、飛ぶ矢は空間の一点に存在しかつ存在しない、というのが正しい答です。
奇妙にきこえるのは、この答えが矛盾を含んでいるからですが、実は運動自体が矛盾なので、矛盾した答えが出るのが当然なのです。
「 ゼノンの詭弁 」 はこのように、可能性と現実性のつながり、連続と非連続との統一、限界を超えることによって反対物に転化すること、運動は矛盾であることなど、現実の持つきわめて重要な性格を問題にしています。
けれども哲学者たちはここから運動の存在を否定してしまい、現実の運動の分析を進めるには至りませんでした。これらの運動の認識も、科学の発達していなかった時代には研究の方法として真に役立つものとなりえませんでした。
ただ、彼らは二つの相容れない意見がたたかわされることで矛盾が思考において発生することを重要視し、この思考における矛盾をあばきだし、討論することによって真理に到達する思考の技術を 「弁証法」 と呼びました。
そして、弁証法が現実の矛盾を研究する科学となるまでには、なんとそれから2000年にわたる自然科学と哲学の発展が必要だったのです。
(つづく)
↓ 読み終わったら広告をクリックして下さい。
損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険「フェミニーヌ」
(引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』 )





