2014年12月22日

欧米人の思考回路 (18) ヘーゲルの弁証法

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“ 弁証法はどのように発展してきたか 古代ギリシャからヘーゲルまで“

 “ 原始的で素朴だが正しい世界観 ”

 素直にありのままの自然をながめる時、私たちは何を見るでしょうか?

 太陽は東から西へと大地を光に投げながら動いていき、空には雲が起こり雨をもたらし、風は木々のこずえをゆるがして葉を大地に落としてやり、鳥がさえずり蝶が飛び、花は開き水は流れ魚は泳ぐ、すべてのものは運動し変化し発生し消滅し、互いにつながり合っているありさまです。

 古代の人たちは、世界を、すなおに、ありのままにとらえました。ヘラクレイトス ( Herakleitos 紀元前535-475 ) の “万物は流転する” や、仏教の “生命あるものは必ず死ぬ、形をもつものも必ずその形を失う” などが、古代のひとたちの世界の見方でした。

 この種の世界観は、ギリシャ、インド、中国などに生まれましたが、原始的で素朴ではあっても、これは本質的にはまったく正しいものでした。中国には、世界のあらゆる物ごとを陰と陽にわけ、対立物がつねに伴うものとして理解する考えかたが生まれました。

 自然科学の発達は、電気に陰陽があること、陰電気と陽電気はたがいに引きあうことを明らかにしましたが、古代の中国では、男性を陽、女性を陰と考え、陰陽は互いに求め合うという説明を与えていました。

 この陰陽説は、経験科学である漢方医学にも入り込んで、陽寒論という医書では、病気を大腸病、小陽病、大陰病、少陰病などと分類しています。これらの世界観は直感的に大づかみに全体の一面をとらえただけですから、それだけでは部分のありかたを正しく説明するには不十分です。

 ただ、物ごとは発展するのだ、古いものから新しいものがうまれるのだというだけで、そこから古い社会から新しい社会への発展を正しく説明しようとしても、それは不可能です。

 もし卵から鳥がうまれるようなものだと解釈するなら、その鳥がまた卵をうむように、新しい社会のあとにはまた古い社会があらわれるだろうという、まちがった結論もうまれてくる可能性があります。

 とはいっても、古代の学者が個々の物ごとのありかたを研究しなかったわけでも、そこに弁証法的な性格を発見しなかったわけでもありません。彼らは、弁証法的な考え方をしないとどうなるか、世俗的な例で示しています。

 たとえば、 「 頭から毛を一本抜くとハゲになるかどうか。 」 「 山と積んである穀物から一粒取り去ったら山ではなくなるかどうか。 」 という質問に対しては、誰でも 「ハゲではない。」 「山である。」 と答えるでしょう。

 そして、「ではもう一本。」 「ではもう一粒。」 という具合にこれがくりかえされると、最後に頭はハゲ、穀物の山もなくなります。ハゲとハゲでないものの区別、穀物の山と山でないものの区別をどこに置くにせよ、 “全く量的な変化と見られるものが質的な変化をもたらす” という事実はすでにギリシャの学者たちの注目するところでした。

 ギリシャ哲学が提出した命題として “ゼノンの詭弁(きべん)”があります。運動に関するいくつかの難問です。

 (1) 亀が英雄アキレスと競争する。亀は英雄アキレスの100メートル前方にいて、アキレスといっしょに歩きだします。アキレスは亀より10倍速く走ります。すると、アキレスが亀の出発点にたどりついたとき、亀はすでに10メートル先にいます。

 そしてこの10メートルをアキレスが走ったとき、亀はさらに1メートル先にいます。したがってアキレスは絶えず亀に接近するが、追い越すことはできません。この問題をとりあげた科学者は、 「何らの数学的な困難を含まず解決できる。」 といい、

 111メートル9分の1の地点で追いつくと計算し、 「彼らのわからなかったのは追いつく地点がどこかということである。」 「どうしてこの種のつまらない問題を考えたのか。」 と述べています。

 問題は追いつく点を知ることではなくて、追いつくという事実の論理的な解明によってこの結論をくつがえすことです。亀とアキレスとの空間の限界を超えて、アキレスの歩幅が進む瞬間がやってきます。

 限界が存在するということの中に、限界を超えることの可能性がふくまれています。この限界を超えたとき、亀とアキレスの位置は反対になります。このことを追い越したと言います。

(2) もうひとつ、詭弁を語る問題があります。
「 物体が空間の一点にあるとき、それは静止しています。ところが飛んでいる矢は常に空間の一点に存在しているのですから、従って飛ぶ矢は静止しています。」

 この答は、運動の本質を明らかにするものです。ちょっと奇妙にきこえるかもしれませんが、飛ぶ矢は空間の一点に存在しかつ存在しない、というのが正しい答です。

 奇妙にきこえるのは、この答えが矛盾を含んでいるからですが、実は運動自体が矛盾なので、矛盾した答えが出るのが当然なのです。

 「 ゼノンの詭弁 」 はこのように、可能性と現実性のつながり、連続と非連続との統一、限界を超えることによって反対物に転化すること、運動は矛盾であることなど、現実の持つきわめて重要な性格を問題にしています。

 けれども哲学者たちはここから運動の存在を否定してしまい、現実の運動の分析を進めるには至りませんでした。これらの運動の認識も、科学の発達していなかった時代には研究の方法として真に役立つものとなりえませんでした。

 ただ、彼らは二つの相容れない意見がたたかわされることで矛盾が思考において発生することを重要視し、この思考における矛盾をあばきだし、討論することによって真理に到達する思考の技術を 「弁証法」 と呼びました。


 そして、弁証法が現実の矛盾を研究する科学となるまでには、なんとそれから2000年にわたる自然科学と哲学の発展が必要だったのです。

 (つづく)

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 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』 )






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2014年09月07日

欧米人の思考回路 (17) ヘーゲルの弁証法

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“物質的な存在の不当な縮小“

 これらと反対に、物質的な世界のもつある種の相対的な限界を絶対化し、物質的な存在を不当に縮小しても、やはり観念論になります。天文学者は、望遠鏡を使って、何億光年という超遠距離にある星雲を観察し、それらが 「われわれの位置」 から遠ざかっているのをみとめました。

 わたしたちの見た限りでは、宇宙は毎秒何万キロという速度で膨張しているのです。今日までの知識では、百億光年を超えるような寿命のものは存在していません。

 そこで、わたしたちの見たかぎりでの部分的な宇宙のありかたを宇宙全体に拡大し、 「宇宙が、百億年の昔から、膨張しつづけてきたとすると、百億年の昔は、宇宙はただ一点であったことになる。宇宙は、この状態を出発点として、超爆発を始めたのであろう。

 原子も、星も、銀河系も、はたまた、宇宙や時間そのものも、その時に生まれ声を上げたのであろう。」 (堀達夫 「宇宙と光」) という結論を出した科学者があります。

 わたしたちの見た限りの宇宙が宇宙全体だという、前提そのものが問題です。
わたしたちの見た限りの宇宙がたとえ百億年前にはじまったとしても、それは宇宙全体がはじまったことを意味するものではありません。

 この科学者の言うとおりだとするなら、宇宙が生まれ声をあげる以前には時間も空間も物質もない、いわば 「絶対無」 の世界があったという結論を出さないわけにはいきません。

 あらゆるエネルギーは、この 「絶対無」 の世界から想像されたことになります。これはエネルギー法則の否定です。物質ではない世界がまず存在して、そこから物質的な宇宙がうまれたとする宇宙誕生論は、天文学的観念論ともいうべき理論です。

 このように、あらゆる科学の研究において、至るところに観念論へおちこむ穴が口を開いて待っており、方法的な反省を怠るときはそこへおちこみながらそれを自覚できず、ますます深みへはまっていく危険があるということをわたしたちは忘れてはならないのです。

 “世界観の弁証法的な性格”

 こうして、観念論というものの成立をしらべてみると、観念論ははじめから終わりまでナンセンスだ、と考えるのはまちがいだということもわかります。現実についての認識を材料とすることなしには、どんな世界観もあり得ません。

 全体としての理解がまちがっていることは、部分的に正しく認識していることを排除するものではありません。その意味で、すぐれた観念論者の説は、部分的にはやはり多くの学ぶべきものを含んでいるわけです。

 精神のありかたの不当な拡大と、物質のありかたの不当な縮小とは、正反対なコースであり “対立している” にもかかわらず、観念論へのコースであるという点では “同一” です。

 唯物論から観念論という認識の運動も対立の同一であり、すなわち弁証法的性格をもっています。

 自然科学は、自然のありかたをどこまでも自然自体から説明し、その背後に自然の創造者があることなどは認めません。このことは、自然科学が唯物論の立場に立っていることを意味します。

 社会科学も精神科学も 「心霊」 や 「神」 をひきいれる必要を何ら認めないのです。

 弁証法も、化学であろうとする限り、やはり唯物論の立場に立たなければなりません。 弁証法の根源は、物質的な世界時自体が弁証法的な性格を持っていることにあります。

 精神の弁証法的な性格は物質的な世界の反映として生み出されたものであり、さらに意識された反映として法則として抽出されたものが弁証法と呼ばれる科学です。 

(つづく)

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 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』 )





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2014年08月31日

欧米人の思考回路 (16) ヘーゲルの弁証法

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 “外国人の頭の中身を分析しろ! 外人上司に負けるな!”


 マキャベリの次は、ヘーゲルの弁証法から、欧米人の思考回路がどうなっているかをお伝えしていきます。農耕民族の日本人と、欧米人の思考回路は、まるで違います。

“マッキンゼーの知恵” シリーズでも盛んに出てきますが、弁証法とは、問題解決の思考的道具 (ロジカル・シンキング) の源にもなります。 

 とくに外資系で働く人や、海外取引をする日本企業の人は知っておくと便利でしょう。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 
 
 精神こそが根本的な永遠的な存在であって、物質とよばれるものはその産物であるとする世界観を、哲学では “観念論” といいます。観念論と宗教とは、何らかのかたちで世界の創造を主張し、自然の背後に超自然的な自然の創造者を認める点で、本質的に一致しています。

 これに対して、世界は永遠の昔から存在したものであり、人間のいない時代にも世界は存在したのであり、つねに物質的に統一されていたとするならば、物質こそ根本的な永遠的な存在であって、精神とよばれるものは生物の発生以後においてはじめてあらわれた存在であり、物質の一定のありかたにおいてうみだされたものであるとする世界観が成立します。

 精神は生きた人間の脳髄のもつ機能であって、脳髄をはなれ人間をはなれて空間にただよっている 「心霊」 などというものは認めません。この世界観を、哲学では “唯物論” と呼んでいます。

 学者によっては、唯物論も観念論も正しくないといい、どちらかが永遠なのではなく物質も精神も共に永遠であると主張して、いわゆる二元論をとなえる者もありますが、これは人間にしか存在しない精神を人間以外の世界にもちだしたという意味で、観念論の一つの変種と見ることができます。

 また、物自体は創造されないがその性質や法則的な関係は精神の創造であると主張する者もありますが、世界の部分的な創造を肯定するのですから、やはり観念論のひとつの変種にほかなりません。

 唯物論と観念論とは、このような対立した二つの世界観の名称であって、それ以外のものではありません。

 言葉の上から唯物論を物質主義や物欲主義と思ったり、観念論を理想主義や精神主義のように考えるのはまちがっています。また、この二つの世界観の区別も、ほかの物ごとと同じように相対的であって、固定した絶対的な境界線はありません。

 すなわち唯物論は観念論に、観念論は唯物論に、互いに移行しあうものです。

 “精神的な存在の不当な拡大”

 唯物論は世界全体として精神に対する物質の先行を主張しますが、同時に部分的には物質的な存在に対して精神的な存在が先行することも認めるのです。

 人間は仕事をはじめるときに目的を持ち、計画を立てます。建物をつくるときには、頭の中で設計図を描き、完成したときのありあさまを想像します。ホテルやシアターの建設現場で、完工予定図の看板が立てられ、完成したときのありさまを描いたイメージがPRされているのを目にします。

 現実の建物より先に、精神的な建物がつくられて、これが現実の世界にうつしかえられるのですから、その意味では物質的な存在よりも精神的な存在が先行しているわけです。

 さらにすすんで、その想像がどうして生まれたかを考えてみるならば、それは現実に存在している建築のありかたを素材にしてそこから想像したものですし、また想像を現実の世界にうつしかえるにしても、その現実の建物に使われる材料は現実の世界に物質的なものとして存在していたのです。

 想像そのものが頭の中から抜け出して、物質的な存在に変わったわけではありません。ホテルやシアターの持っているかたちが人間の頭の中の設計図や想像から出発したという、物質的な存在と精神的な存在との関係を、人間の創造物以外へ拡大したらどうなるでしょうか。

  空に浮かぶ雲のかたちも、美しい山のかたちも、風にそよぐ木々のかたちも、鳥やけものや人間のかたちも、すべて何者かの頭の中の設計図や想像から生まれたことになります。

 自然の背後に存在している何者かの精神こそ、これらの創造の根源だということになります。これまでの唯物論はたちまち観念論に移行してしまいます。

 誌は文学の一つの種類で、人間精神の表現です。言葉の背後には、作者の思想が先行しています。これは唯物論の考えかたです。けれども、詩を愛する人たちが、自然の風景をながめ、小鳥のさえずりを耳にし、その美しさに感動し、

 「なんという素晴らしさだ! これは自然の誌だ! 」 と思うとき、自然の背後に作者とその作者の精神の存在を暗黙のうちにみとめたことになり、知らず知らずのうちに観念論におちこんだものといわなければなりません。  
 (つづく)

 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』 )





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2014年04月05日

欧米人の思考回路 (15) ヘーゲルの弁証法

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 “外国人の頭の中身を分析しろ! 外人上司に負けるな!”

 マキャベリの次は、ヘーゲルの弁証法から、欧米人の思考回路がどうなっているかをお伝えしていきます。農耕民族の日本人と、欧米人の思考回路は、まるで違います。

“マッキンゼーの知恵” シリーズでも盛んに出てきますが、弁証法とは、問題解決の思考的道具 (ロジカル・シンキング) の源にもなります。 

 とくに外資系で働く人や、海外取引をする日本企業の人は知っておくと便利でしょう。

 “負けるが勝ち、勝ちが負け”
 
あらゆる物ごとが弁証法的な性格をもつ以上、わたしたちの日常生活がうみだした生活の指針にもやはり弁証法的な把握がふくまれていることになります。人々がつくりだしたことわざや金言のあるものには
弁証法がハッキリと浮き彫りにされていて、弁証法の権威といわれる人たちの考えかたにそのままつながっています。

常識からいえば、勝利と敗北はまったく別のものですが、この区別は一時的・相対的なもので、敗北は勝利にもなり勝利も敗北となると考えるならば、それはあきらかに弁証法的な理解のしかたといえましょう。

「負けるが勝ち」 (日本のことわざ)
「すぐれた全戦役計画が立たなければ、真にすぐれた初戦もありえない。すなわち、初戦で勝利したとしても、もしその戦闘が全戦役に有利になくなって害があるとき、その初戦は勝っても勝ったことにならないので、敗けたことになる。」 (毛沢東 「中国革命戦争の戦略問題」)

「ダルタニヤンは一本面をとられた、という気がしていたが、一本取られていたために、かえって真相を発見できそうに感じていたのだ。そうだとすれば、この古い銃士隊長にとっては、あとで外見的な敗北から勝利の獲物を得られさえすれば、うわべで負けたように見えても、大して問題ではなかった。」
(アレクサンドル・デューマ 「ブラジュロンヌ子爵」)

日本人もフランス人も中国人も、同じように考えているわけです。弁証法は、何ら神秘的なものでもなく、また理解しにくいものでもありません。弁証法の教科書を読んでわかりにくいものだと思い込むのも、またこんなことは常識でわかりきったことだと軽く見るのも、共にまちがっています。

どんな科学もそうであるように、弁証法にも低い段階と高い段階があります。ことわざの中から弁証法を取り出して生活に応用することは容易でも、高度に発展した個別科学の真髄を正しく取り出し、未発展の科学を革命する武器として役立てることは困難です。

そして、低い段階での正しい理解と正しい訓練が、高い段階のための準備として必要なことを考えれば、弁証法の普及のために、人々の考え方の中から弁証法をひきだし、生活の指針であることわざの中の弁証法を指摘して、弁証法の有効性を自覚させる仕事がきわめて重要なことも理解できるでしょう。

“唯物論と観念論は互いに移行しあう − 二つの世界観の対立”

わたしたちが日常ぶつかっている世界は、限りなくさまざまの性質をもつ物ごとによって満ちています。世界はわたしたちが見たり聞いたりしているより、もっと豊かで多種多様であることを、科学がおしえています。

あの黒いドロドロしたコールタールから、目もさめるいろいろな色素が得られ、目に見えない原子から天地をゆるがす原子爆弾の巨大なエネルギーがとりだされます。

けれども、世界全体はこれらの部分から離れてあるのではなく、部分そのものは全体の一部なのですから、全体と部分は区別しなければならないと同時に、共通点をもっていることが予想されます。

そこで、部分の持っているさまざまの特殊な性質を次々と考えから除いていくと、最後にその存在についての問題に行きつきます。

世界のすべてはそれが「ある」 という点で共通しています。このことは誰も否定しないでしょう。しかしそれが、永遠の過去から永遠の未来にわたって存在するものか、それとも何らかのかたちで創造されたものか、については意見がわかれる可能性があります。

ここから、対立した二つの世界観が生まれてきます。世界観のちがいは、弁証法についての理解にも影響を及ばさずにはいません。
もし世界の創造を認めるならば、何億年の昔にただ一度創造されたと考えるにしても、現に毎日毎時創造されつつあると考えるにしても、 「その創造者は何者か?」 という問題に答えを与えなければならなくなります。

 誰も、自分の経験そのものは否定しません。自分の眼で見、自分の手でさわったもの、望遠鏡で示されたガイガー計数管で数えられたもの、それらが現実に存在していることは否定しません。それらを 「物質的」 だというのならば、世界が 「物質的」 だということを否定する者はないでしょう。

したがって、もし世界の創造者を認めるならば、それは当然にこの 「物質的」 なものをうみだす存在でなければならなくなります。その創造者も 「物質的」 というのならば、それはやはり世界の一部であって世界そのものの創造者はないのではないか、という反駁が出てきますから、どうしても 「物質的」 でない存在であることを必要とします。

 ところで、私たちが知っている存在の中で、「物質的」 でない存在といえば、 「精神的」 な存在以外にはありえません。そこで人間自身の精神によって、あるいは人間の外部にある何らかの 「精神的」 な存在 (たとえば心霊) のはたらきによって、この 「物質的」 な世界が創造されたのだ、とする主張が出てきます。このような 「精神的」 な存在を神と呼んで、神が世界を創造した、と主張するなら、それはいうまでもなく宗教です。

 (つづく)

 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』 )






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2014年02月02日

欧米人の思考回路 (14) ヘーゲルの弁証法

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 “外国人の頭の中身を分析しろ! 外人上司に負けるな!”

 マキャベリの次は、ヘーゲルの弁証法から、欧米人の思考回路がどうなっているかをお伝えしていきます。農耕民族の日本人と、欧米人の思考回路は、まるで違います。

“マッキンゼーの知恵” シリーズでも盛んに出てきますが、弁証法とは、問題解決の思考的道具 (ロジカル・シンキング) の源にもなります。 

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 “すべてが弁証法的な性格を持つ”

 物ごとの区別が一時的・相対的であるということは、自然・社会・精神をつらぬく普遍的な法則性のひとつであって、その認識はあらゆる問題の解決の指針として役立つということを前回、説明しました。

 こう説明すると非常に簡単ですが、実際に自然・社会・精神をつらぬく普遍的な法則性が正しくとらえられ体系づけられて、世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則についての科学があらわれるまでは、多くの曲がりくねった過程がみられます。

 (連関: 多くの経験内容が一定の関係に従って結合し,一つの全体を構成すること。)

  この科学を弁証法と呼んでいますが、こうした奇妙な名前にもその数奇な歴史のあとをうかがうことができます。現在では、自然・社会・精神をつらぬく普遍的な法則性があることがもはや否定できなくなりました。

 科学の対象となる自然・社会・精神も、科学そのものも、すべて弁証法的な法則性をもつことがあきらかになりました。人間は、力学を知らない以前から力学的に運動し、日本語であることを自覚しなくても日本語を語っています。

 同じように、 “人間は、弁証法が何であるかを知らなくても認識自体は弁証法的な性格を持っており、弁証法を自覚しなくても弁証法的な考え方をしている” のです。

 科学の発展は、人間に弁証法を自覚させるようになり、物ごとを正しく認識するために、対象の弁証法的な性格に相応して自分の認識に意識的に弁証法的な性格を持たせるようになります。

 すなわち、個々のバラバラな認識の結果を弁証法の助けをかりて総括し、連関づけ、またすでに知られている対象の一面とまだ知られていない他面との間に弁証法的な関係のあるであろうことを予想して、これを道しるべとして未知の世界へふみこんでいくのです。

 これが弁証法の適用です。

 弁証法的な性格は、世界という建物のいわば骨組みにあたっています。単純な建物には単純な骨組みがあり、複雑な物ごとには複雑な弁証法的性格が存在しています。

単純な建物の単純な骨組みは知っているが、複雑な建物を分解して複雑な骨組みを理解した経験のない人では、新しくぶつかった複雑な建物の全体の骨組みを正しく見ぬくことはできません。 

 同じことが弁証法の研究についてもあてはまります。単純な物ごとから単純な弁証法的性格をとらえた経験だけでは、複雑な物ごとの研究の指針としては不十分なのです。

  弁証法はひと言でいえば 「対立の統一に関する学問」 であり、 「物ごとの本質そのものにおける矛盾の研究」 を中心におくのですが、あらゆる物ごとが対立の統一という性格をもっているとわかっただけでは一面的であり、至るところに矛盾があると知っただけでも一面的であって、建物にはすべてタテとヨコの骨組みがあると考えるのと同じことです。

 建物の部分によって骨組みのかたちがちがい、組み合わせに特徴があるように、物ごとの部分によって対立の統一のありかたがちがい、異なった矛盾の組み合わせが見られます。これが正しくとらえられない限り、弁証法の知識はほんとうに有効性を発揮したとはいえないのです。

 自然科学が自然を個々の部分に分解して研究し、あるいは熱について、あるいは圧力に就いて研究することは重要ですが、しかしこのことは現実の熱と圧力が無関係であることを意味しません。

富士山の頂上で飯をたくと、普通の釜では沸騰点が低いためにうまくいきません。これは気圧が低いためです。逆に、高圧釜をつくって、内部の気圧を高くしてやると、普通の釜では得られない温度にまで上げることができます。

 弁証法を矛盾とか、対立の統一とか、否定の否定とか、個々の法則について考えることは重要ですが、しかしこのことは現実の法則的な性格が互いにつながり合っているように、 “弁証法が扱う法則的な性格も互いにつながり合っており”、自然の法則的な性格のつながりを発見するのが自然科学の発展であるように、弁証法で扱う法則的な性格のつながりを発見して単純なものから複雑なものへと進むのは弁証法の発展です。

  したがって経済学や物理学のような個別的な科学に革命的な発展が起こることは、これまでに見られなかった複雑な建物が出現したのと似ていて、その中に複雑な骨組みのあることを想像させ、そこから弁証法を発展させる可能性を考えることができます。

  そしてこの弁証法の適用が、さらにほかの個別的な科学の革命的な発展をもたらし得ることは、ある建物の骨組みに試みられた新しい工夫が、それ以前の建物を構築するにあたってより優れたものへの改良を可能にするのと似ています。

 ここから、自然科学であれ社会科学であれ、科学の発展の最も高い段階で仕事をしている科学者や政治家であってはじめて弁証法を発展させることができるのだということ、哲学の本だけを読んでいるいわゆる哲学者には弁証法を発展させる仕事は不可能だということが、分かります。

 (つづく)

 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』






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2013年11月26日

欧米人の思考回路 (13) ヘーゲルの弁証法

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 【 写真: 米金融界の王様、ジェミー・ダイモン、JPモルガン・チェース CEO 】

 “外国人の頭の中身を分析しろ! 外人上司に負けるな!”

 マキャベリの次は、ヘーゲルの弁証法から、欧米人の思考回路がどうなっているかをお伝えしていきますね。農耕民族の日本人と、欧米人の思考回路は、まるで違います。

“マッキンゼーの知恵” シリーズでも盛んに出てきますが、弁証法とは、問題解決の思考的道具 (ロジカル・シンキング) の源にもなります。 

 とくに外資系で働く人や、海外取引をする日本企業の人は知っておくと便利でしょう。

 西洋哲学科の学生さんでも難しいという弁証法を、平易な言葉で説明します。

 “物事の区別は相対的である”

 昔の時代は、元素としての区別は永久的・絶対的なものだと考えていました。ところがラジウムの発見は一つの元素が他の元素に変わっていくことを占めいて、物質間の革命をもたらしたのでした。

 ウラニウムは自然に崩壊して低位の元素に変わっていくこと、ラジウムやポロニウムはその過程の中の一つのありかたであることがわかりました。

 この研究がすすんで、更には元素の人工的な変換が可能になり、放射性物質を人工でつくることも可能になり、ついに原子力の利用に成功したのでした。

 いろいろなものを高いところから落としてみます。石を落とすと非常な速さで落ちていきますが、木の葉や紙片はゆっくりと落ちていきます。この速さのちがいが空気の抵抗のちがいによるものであることは、真空の中で落とすと同じ速さで落ちることからわかります。

 見たところはちがっても、両者は基本的には同じ関係に置かれているのです。鳥や飛行機は石や木の葉と反対に地上から空中へ飛び立っていきますが、見たところちがってもやはり重力の支配を受けている点では同一です。

 電気を光に変える装置といい、機械的な運動のありかたといい、それらをしらべてみると、 “一定の領域で起こるいろいろな現象はそれをつらぬく基本的な、普遍的な、必然的な関係の上に立っていることがあきらかになります。”

 この関係を認識の中にすくいあげたものを “法則” とよんでいます。さらに、一つの領域のもつ法則的な性質とほかの領域のもつ法則的な性格とのつながりをしらべてみると、それらをつらぬくより普遍的な法則性をとらえることができます。

 こうして結局エネルギーの法則のような自然全体をつらぬく法則性の認識の到達することができるでしょう。

 社会と自然は別の存在ですが、社会の法則的な性質は自然のそれと異なっているとはいえまったく相いれないものとは考えられません。社会的な区別も自然のそれと同じよう “一時的・相対的” であることは、歴史が証明しています。

 昔は、国王、国民という区別を絶対的なものと考え、天地が永遠なように王もまた永遠に存在すると信じていた人がいましたが、現実の社会は各国の君主制度を次々に消滅させて、それが社会発展の一つの段階にみられる一時的なものにすぎないことを示しました。

 いまでは、資本家と労働者の区別、資本主義的な生産様式が永遠に存在するかのように思っている人もすくなくありませんが、社会主義社会の発生と消滅は、この区別この様式がこれまた一時的なものだということを教えつつあります。

 精神の分野はどうでしょうか?

 真理と誤謬(ごびゅう;あやまち)、善と悪などの区別は絶対的でしょうか?

 自動車は自転車に比べてすぐれているという見方は正しいのかもしれませんが、それは道路が自動車を走らせるのにふさわしいという条件下の真理であって、せまい路地や山の細道の場合にも自動車がすぐれているわけではありません。

 自動車に乗ればあるくより早くいける、というのもある一定の条件下の話であって、繁華街や、渋滞中の道路では、かえってあるいた方が早い場合もあります。

 真理と誤謬(ごびゅう)との区別が一時的・相対的であることは否定できません。

「 わたしたちはいま不徳といったが、それはあなたがたの言葉を使っているからで、私どもがもし自分の言葉をはっきりさせる段になれば、あるいは私が徳といっているものをあなた方が不徳といい、わたしが不徳といっているものを徳といわないとも限りませんよ。」
 ( ディドロ 『ラモーの甥』 ) 

 賃上げや労働条件改善の要求は働く者にとって善ですが、資本家側からみれば悪でしょう。革命家は支配を受ける市民からみれば善人ですが、支配者からみれば悪人でしょう。

 善と悪との区別もまた、 “一時的・相対的” なものです。このように見てくると、物事の区別が一時的・相対的であるということは自然・社会・精神をつらぬく普遍的な法則性の一つであり、その認識はあらゆる問題の解決にあたって指針として役立つことがわかります。

 ビジネスマンを長くやっていると、リストラ、左遷、窓際族、配置異動と、人生の不条理に何度も出くわします。そこで挫折する人もいますが、ふたたび栄光の座につく人もいます。

 ここで、弁証法を知っているかどうかは、私たちの人生を良く生きるうえでとても重要だと思います。 “いまある現状は一時的なもの。” “相対的にみればまだましな方” 
と、自分を客観視して、転んでも立ち上がれば良いのです。

 “メンタル・タフネス (精神的な打たれ強さ)” は、欧米人が日本人より秀でたひとつの美徳で、そのルーツは弁証法に見ることができます。

 アメリカの大手金融機関、JPモルガン・チェースのCEO,ジェミー・ダイモンは、今やだれもが認める “米金融界の王様” ですが、下記のYou Tubeを見て下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=9T9Kp4NE5l4

 ハンサムな容貌、やさしい目で聴衆に語りかける彼の英語はとても分かり易く、英語のレッスンとしてもうってつけです。

 2009年にハーバード・ビジネススクールの学生向けに行ったスピーチですが、冒頭の自己紹介の中でこう語っています。

 「私は10年前、(米大手銀行の)シティグループをクビにされました。」

 ジェミー・ダイモンはハーバード・ビジネス・スクールの卒業生で、優秀な成績をおさめ、アメリカ人学生ならだれもが憧れる米国投資銀行の3社 ( モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券、リーマン・ブラザーズ証券 ) から内定をもらいましたが、それを断って、当時は小型金融ベンチャーだったサンディ・ワイル(ユダヤ人)の下にはせ参じます。

 こんな良い就職先を3つも断るなんて、それこそ狂気の沙汰に見えますが、それでも米国で最も優秀な学生は、大企業ではなくベンチャー企業を志向するというのは米国経済の美徳です。可能性とドリームに満ちた国なのです。

 米国経済の強さがこのへんによく出ています。 “寄らば大樹式” の保守王国・日本とは違います。中小企業を全く差別しません。

 その後、ジェミー・ダイモンは米金融界の大物、サンディ・ワイルとともに、ゼロからトラベラーズ・シティグループをM&A (企業の合併・買収) で作り上げます。

 ところが、社内の内輪もめで、パーティーの席でのアクシデントが元で、ジェミー・ダイモンは永年仕えてきた親分、サンディ・ワイルからクビにされ、年収数十億円をふいにし、文字通り、失業者になります。

 その数年後、米金融界で銀行CEOの職を得て、現在では見事、JPモルガン・チェースのCEOを務めているのです。彼の人生は、映画を見ているよりも面白いです。

 皆さんがたとえどこかで挫折したとしても、 “いまある現状は一時的なもの” 
いつか私は復活する、と心の底から信じることができれば、必ず成功するでしょう。

 その時点で、もうあなたの “メンタル・タフネス(精神的な打たれ強さ)” は他の人とは違うからです。

 (つづく) 

 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』






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2013年11月18日

欧米人の思考回路 (12) ヘーゲルの弁証法

“外国人の頭の中身を分析しろ! 外人上司に負けるな!”

 さて、マキャベリの次は、西洋哲学で最も難解だといわれるヘーゲルの弁証法から、欧米人の思考回路がどうなっているかをお伝えしていきますね。農耕民族の日本人と、欧米人の思考回路は、まるで違います。

“マッキンゼーの知恵” シリーズでも盛んに出てきますが、弁証法とは、問題解決の思考的道具 (ロジカル・シンキング) の源にもなります。 

 とくに外資系で働く人や、海外取引をする日本企業の人は知っておくと便利でしょう。

 哲学科の学生さんでも難しいという弁証法を、大阪・心斎橋のデパートで千円の下着を無理やり500円に値切り倒そうとするオバヤンですら理解できるような、平易な言葉で説明します。

“世界は弁証法的な性格を持っている”

 1.  物ごとの区別は相対的である。

 人は、自然科学だけを発達させているわけではありません。人間生活を解明するための、社会科学や精神科学の発展にも努力しています。

 科学者は、私たちの生活を豊かにする、かずかずの道具や装置をつくりだしましたが、弁証法のロジックは、科学の世界からも学ぶことができます。そこで、まずは照明装置を例にとって説明します。

@  電気は光に変わるばかりではなく熱にも変わるので、多くの熱が伴うと能率の悪い光源になってしまいます。白熱電球が多くの熱を伴うのに対し蛍光灯はほとんど熱を伴わず、熱になる部分の電力消費を節約できること、日光に近い光が得られることが大きな長所でしょう。

 これらはいろいろな差があっても、電気から光を得るという点で、電気的エネルギーが、光に変化するという点で、いずれも同じ原理の上に立っており、根本的な違いはありません。

A 次に、これと反対のコースを取っているもの、光から電気をとるものを例に取りましょう。スピーカーの発声装置を調べると、先頭の部分に、光の変化を電流の変化に変える装置があります。

この装置の心臓は光電管とよばれる陽極と陰極を持った小さな管球で、光が当たると陰極から陽極に電子が流れます。   
  

B 日常わたしたちが使う電気は、配電線から、又は電池から取っています。自転車や自動車のライト、カメラのストロボなどは電池で点火しています。電池には乾電池と蓄電池がありますが、化学的なエネルギーを電気のかたちでとりだすことに変わりはありません。
 

 乾電池は一度とりだせばそれでおしまいですが、蓄電池は配電線から電気を受け取りそれを化学的なエネルギーに変えて補充できるところが違うだけです。

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

ではこの配電線の電気はどうして生まれたかといえば、水力発電所では水の力で水車をまわし発電機を動かして機械的なエネルギーを電気的なエネルギーに変え、火力発電所では石炭をたき、原子力発電所では原子核の反応によって熱を得て、蒸気機関を働かせ発電機を動かしています。

 このように見ていくと、電気、熱、光、化学的エネルギー、機械的エネルギーはそれぞれ移行しあうものであって、電気はエネルギーの一つのあり方だということになります。

 電気をつくりだすとか電気を役立てるとかいうことは、エネルギーのありかたを電気でないものから電気へ、あるいは電気から電気でないものへ変えることにほかなりません。

水は水蒸気にもなれば氷にもなります。雪や霜になることもありますが、H2Oであることに変わりはありません。これらの事実をつなぎあわせると、

 “物ごとの区別はすべて一時的なもの・相対的なもので、絶対的なものではなく、ある条件の下では互いに移行しあう” という真実がわかります。

 これはなにも、科学の世界だけでなく、仕事の上でも、人間関係の上でも応用できます。そして、欧米人は、この真理を実によく、日常生活で応用しています。

 先週、広島県で女子中学生がいじめを苦にして自殺をするという痛ましい事件がありました。日本ではいじめが後をたたず、大津での中学生いじめ自殺事件をきっかけに、加害者に刑事罰を処するという新しい制度が生まれつつあります。

 これほどまでに追い込まれてしまう前に、いじめの被害者の子供は、弁証法の原理を知っていたら、どれだけ助かっただろうかと思います。

人がいじめる、いじめられるの区別は、一時的なもので、絶対的なものではありません。いずれその学校を卒業すれば、人間関係はなくなりますし、勇気をふりしぼって親や学校の先生、もしくは親しい近所のおじさんに相談するという手もあります。

いざとなれば、学校に行かずに自宅に引きこもって勉強したとしても、現代には大検制度というシステムがあり、ヤル気さえあれば大学を受験することができます。

大事なのは、今の状況が “絶対的なもの・逃れられないもの”と思わず、立場を変えて考えたり、時系列を追って考えれば、解決の糸口はどこかしら見えてくるものです

今いる自分を、すこし距離をおいて客観的に眺めてみれば、いじめの問題というのは局所的に起こった一時的なもので、友達を変えたり、学校を卒業したり、不登校を選んで学校にいかなければ、問題の根源から離れられるということが分かると思います。

 (つづく) 

 (引用: 『弁証法はどういう科学か』 『Harvard Business Review 弁証法思考−超ロジカルシンキング』 『ヘーゲル―生きてゆく力としての弁証法 (シリーズ・哲学のエッセンス) 』





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2013年11月08日

欧米人の思考回路 (11) 

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

 ”自分の価値に見合う待遇を獲得する。”

 現代にあっても、わたしたちが見聞きしたところでは、大事業はすべて、けちとみられる人物の手によってしか成し遂げられていない。ほかの連中はみな滅んでいる。

 たとえば、教皇ユリウス二世は、鷹揚な人物との評判を利用して、教皇位にのぼった。だが、のちには、戦争をやるために、評判の落ちることなど少しも気にしなかった。また、現在のフランス国王 (ルイ12世) は、国民に異常な税金をかけずに、数次にわたる大戦をなしとげてきた。

 これはひとえに長期におよぶ節約が、ぼう大な支出をまかなったためである。現スペイン国王(フェルナンド5世) にしても、もし彼が鷹揚だとの評判をとっていたら、とてもあのような大事業に取り組み、勝利を収めてはいなかったろう。

 ゆえに、君主はけちだという世評など意に介すべきではない。それは、領民の物を奪ったりしないためにも、自己防衛のためにも、貧乏になって見くびられないためにも、仕方なく強欲に走らないためにも、そうすべきなのだ。

 これは、彼が支配者の地位にとどまるうえでの、一つの悪徳なのだ。

 さて、もしだれかが訊ねて(たずねて)、カエサルはあの寛容な心で、ローマ帝国の帝位についたのではないか。さらに、ほかの多くの人物が気前がよかったり、そう見られたことで、きわめて高い地位にのぼったのではないか、と言うのであれば、わたしの答えはこうである。

 君主が金をつかうにしても、自分の金や領民の物を使うときと、あかの他人の物を使うときとがある。最初の場合であれば、出し惜しみすべきだ。だが、後の場合であれば、大盤ふるまいをする機会を、すこしも逃してはならない、と。

 たとえば、君主が軍隊を率いて進撃し、戦利品を得て、略奪や徴発をほしいままにし、他人の物を勝手に処分するとすれば、そのときは、寛大であってもかまわない。さもないと、兵士はあとからついてこない。

 つまり、あなたやあなたの領民の持ち物でもなければ、キュロスやカエサルや、アレクサンドロス大王がやったように、どしどし気前よくふるまったらいい。他人の物を乱費しても、それはあなたの評判を落とすどころか、いちだんと高める。

 これにひきかえ、あなた自身の財産を浪費すれば、しょせん、あなたに被害がおよぶ。いずれにしても、気前の良さぐらい、あなた自身をむしばむものはない。気前の良さを売り物にしているうちに、いつしかあなたは自由に使える財力を無くしてしまう。

 で、貧乏になって、人にさげすまれるか、貧困から逃れようとして、強欲になって、人の恨みを買うのが落ちである。とりわけ、君主が厳に戒めなければならないのは、人にさげすまれることと、恨みを買うことだ。

 そして、気前のよさは、このどちらかにあなたを追いやる。となれば、鷹揚だとの評判を得ようとして、必然的に、強欲者の名前をもらい、悪評どころか恨みを買うぐらいなら、悪評だけもらって恨みを買わない、けちに徹したほうが、はるかに賢明だろう。

 ( 引用: 『新訳 君主論』  ニッコロ・マキャベリ ) 


 ”自分の価値に見合う待遇を獲得する。”

 「 死んだ者は何も知らない。彼らにはもはや何の報いもなく、彼らの呼び名も忘れられる。彼らの愛も憎しみも、ねたみもすでに消え失せた。日の下で行われるすべてのことにおいて、もはや彼らが受ける分は永遠にない。」 

 − 伝道の書

 「 きみは残りをすべて食うつもりかね? 」
 − 氏名不詳のエグゼクティブ、1999年のセールス会議の席で

 自らのストレスと長時間にわたる仕事、日々の不愉快さを解消するために、毎日自分にたっぷりと見返りを与えないのでは、けちな君主としか言いようがない。

 あるとき、ニューヨークからロサンゼルスまでエコノミーで飛ぶと言い張った会長がいた。ゲートでロンにそう言われたこっちは、どうすれば評価を下げられずにこの苦境を脱することができるか考えをめぐらせながら、胃がひっくりかえりそうだった。

 機内に入ったあと、さっと左手のファーストクラスへ進んだあわれな低脳め。わざとうしろをのろのろ進む論がファーストクラスを利用する者を確認しつつ、得体の知れない脂っぽい肉や4ドルのヘッドフォンが供される右手のエコノミー席へと入っていくのに気づきもしなかったうすのろに禍い (わざわい) あれ!

 まったく、ロンにはどれほどの憎しみを覚えたことか。

 こういう人物には愛情も忠誠心のかけらほども起こらない。感じるのは恐れだけだ。彼はわずかな贅沢にもそっぽを向くというだけでなく、万事に厳格なのだろう。だが、それがどうしたというのだ。

 あなたはどうか知らないが、わたしはどこか遠い街でそぼ降る雨に濡れながら、タクシーを止めようと腕をふりまわす身で終わろうと思って、取るに足らない原形質から出発して営々と15年以上も働いてきたわけではない。

 いいかね。わたしは価値を生み出している。誰かがいかんと言うまでは、高級ハイヤーを使うつもりだ。マキャベリだって、もちろんそうしただろう。少なくとも、つぎの刑の執行までのあいだは高級車を乗りまわす資格をもっている人間に同行したはずだ。

 真の大物ならみんな、人生の楽しみへの旺盛な食欲を是認する。1997年、Time誌はミラマックスのボス、ハーヴェイ・ウェインステインについて、

 「ウェインステインのシャツにこぼれ落ちたパンくずだけで、4人家族が1か月、飢えをしのげると言われたものだ。」 と書いた。

 成功というものに対するウェインステインの華々しい意識は、宝石や踊るニンフーや円形劇場といったきらびやかな古代ローマにまで、いやそれよりももっと昔、おれには隣の洞窟のやつらよりずっと上等の毛皮がふさわしいのだ、と考えた原始人にまでさかのぼる、由緒正しい伝統にのとっているのである。

 最近では世の中が開けたので、中級の君主たちでも王侯や法王なみの暮らしを享受している。

 ● フロリダ州サニペル・アイランドからカリフォルニア州パーム・デザートまで絶好の場所に保養所がつくられている。部屋は大きくて涼しい。ゴルフは無料。際限ないほどの料理が並ぶ。酒は当然。
あなたも会社に 「リゾート地でのセミナー」 を開催させて、自分を招待客に入れればよろしい。これを戦略的プランニングと呼ぶ。いいかね、きみたち、これが人生というものだ。

 ● ストック・オプションはいまや組織のすみずみにまで浸透し、ちょっとした棚ぼた利益で新車やテレビ、ステレオ、欲しければキャンピングカーまで手に入るというご時世になっている。

 ● 昔なら高級ハイヤーやリムジンなど最高幹部しか使えなかったが、いまではおおぜいが利用している。2,3度使ってみるといい。誰もが文句を言わなければ、あなたも大物の仲間入りだ!

 ● ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、その他のエリート都市のレストランの料金はいまや天井知らずで、100ドルのランチの伝票をまわしても、誰もとがめだてしない。リゾットにトリュフを散らしてもらってはどうだろう!

 ● 大都市の豪華マンションが1千万ドルから1千500万ドル。1戸、買ったやつを知っているが、快適だそうだ。

 これほど派手な贅沢三昧は、と感じるなら、あなたはつきあうべき連中とつきあってはいない。おもしろいことに最高級料理、快適な移動手段、ピスタチオ食べ放題のミニバーなどは、その他おおぜいに課される厳しい経費削減とは必ずしも矛盾しない。

 ここで再び、IBMの財務立て直しに辣腕をふるった尊大なる大物、ルイス・ガースナーの登場である。ミスター・ガースナーは高級葉巻と上等のウォッカが大好きで、自分専用に彼自身の古巣であるRJRナビスコから世界でも指折りのシェフを、年棒8万7,500ドルに契約金3万ドルをプラスして引き抜いたという。

 これが、水ぶくれしたIBMで余剰人員を厳しく査定した後の話だ。

 そんなものが必要な者のために記しておけば、この一見、筋が通らないかにみえる行動の裏にある思考プロセスはつぎのように進行する。

  ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
 
  やりたい放題の合理化

   わたしは、この会社のために大金を節約してやった

  → この仕事は非常に厳しく、エネルギーが要る。
  → 節約した額は何百、何千万ドルにもおよぶ
  → わたしが使う (あるいはもらう) 額などは、それにくらべればスズメの涙である。
  → 昨晩も、真夜中近くまでオフィスにいた。
  → おれは専用のシェフが欲しいんだ。文句があるか?

  この主張に誰が反論できるだろうか? マキャベリなら、もちろん反論しない!


 ( 引用:  『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』  ) 



( 『 成毛眞の超訳 君主論 』 )
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2013年11月04日

欧米人の思考回路  (10)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 今日は、欧米人が社員を ”クビ” にする話が出てきます。雇用の安定した日本企業と違い、英米系企業は従業員を 「四半期利益が減少したから正社員を5%クビにする」 「外人上司とウマが合わないから、クビにする」 といった、すごく安直な理由で、社員を解雇します。

 日本の労働法は ”Pro-Employee” (従業員の権利を守るための法律) であるのに対し、英米の労働法では "Pro-Employer" (経営陣の権利を守るための法律) が整備されており、従業員のために会社を経営する日本とちがい、株主の利益を最大化するために、従業員を道具として使うのが外資系企業の特徴です。

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ 

現代では、教皇アレクサンデル6世の治下にフェルモのオリヴェロットという人物がいる。彼は幼少にして父をなくし、母方の叔父ジョヴァンニ・フォリアーニに引き取られ、養育された。青年期の早い時期に、ヴィッテッリ家のパウロのもとで兵士となった。

いつか軍務に習熟してりっぱな軍人の階級にのぼるようにと考えてであった。のちに、パウロが死んでから、その弟ヴィテロッツォの配下となり、軍務に励んだ。こうしてオリヴェロットは知略にたけ、心身ともに強健であったために、またたくまに軍団の第一人者となった。

しかもなお、他人に仕えるのをいさぎよしとしない彼は、フェルモの征服を思い立ち、祖国の独立よりも隷属をありがたがるような数人のフェルモ市民の支援を受け、またヴィッテッリ家の応援をもとりつけようとしていた。

 彼は、まずジョヴァンニ・フォリアーニに手紙を書き、自分は永年家郷を離れているので、故郷の町を眺め、叔父上にもお会いしたいし、自分の相続財産のことも少しは検分しておきたい。

これまで辛酸をなめてきたのは、名声をあげて、郷土の市民に、自分がむだに歳月を費やしてきたわけではないと、知ってもらいたい一念からだったのだ。

ついては、友人や手下の者ども百騎を引きつれて、堂々と帰国したいと思う。フェルモ市民が丁重に歓迎してくれるように、叔父君からも布告を出してもらえればありがたい。そうすればひとり自分の名誉になるばかりか、養い親の叔父上の名誉にもなろう。そう伝えた。

そこで、ジョヴァンニは、甥のためにぬかりなく礼儀をつくし、フェルモの市民の丁重な歓迎を受けさせたあと、自邸に泊めた。オリヴェロットは、叔父の家で数日を過ごしつつ、ひそかに、途方もない悪事の下準備をし、チャンスをうかがった。

そしておもむろに盛大な宴をはり、ジョヴァンニ・フォリアーニをはじめ、フェルモの町のすべての有力市民を招待した。いつしか料理が食べつくされ、こうした宴席につきものの余興が一段落したころ、オリヴェロットは話題を重要なことがらにもっていった。

 アレクサンデル教皇や愛息のチューザレ・ボルジアの非凡さや、両人の企てについて切り出したのである。この話題にのって、ジョヴァンニなどの連中ががやがやと談論しだすと、彼はふいに席を立って、この種のことは、話題の性質上、もっと内密な場所で話しあったほうがいいと言い出した。

 言うなり、一室に引き下がったから、ジョヴァンニをはじめ有力市民は後からぞろぞろとついてきた。彼らが席につくかつかないかのうちに、配下の兵士が物陰から踊りでて、ジョヴァンニと市民のことごとくを虐殺してしまった。

暗殺をやりとげると、オリヴェロットは馬にまたがり、領内を駆けまわり、最高の行政官の面々を建物ごと包囲してしまった。あげくのはて、彼らは恐怖のあまり、彼の命令に服した。彼らはやむなく新政府をつくり、君主に彼をすえた。

するとこの男は、自分にはむかう恐れのある不満分子を残らず殺し、新たな民政と軍政を布いて立場を固めた。こうして君位を奪って一年もしないうちに、オリヴェロットはフェルモの町での権力を安泰にしたばかりか、近隣のだれかにも恐れられる存在になった。

このことからも、心に留めるべきは、ある国を奪いとるとき、征服者はとうぜんやるべき加害行為を決然としてやることで、しかもそのすべてを一気呵成におこない、日々それを蒸し返さないことだ。

さらに、蒸し返さないことで人心を安らかにし、恩義をほどこして民心をつかまなくてはいけない。とにかく臆病風に吹かれたり、誤った助言に従ったりして、逆のことをやってしまうと、その人は必然的に、いつも手から短剣が放せなくなる。

臣下にしても、新たな危害が間断なくやってくるから、君主に安心感がもてなくなり、君主もそうした臣下を信じるわけにはいかなくなる。要するに、加害行為は、一気にやってしまわなくてはいけない。

そうすることで、人にそれほど苦汁をなめさせなければ、それだけ人の恨みを買わずにすむ。これに引きかえ、恩恵は、よりよく人に味わってもらうために、小出しにやらなくてはいけない。

 ( 引用: 『新訳 君主論』  ニッコロ・マキャベリ ) 


“必要なら実の母親でもクビにする”

  変化は変化だ − ゆっくりと起こるものではない。完璧な満足とは、真実と同じだ。そこに向かって近づいていくことはできるが、決して到達することはありえない。
 − コンデ・ナスト出版社のCEO, サイ・ニューハウス

「 おまえは、終わりだ。 」 − CNNの創業者、テッド・ターナーがクビにした息子に向かって。

コンデ・ナスト出版社のニューハウスは、遠慮会釈のない、有無を言わせぬスピーディな首切りで有名だ。

わたしの友人が長年彼の下で働いていた。地位は非常に高かった。彼女の身に起こった出来事はとくに珍しいものではない。なにしろ5時のニュース番組でリズ・スミスがしゃべっているのを聞いて自分がクビになったのを知った、という前例もあるくらいだ。

だが、彼女の場合はとりわけ残酷だった。ある日、彼女はランチをとりに出た。ボローニャソーセージとポテトチップが待ちきれない小学3年生と同じくらいに昼食に対して真剣な出版業界では、ランチは一日のたいせつな行事である。

 いつものようにランチタイムが終わり、さあ、午後からは管理やら重要人物としての仕事やらが待っていると張り切って戻ったところ、オフィスのドアに鍵がかかっていた。不思議なことに、数年間問題なく使っていたカギが合わない。

そこで、はっと気づいた。オフィスの前の廊下にきちんと荷造りした段ボール箱が積み重ねてある。中身は、彼女の私物だったのだ。クビになったのである。彼女はミスター・ニューハウスとの短いやりとりで方針転換があったのだと聞かされ、帰宅した。それでおしまい。 

どこの会社にも独自のやり方がある。わたしが以前いた会社では、まったく架空の新しい役職をでっちあげて、解雇手当がなくなるまでの間、当人のメンツを保ってやっていた。

『エスクワイア』 誌では、親会社のハースト・コーポレーションが過去の人となるとはつゆ知らぬ編集者を通りの先にある本社に呼びだして世間話をしているあいだに、後継者を編集者の面々に引き合わせるという方法が好まれていた。

だが、これは少々情がなさすぎるのではないかという気もする。

しかし、クビ切りにまつわる奇妙なエピソードはみな、考えればなるほどと思わざるをえない。面とむかって、おまえはクビだと言うのは人として忍びない。だからこそ、テッド・ターナーはえらい。彼は一族でやっている事業で働いていたわが息子をクビにした。 − 夕食の席で。

マキャベリ的偉業を解雇なしにやりとげることは不可能であり、ときには社員をまるごと、それも、面と向かって解雇しなければならない。あなたがふつうより巧みであればけっこう。しかし、無難なやり方などはない。さあ自由だぞ、という気分を伝えるべきだ。少なくとも、もう後戻りはできない、と覚悟させるべきである。

わたしも会社でいまの地位に就くときに、前の体制ではしごくうまくやっていたそれなりの人々と対決しなければならばかった。みな、家族をもっていた。職が必要だった。わたしは領土を見渡し、彼らが居残るかぎり何も変化しないと悟った。

 無理もないが、彼らが陰でこそこそとわたしを中傷しているのが何度か耳に入ってもいた。

そんな話はビロードのクッションにのせたチェリー入りチョコレートのように、スパイがうやうやしく運んできてくれるものだ。わたしはスパイに褒美をやり、排除すべき人間は一人残らず解雇した。

 最初のときは、前の晩に文字どおり嘔吐した。二人目もかなりつらかった。なにしろ、彼はわあわあ泣き出したのだ。だが、そのあとはずっと簡単になった。そこで、いくつかのポイント。

◎ 連中に、あなたが憎んでいることを知らせておく。しょっちゅう、はっきりと。そうすれば、いざクビ切り斧をふるったとき、相手もびっくりはしないから、泣いたり哀願したりを減らすことができる。
  私が最初に解雇した人間は、「わたしをクビになさるんですか? わたしをクビになさるんですか?」 と何度も何度も繰り返した。これはやりきれないものがある。

◎ 体面をつくろうもっともらしい話をでっちあげる。そうすれば、人は喜ぶ。引退した。新しい天地を求めて引っ越した。ソルボンヌに留学した。何でもよろしい。

◎ 退去する時間を与える。クビにした相手を、むいたオレンジの皮のように即座に窓から放り投げなくても、事業には差し支えない。

◎ ただし、時間を与え過ぎないこと。以前はわたしも涙もろかったが、もう克服した。妻に子供が生まれるというので、6か月の猶予を与えたことがあるが、うんざりした。次回は解雇手当を少し割り増しして、ドアを指すことにする。

  あなたは得意に思えばよろしい。他の事業と同じくらい、立派なことをやりとげたのだ。

  以前の仲間が去ったあと、わたしは自分をふりかえった・・・いい気分だった。その一人一人の不在は、わたしは実に快適だった。その快適さは一日たりとも消えなかった。

 厳しいだろうか? たしかに。だが正しい目的のためだ。わたしの言う意味がおわかりになるだろうか?

 ( 引用:  『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』  ) 


( 『 成毛眞の超訳 君主論 』 )

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2013年09月01日

欧米人の思考回路 (9)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 『 さて、この仕事を手始めに、国全体に君臨しようと望みをいだいたセウェルスに、なお二つの難問が待ち受けていた。一つは、アジア(中東)のことで、そこでは、アジア方面軍の司令官ニゲルが、皇帝を儹称していた。

 もう一つは西方で、ここでは、アルビヌスがやはり帝位をうかがっていた。そこでセウェルスは、両者を同時に敵にまわすのを危険とみて、ニゲルを攻め、アルビヌスを策略にかけようと心に決めた。

 まず後者に手紙を書き、わたしは元老院から皇帝に推挙された。ついては、この重職を君とわかちあいたいので、君にはカエサルの称号を贈る。元老院の決議によって、君とわたしは同役に迎えられたのだと伝えた。

 アルビヌスはこの話を真に受けた。その間にセウェルスは、ニゲルとの戦いに勝利し、彼を殺して、東方の事態を収めてローマに帰還した。

 そこで、元老院に告訴して、アルビヌスはわたしが恩義をかけたのに、少しも感謝しないどころか、狡猾にもわたしを亡きものにしようとねらっている。で、私は恩知らずのあやつを、懲らしめに行かねばならない、と訴えた。

 こうして、のちにフランスにおもむいて、彼と対決し、その領地と声明を奪ったのである。

 セウェルスの行いを子細に調べてみると、彼が、獰猛(どうもう)極まりないライオンと、ずるさはこの上ない狐とをもっていることに気づく。』

 ( 引用: 『君主論』 ニッコロ・マキャベリ ) 


 サメのように、食べながらでも前進しつづける

 『 ひたすら前進せずにはいられない、それがわたしの最大の特徴だ。何があろうと、とにかく進んでいく。「プライベート・ライアン」 と同じだ − 足をとめて、「こいつは死んでる」 などと言っていたら、自分が死体になってしまう。』

 − ハリウッドの大物代理人、マイケル・オーヴィッツ

 朝、出社したらあなたは何をするだろう?マフィンを食べる?コーヒーを飲む?窓の外を眺める?誰かがもちこんできた厄介ごとを処理する?

 それが終わったら、また元に戻って女子サッカーのことでも考えるか?コーヒーのおかわり?

 そうだとすれば、マキャベリのすることとは全く違う。きみはぐずだ。

 1976年、ルー・ガースナー (マッキンゼーの若手出世頭を経て、再建途上にあったIBMのCEOに転身) は芝刈りをしていた。まさかと思うかもしれないが、25年以上前のことで、当時はルー・ガースナーも自分で芝刈りをしていたのだろう。

 いまから考えればほほえましいシーンではないか。とにかく芝刈りをしていたとき、何かとんでもない事故があって、彼は右手の指を2本切断してしまった。当時は、芝刈り状況が今とは違っていたとしても、ガースナーのなかに脈々と流れる性格はすでにできあがっていた。

 外科医が指を縫い合わせているとき、彼は、もっと急いでくれないかと言ったそうだ。なぜか? 翌日、仕事の打ち合わせがあったからだ。

 たしかに重要な打ち合わせだったのだろう。右手の指2本よりも重要な打ち合わせなのだから。。。真の君主にして、初めて言えるセリフである。

 指はしまっておけ。全速力で出撃だ!

 ( 引用: イヤなやつほど成功する! マキャヴェリに学ぶ出世術 )



  現代のマキャベリアン − 企業再生 ( Turn Around Manager ) の名手、ルイス・ガースナー、IBM 元CEO

 500年前にフィレンツェで生まれた政治思想家、ニッコロ・マキャベリの教えを現代に受け継ぐと、どんな人間になるかという実例をひとつ紹介する。

 かつてアメリカのビジネス界の名門中の名門であったIBMを、瀕死の重傷から救い、見事に再生させた企業再生のプロフェッショナルである。

 ルイス・ガースナーの経歴は信じられないほどすばらしい。豊かな教育を受け、工学と経営学を専攻したガースナーは、マッキンゼー社で経営コンサルタントの仕事に就いた。

 31歳でシニアパートナーに昇進、これは同社の最年少記録だった。これに肩を並べる華々しい出世が、一流企業のアメリカン・エキスプレス社(アメックス)そしてRJRナビスコ社、IBM社と続く。

 アメックスで、ガースナーは低迷しているクレジットカード事業を生き返らせた。RJRでは負債の山の一掃に取り組み、20世紀の巨大企業買収の体制を整えた。

 IBMでの仕事は絶対に勝ち目がないように思われた。かつて偉大だった企業が船底に穴をあけられ、タイタニックよりも早いペースで沈んでいるというような状態だった。

 ヘッドハンタ―から 『 国のために 』 と説得され、ようやくガースナーは決心を固めた。それから8年でIBMはよみがえった。

 生いたち

 1942年3月1日、ニューヨーク州ミネオラで4人兄弟の2番目の息子として生まれた。子ども時代の教育には、地元のカトリックの学校が大いに貢献している。

 高等教育は、現代における数多くの一流エグゼクティブが経験している、まさに絵に描いたような進級、進学だった。

 まず、専門的な知識を身につけるためにダートマス大学で工学を学ぶ。1963年に卒業。次にハーバードビジネススクールでMBAを取得し、1964年、経営コンサルティング会社マッキンゼーに入社した。

成功への階段 

 マッキンゼーで、ガースナーはとんとん拍子で出世し、28歳でディレクターに任命される。

 マッキンゼー以後の経歴も、やはり目を見張るものがある。1980年代に働いたアメリカン・エキスプレス社では、同社のクレジットカード部門を立て直し、その純利益を66%増加させた。

 次にRJRナビスコホールディングス社に移ってからは、260億ドルという負債の山を140億ドルにまで減少させ、企業の歴史上、最大のレバレッジドバイアウトに臨む下地をつくった。

 IBMはジョン・エイカーズCEOに代わって、同社を泥沼から救ってくれるエグゼクティブを探し回り、ガースナーに白羽の矢を立てた。意外だったのは、ガースナーが、華々しい将来が約束されているにもかかわらず、明らかなダメ企業を経営しないかという誘いに興味を示したことだった。

 そしてついに1993年、新しいCEOとしてIBMに入ることになる。

 ガースナーがIBMに入ってみると、そこは難問山積の企業だった。それまで何年もの間、ビッグブルー(IBM)はIT業界における支配的企業であり、メインフレームコンピュータの販売で巨大な利益を稼ぎ出していた。

 ところが、1980年代の終わりごろには、同社は自己満足に陥り、怠惰で動きも鈍くなって急速に変化するIT市場の動きについていけなくなっていた。

 すでにIBMの名を冠したPCを市場に投入してはいたものの、基幹となるOSとCPUチップをアウトソースしていたことが仇となり、マイクロソフトとインテルに競争優位の立場を与えてしまっていた。

 さらに官僚主義にどっぷりと浸かり、トップの人数が多い、頭でっかちの組織になっていた。IBMは身動きが取れなくなっていた。1990年、粗利益率は55%と安泰だったものの、1993年にはそれが38%にまで低下する。この減少傾向が改善する兆しは皆無だった。

 ガースナーの対応はまさに迅速、劇的、そして効果的だった。その再建をめざすチェックリストには、コストの削減、顧客の再獲得、戦略的方向の確定、そして従業員の士気の回復などがあった。

転機と決断 

 コストの削減そのものは、痛みが伴うにしても比較的簡単だった。ガースナーはリストラの費用として89億ドルを予算に計上し、1995年末までに3万5000人のレイオフに着手した。

 レイオフの数字は最終的に8万5000人近くになっている。それに加えて、集中購買、在庫管理の改善、製品開発をはじめさまざまな分野の部門間にある重複業務の根絶といった手段がすべて、バランスシートの改善に貢献した。


 顧客との関係改善をめざした活動で、ガースナーが特に力を入れたのは、自ら個人的に顧客に会うことだった。

 そして、何千人もの顧客に直接会って得たフィードバックから、同社には、ゼネラリストの従業員を顧客の要求に応えられる製品のスペシャリストに生まれ変わらせる必要がある、ということに気がついた。

 IBMに移ったころ、ガースナーには技術的な素養がないという指摘が盛んに繰り返された。

「技術的な観点からのビジネスチャンスを見きわめられないだろう」という論評があった。また就任当初、ガースナーがそのスピーチの最後に、

「 今のIBMにビジョンは必要ない 」

 というひと言を付け加えたときには、IBMの将来についてメディアは悲観論一色になった。しかし、あとで振り返ってみれば、ビジョンの不在を懸念する必要はなかった。ガースナーは自分のビジョンと戦略を徹底して貫き通したからだ。

 イノベーションこそガースナーが考える戦略の基軸だ。着任したその年、IBMが申請した特許の件数はアメリカのどの企業よりも多かった。その後も毎年、新たな革新的技術が、方向性を見失っていたこのITの巨人から生み出されていた。

 音声認識技術、世界最速のスーパーコンピュータ、シリコン製のチップにとって代わる有望な新技術であるナノテクノロジーなどなど、ガースナーのもとでIBMによるイノベーションのリストはどんどん長くなる一方だった。

 IBMはその創造力の多くをeビジネスのために割いている。これこそビッグブルーが将来成功をおさめるために必要不可欠の分野だと、ガースナーが信じているからだ。

 2001年の初頭、約900億ドル規模の企業IBMの中で、最も成長の速い部門はサービス部門になっていた。

 ガースナーは一方でサーバーやストレージ機器、ネットワーク機器、それにミドルウェアといった中核的事業にこだわりながら、同時に、同社をeビジネスの中心的企業として改めて位置づけている。実に巧妙なやり方だ。

 ガースナーはまた、テクノロジー開発について、かつてのIBM独特の独占的な方策を捨て、オープンソースの哲学を改めて評価した。そして他の企業に対しても積極的に業務提携の契約を結び、IBMのテクノロジーを公開している。

 こうしたガースナーの動きは収益面でどんなインパクトを与えたのだろうか。

 1994年、CEO就任からほぼ2年、同社は売上高600億ドルに対して30億ドルの利益を記録した。それまでの3年間は連続して損失を出し続け、その累積額が150億ドルにのぼっていた。この収益力の回復を好感して、1994年のはじめには株価が89ドルにまで上昇する。

 それ以来、IBMの株価はほぼ一貫して上昇基調が続いている。業績も底堅い。どんな指標をあてはめてみても、ガースナーの業績は並外れていることに変わりはない。1400万ドルの報酬も当然だと評価する人もいる。

 ガースナーとIBMが直面していた課題は、変革の維持と継続だ。IBMのような規模の企業にとっては、休みなく動き続けることは実行困難な命題である。

 ガースナーの経営手法に評論家は困惑した。大方の予想に反して、立ち往生している巨人を小さな事業体に分割することなく、機敏で革新的な企業に生まれ変わらせたからだ。ガースナーは2002年までの契約が満了したとき、60歳近い年齢で引退した。

 ( 引用 : 『 巨像も踊る 』 ルイス・V・ガースナー 著 )



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2012年12月08日

欧米人の思考回路 (8)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 たほう、フランス国王 (ルイ12世) も、教皇の後塵を拝することとなった。それというのは、教皇が動くのを見た仏王は、ヴェネツィア共和国を掣肘 (せいちゅう)するために、教皇を味方につけておきたいと思ったし、ここで兵力の支援を拒否すれば、教皇の心を公然と傷つけると考えたからであった。

 こうして、ユリウスは果断な行動で、これまでのローマ皇帝が、どれほど人道的な英知を発揮しても及びもつかないことをなしとげた。なぜなら、ほかの教皇がしたように、やっと協議がまとまって、万端の組織ができてから、おもむろにローマから出動していたなら、とても成功など得られなかっただろう。

 彼のすべての行動は、これに類するもので、ことごとく良い結果を生んだ。もっとも、彼は短命だったから、逆の経験をせずにすんだともいえた。かりに慎重な行き方が求められる時節にでくわしていたら、彼も破滅の道を進んでいただろう。

 彼もまた、もって生まれた気性に合った手段を、とうてい捨てきれはしなかったろう。

 さて、結論を下すとすれば、運命は変化するものである。人が自己流のやり方にこだわれば、運命と人の行き方が合致する場合は成功するが、しないばあいは、不幸な目をみる。

 わたしの考えはこうである。人は、慎重であるよりは、むしろ果断に進むほうがよい。なぜなら、運命は女神だから、彼女を征服しようとすれば、打ちのめし、突きとばす必要がある。運命は、冷静な行き方をする人より、こんな人の言いなりになってくれる。

 要するに、運命は女性に似て若者の友である。若者は、思慮を欠いて、あらあらしく、いたって大胆に女を支配するものだ。

 ( 「君主論」 、マキャベリ )

 “ どでかいことを考える ” 

 「 コミュニケーションの分野をすべて自分たちのものにするつもりです。傲慢ととられるのは困るのですが、ペリー・コモはクリスマスのテレビを自分のものにしました。つまり自分のものにするということは、独占して影響力をふるうということです。 」 カリスマ主婦、マーサ・スチュワートのスタッフ

 残念ながら、すべてを所有することはできない。だが、試みることはできる。自動車、ペン、他人。ただし、どでかいことを考えなくてはならない。大きなことではない、どでかいことだ。すべてを欲せよ。

 いま、あなたのささやかな正気の心の中にはどんな欲望があるだろう?それを2倍にする。3倍にする。どんどんふくらましていって、当人でさえわからなくなるほど膨張させる。

 自動車がお好きか? ジェリー・サインフェルドは20、30台の車を持っている。それなのに、あなたはたった2台しか持っていないとしたらどうする?大事なのは考え方だ。

 すばらしい家が欲しい?ミック・ジャガーは世界中に家を持っていて、彼が一番新しい恋人のスーパーモデルとしばらく暮らすために訪れるまで、どの家もほこりをかぶっている。彼にできるのなら、あなたにでもできるのでは?

 ただし、際限のない所有はどでかい考えのごく一部にすぎない。あなたがなりたい君主と凡人を分けるのは、どでかい権力に対する欲求だ。(a) から (d) までの中から選んで、次の文章を完成させてみよう。

 ● わたしが満足するのは、 (a) 十億ドルを手に入れたとき、 (b) 一兆ドルを手に入れたとき、 (c) 一兆億ドルを手に入れたとき、 (d) わからないが、とにかくいまのままじゃ、ぜったいにいやだ。

 ● 船を持つとしたら (a) 宝石のような見事な船、(b) 大きな、大きな、とにかく大きな船、 (c) 世界一大きな船、 (d) わからないが、とにかくあんたのよりは大きいやつ

 ● 他人は・・・ (a) わたしの望みどおりにすべきだ、 (b) ひざまずいて、わたしの足にキスすべきだ、 (c)  身を投げだして、わたしがその上を渡れるようにすべきだ、(d) わたし以外にも人間などいるのかね?

 ● 休暇には・・・ (a) 大いに楽しむ、 (b)  あんたよりもっと楽しむ、 (c) 大金を使う、 (d) 競争相手を買収し、優先株を売りに出す。

 ● 今日一日が終わるころには・・・ (a) 無事に帰宅している、 (b) 大きな取引を完了させている!、 (c) 『ニューヨーク・タイムズ 』 にわたしの写真が掲載されている。  (d) うるさい、おまえの知ったことか!

  あなたが全部に (d) を選んでいたとしたら、立派なマキャベリアンである。次のレッスンに進もう!


 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎


 ( 引用: イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 ) 
      ( つづく )

 





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2012年09月16日

欧米人の思考回路 (7)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 『 さて、君主は、身にふりかかる苦難や抵抗を乗り切ると、大君主になるのは間違いない。

そこで、運命 ( の女神 ) は、新人の君主を大物にしたてようとするとき、彼らは世襲君主とちがって、ぜひとも評判を立てなければならないから、わざわざ彼らに敵をこしらえて戦いを強いる。

 つまり、新君主に乗り切るチャンスをつかませ、いわば敵方が運んできた梯子を伝ってぐんぐんのし上がるように仕向けてくれるのだ。

 だから、多くの人の意見では、賢明な君主は、機会があれば、奸策 ( かんさく ) をろうしてでも、わざと敵対関係をこしらえ、これを克服することで勢力の拡大をはかる、という。 』

 ( 引用: 「 マキャベリ、君主論 」 )

 “ 隣人を取りこむ”

 わたしは仕事をはじめて15年たってやっと、ビジネスの何たるかを学んだ。というか、ビジネスは何ではないか、を悟った。

 ビジネスとは、製品やサービスの提供に関することではない。ビジネスとは、職の供給に関することではない。
 ビジネスとは、まっとうに運営し、よりよいものをつくり、チームのために勝利を得、昼食やブランチをとり、一杯やり、保養に行き、アンクル・ボブに忠誠をつくすこととも関係ない。

 品質でもない。
ゴルフでもない。

 ビジネスとはたったひとつをめぐるものであり、たったひとつをめぐるものでしかない。それは何か? “ 拡大 ” である。

 スケールの大きな偉大なるマキャベリアンにとっては、他の会社を呑みこんでキャッシュフローを増やすことだ。

 どれほどまっとうに経営しようとも、コア・ビジネス ( それが何であろうと ) の成長率はせいぜい年4%ぐらいのものだ。もちろん、小物にはそれでよろしかろう。だが、ウォール街は満足しない。

 ウォール街は年率15%の成長を求めてくる! 品質の向上なんぞで誰が15%も成長できるか? 誰もできはしない。

 ウォール街が好感して株価が跳ね上がり、跳ねあがったままでいるためには、競争相手を買収し、業界から追放しなければならない。株価の上昇を狙う君主は、収益を買わなければならないのだ。

 つまり、会社をまるごと買収して、そこのキャッシュを自分の会社につけかえ、収益の莫大な伸びがあったという幻想をつくりあげるのである。つぎの四半期もつぎの四半期も、毎年、毎年。

 この洞察のおかげで、石油業界もテレコミュニケーション業界も、運輸業界も、出版、食品、ニューメディア、オールドメディア、こぞってみごとに集中が進行している。

 “ Come together ! ( さあ、一緒に ) ” とジョン・レノンは歌った。わたしも、わたしも! 一緒になろうよ! ってなわけである。

 さて紳士淑女諸君、いつの日か、といってもいまからそう遠くないある日、8社か9社ほどのこうこうと輝くグローバル企業が天を圧することになるだろう。地球上にかつて出現したいかなる政府よりも大きくて権力を持つ企業。ローマよりも大きい!

 ビザンチンよりも大きい! その企業こそXXX だ。 ( XXXの部分には、あなたの企業の名をいれましょう )

 あなたはそこに参加できる。ただし他社を喰らい、自分の事業に吸収していけば、の話だ。

 もちろん、あなたのレベルでは、そんな話は無意味だろう。あなたがサンドイッチより大きいものを呑みこむ可能性がどのくらいある?
だが、それはそれでいい。

 あなたの領土がどのくらいの大きさだろうと、呑みこむ相手はあるはずだ。まわりを見回してみよう。もっと支配力をふるえる相手がいるのではないか? たとえば、同じ階で一緒に働いている凡人。あるいは極端な妄想症でお金に困っている上司。彼なんかどうだろう?

 コンバインのように眼前の畑に容赦なく突進し、手当りしだいに喰らい、呑みこんでいくのだ。

 成長せよ! 取りこめ! 前進だ! どこまでも! 

 ( 引用: イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 ) 
      ( つづく )

 



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2012年06月05日

欧米人の思考回路 (6)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 新卒から外資系金融に来たヒデキは、これまでドイツ人、エジプト人、フランス人、イギリス人、中国人、アメリカ人、オーストラリア人と、さまざまな国籍の上司に仕えました。

 彼らとのカルチャーの違い、いや、もっと重大な ” 思考回路の違い ” に悩まされ、苦しんできました。

 その経験値を独り占めするのではなく、これから国際ビジネスの第一線に羽ばたく若手にも伝授していきます。日本経済の発展のため。

 前職のゴールドマン・サックス証券では最近、社内に “ カルチャー道場 ” なるセミナーを設け、控えめで謙遜の美徳、儒教的教えに強く影響された日韓地域のビジネスマンが欧米のビジネスマンとガチンコ勝負で闘っていけるノウハウを教えているようです。

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 「 常に戦闘モードでいる! 」

 『 君主が衆望を集めるには、なによりも大事業 (戦争) をおこない、みずからが、類まれな手本を示すことである。現代では、スペインのアラゴン家の現国王フェルナンドがよい例である。

 この人は、弱小国の一君主から、声望と栄誉をになって、キリスト教国きっての国王におさまったから、おおかた新君主といってもさしつかえなかろう。

 さて、フェルナンドのじっさいの行動を観察してみると、そのどれもが大規模であって、どこかけたはずれのものを感じさせる。

 王位につくとすぐ、彼はグラナダを攻め、この軍事行動で、王国の基礎をつくった。最初、世間が安らかで、妨害の憂いのないうちに、まずこの挙にでた。

 いってみれば、カスティーリャの封建領主の人心をこの戦争に集中させて、国内の改革など思いもよらないようにしむけた。そうこうするうちに名声をあげ、諸侯が気づかないうちに、彼らの実権をにぎってしまった。

 彼は、ローマ教会の財力と民衆の金で、軍隊を養ったので、永年の戦争を通して、みずからの武力の基盤を固めることができた。

その軍事力はのちに彼の栄光を高めた。そのほか、さらに大きな事業に着手できるように、宗教を口実に、狂信的な非情さで、回教徒を追い払い、王国内から一掃してしまった。

じつに、彼の手本くらい、悲惨であって稀有な史実を知らない。つづいて彼は同じ名目をもちだして、アフリカ攻めにかかり、イタリアでの軍事作戦を起こし、近年にはフランスさえも攻めた。

 このように、彼はたえず大きな仕事をなしとげ、さらに企んでいた。その度ごとに領民はあっけにとられ、感嘆し、彼の事業に夢中になった。彼はこうした行動を矢継ぎ早に行い、世間の人に、一息ついて反撃する余裕すら与えなかった。 』

 ( 引用: 君主論、マキアベリ )

  このフェルナンドを現代のビジネスになぞらえればいちばんフィットするのがIBMの元CEO,ルイス・ガースナーであろう。マッキンゼー社出身で、ナビスコのCEOから、93年にIBMの再建役へと抜擢された。

  ガースナー会長はIBMで、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長の大きな写真をスクリーンに映し出した。

 「 この男は、目が覚めた瞬間からきみたちを憎悪している 」 彼はマネージャーたちに厳しい調子で言い放った。

  その真意は、きみたちも彼を憎み返せ、である。 ( Computer Reseller News )

  ルイス・ガースナー万歳! 彼は性格が悪いし、競争相手はそれをよく承知している。
彼をはじめ、ビジネスのライバルを妄想症的に思いつめ、軍団を戦闘モードに保とうと思ったら、ときどき実際に誰かの尻を蹴飛ばしてやらないと、自分がへたばりかねない。

 では、どうすれば良いか?

 ● 旗を揚げる! 自分のロゴを使う。いろいろなものにロゴをつけて、部下たちに配る。シャツ、バッジ、時計、ウェストポーチ。もし、彼らがそのロゴを見ても目をうるうるさせないなら、効果が上がっていない。

 ● 誰が敵かを見定める。 これは簡単だ。誰があなたをコケにしたか?なぜ、そいつらを生かしておかねばならぬ?
 
 ● 時間を選べ!  わたしが発見したところでは、攻撃にいちばんいいのは早朝、何がどこから飛んでくるか相手が予想もしないころか、午後遅く、もう最悪の事態は過ぎたと思っているところだ。

 ● こっちの縄張りに引き込む! 場所、場所、場所! である。場所を知らずして闘いはできない。電話というのはなかなかいい戦闘場所だ。

 それから、敵の背後も非常によろしい。正面から戦いをしかけるのは、わたしは大嫌いだが、あなたはどうだろうか?

 ● 軍団を集めよ! ラッパを吹き鳴らせ。それからあなたはどっしりと腰を落ち着けるか、歩き回りながら、作戦を練り、計略をたて、吹きまくり、もちろんちょっとした仕事や私用も片付ける。
 
 あなたは白熱するエネルギーの中心なのだ! 残りの戦闘業務は優秀な副官たちに任せよう。彼らのほうがあなたよりはるかに信頼できるし、人間的だし、勇気があり、きっとあなたよりずっとうまく大軍団を動かせるだろう。

 ● 規律! 規律がゆるんだ組織では、誰に従えばいいのか、最終的には誰に忠誠を尽くせばいいのかわからず、戦闘中に右往左往してしまう恐れがある。
  
 指揮命令は上から下へ流れる。あなたの周囲の括約筋をぐっと締めれば、組織全体が一丸となって前身するだろう。

 ● 金儲けをめざせ! わたしたちにとってよくないことはビジネスにとってもよくないのであって、それはつまり

 (a) 使いたいことに使える予算がない
 (b) 一部の者は失業する、ということで、そんな状態が続けば
 (c) 失業しなかった者もボーナスはなく、
 (d) 去年、長期年金制度のかわりに従業員全員に与えられたストック・オプションが無価値になる。

 ● 戦って戦って戦いまくれ! そして一日の終わりに総括しよう。あなたは勝利したか? 引き分けか? 明日も同じ相手と戦おうと思うか? 思わない? なら、戦いは終わったのだ!

 ● 最初から繰り返せ! 昨日の戦いがまだ続いている? それはめでたい。もしそうでないなら、率直に言って少なくとも一人くらいは、戦いがいのあるくそ野郎がいるのではないか?

 妄想症の活用と恒常的な戦闘モード、この二つは、すべてのマキャベリ的支配がよってたつ岩盤である。

 ビジネスは戦争よりも複雑だ。ビジネスでは実際に人を殺すわけにはいかないが、それができればことはずっと簡単である。

 ビジネスの戦いで勝利した場合には、征服した相手と合併し、交流し、新たなプロジェクトについて支援を要請しなければならなかったりする。

 常時、臨戦態勢でいるということは、戦いなしでは組織のなかに真の友好関係や相互尊重を確立できないマネージャーはとくに有効である。

 荒々しい戦闘意欲は外部の敵に向けられるほうが、内部の敵に、つまりあなたに向けられるよりはずっと効果的なのだ。

 さあ、打って出てやっつけようではないか、相手かまわず!!

      ( つづく )

 ( 引用 : 『 君主論 』 マキャベリ、 『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』 )

 



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2012年01月15日

欧米人の思考回路 (5) 

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 新卒から外資系金融に来たヒデキは、これまでドイツ人、エジプト人、フランス人、イギリス人、中国人、アメリカ人、オーストラリア人と、さまざまな国籍の上司に仕えました。

 彼らとのカルチャーの違い、いや、もっと重大な ” 思考回路の違い ” に悩まされ、苦しんできました。

 その経験値を独り占めするのではなく、これから国際ビジネスの第一線に羽ばたく若手にも伝授していきます。日本経済の発展のため。

 前職のゴールドマン・サックス証券では最近、社内に “ カルチャー道場 ” なるセミナーを設け、控えめで謙遜の美徳、儒教的教えに強く影響された日韓地域のビジネスマンが欧米のビジネスマンとガチンコ勝負で闘っていけるノウハウを教えているようです。

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 「 自分の運命を愛する。 」

 『 ” 運命は人間の行動にどれほどの力をもつか、運命に対してどう抵抗したらよいのか” 

 もともとこの世のことは、運命と神の支配にまかされているのであって、たとえ人間がどんなに思慮を働かせても、この世の進路をなおすことはできない。いや、対策さえも立てようがない。

 と、こんなことを、昔も今も、多くの人が考えてきたので、わたしもそれを知らないわけではない。この見方によると、なにごとにつけて、汗水たらして苦労するほどのことはなく、宿命のままに、身をまかすのがよいことになる。

 とりわけ現代は、人間の思惑のまったくはずれる世相の激変を、日夜、見せつけられているから、この見解はいっそう受け入れやすい。そして、激変に思いをいたせば、ときには、わたしも彼らの意見にかなり傾く。

 しかしながら、われわれ人間の自由意思は奪われてはならないもので、かりに運命が人間活動の半分を、思いのままに裁定しえたとしても、少なくともあとの半分か、半分近くは、運命がわれわれの支配にまかせてくれているとみるのが本当だと、私は考えている。  』

 ( ニッコロ・マキャベリ 『 君主論 』 )

 東日本大震災とその後に起きた福島第1原発事故で、計り知れないくらいの被害を受けた我が日本。500年前のイタリア、フィレンツェに生きたマキャベリも、自然災害と運命について、こう述べている。

 『 運命の女神を、ひとつの破壊的な河川にたとえてみよう。川は怒り出すと、岸辺に氾濫し、樹木や建物をなぎ倒し、こちらの土を掘り返して、向こう側におく。だれもが奔流を見て逃げまどい、みなが抵抗のすべもなく、猛威に屈してしまう。

 河川とはこういうものだが、それでも、平穏なときに、あらかじめ堰や堤防を築いて、備えておくことはできる。

  同じことが運命についてもいえる。運命は、まだ抵抗力がついていないところで、猛威をふるうもので、堤防や堰ができていない、阻止されないと見るところに、その矛先を向けてくる。

 こんにち、イタリアは世情の激変の拠点、ないし震源地であるが、このイタリアをあなたがたがよく観察すれば、ここは堤防もなければ堰もない野辺 (のべ) でしかないのに気づくだろう。

 つまり、イタリアに、ドイツやスペインやフランスのような、適切な力の備えがあったとしたら、この激流も、いま見るような大きな激変を引き起こしはしなかったろう。あるいは、そんな洪水にあわずにすんだかもしれない。 』

 ひょっとしたらマキャベリは、今起こっているイタリアの財政危機を予言していた?
あるいは、昔からイタリアは、ドイツやフランスと比べたらいい加減だっただけなのかもしれない!
 
 いずれにしても、運命と個人の関係を説く、含蓄の深い言葉である。

 その場その場で自分にとって最良の努力さえきちんと積んでおけば、あとの運命や結果などは甘んじて受け入れよう。ベストをつくした自分をほめてあげよう。

 じたばたしてもしょうがないのである。しょせん、大自然のきまぐれや、世界の激変を自分の手でコントロールできるわけは無いのである。

 ” 希望する大学に入れなかった? ”

 ” 希望する会社に入れなかった? ”

 自分の身の丈にあったところで、そこで切磋琢磨して、プロになれば良いのである。そこで仕事を心の底から楽しくできるように工夫すれば良いのである。そうすれば業界の中で上位10%に入り、希望していた会社に転職してリベンジが果たせるだろう。

 最初から業界大手を狙わなくても、まずは中堅企業で実力を磨けばよいのである。当のヒデキもそうだった。

 新卒で受けたモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスは、あまりにもレベルが高すぎて門前払いを食らったが ( ついでに三井物、三菱商、住友商も門前払いだった ) 、ドイツ系銀行で実力を磨いてから、中途採用でリベンジを果たしたのである!

 自分は、自分にできる精一杯の努力をしたら、あとは自分の運命を愛そう。運命を恨んだって、親を恨んだって、ひがみや妬みからはマイナスの結果しか生まれないのである。時間の無駄というものである。

 運命にもてあそばれても、自分のコントロールできる範囲で精一杯努力したら、そんな自分を愛してあげよう。ずいぶんと気が楽になるはずだ。

 そして、運命にもてあそばれないように、あらかじめ会社のBCP計画 ( 緊急時業務続行計画 ) と、自治体の防災計画だけはきちんと立てておこう。

 あと一つ、忘れてた。財政危機に呑まれたギリシャやイタリアのような無様な姿にならないように、国の財政は、税収の範囲内で予算を立てよう。 

 消費税の10%への上げも、手遅れにならないうちに !!

      ( つづく )

 ( 引用 : 『 君主論 』 マキャベリ、 『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』 )

 



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2011年12月04日

欧米人の思考回路 (4)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 紅葉の美しい晩秋から、本格的な冬に移りかわる今日この頃。風邪が流行っていますが、風邪を引いたらすかさず当ブログ記事 ”風邪を一発で治す方法” を読んでくださいね!
 ( 下記URLより )
http://nekketsuotoko.seesaa.net/article/231043162.html?1322922999

 医者にかかる必要も、薬を飲む必要もありません。たった一つのテクニックで風邪は治ります。医者が3台目のBMWを買うお金を、あなたがわざわざくれてやる必要はないのです。

 さて、新卒から外資系金融に来たヒデキは、これまでドイツ人、エジプト人、フランス人、イギリス人、中国人、アメリカ人、オーストラリア人と、さまざまな国籍の上司に仕えました。

 彼らとのカルチャーの違い、いや、もっと重大な思考回路の違いに悩まされ、苦しんできました。

 その経験値を独り占めするのではなく、これから国際ビジネスの第一線に羽ばたく若手にも伝授していきます。日本経済の発展のため。

 前職のゴールドマン・サックス証券では最近、社内に “ カルチャー道場 ” なるセミナーを設け、控えめで謙遜の美徳、儒教的教えに強く影響された日韓地域のビジネスマンが欧米のビジネスマンとガチンコ勝負で闘っていけるノウハウを教えているようです。

 欧米人の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 「 極端な2面性で相手をビビらせる! 」 

 『 哲学者マルクス帝からマクシミヌス帝までの、ローマ帝国のすべての帝位継承者を取りあげれば、それでよかろう。つまり、マルクス、その子のコンモドゥス、ベルティナックス、ユリアヌス、セウェルス、その子アントニヌス・カラカラ、マクリヌス、エラガブルス、アレクサンデル、マクシミヌスらのローマ皇帝たちである。

 まず念頭においてほしいのは、ほかの君主国では、ただただ貴族の野望と民衆のおごりに対決すればいいのだが、ローマ帝国の場合は、兵士の乱暴と強欲にも耐えなくてはならないという、第三の難問を抱え込んでいた。

 しかも、これはやっかいなことで、多くの皇帝の破滅の原因にもなった。一般に市民は、平穏を好み、穏和な君主を慕うのに、兵士のほうは、好戦的で傲慢で、残酷で、どん欲な君主を望んだ。

 そのため、兵士と人民とを共に満足させるのは、きわめて難しいことだった。そのうえ、兵士は、皇帝が人民に対してそうした態度を思いのままに発揮して、彼ら兵士の給料を倍増し、どん欲さと残忍性を満たしてくれるのを願っていた。

 そこで、生まれつきの性質からか、手腕がなくてか、両勢力 ( 兵士と人民 ) を十分におさえこむほどの器量をもたない皇帝は、かならず滅んでいった。 』

 ( マキャベリ 『 君主論 』 )

 このフレーズを読んでいたら、思わずほくそ笑んでしまった。なんだ、古代ローマ帝国の君主も、現代のグローバル企業のリーダーも、必要とされる資質は全然違わないではないか!

 社員に見せるお人よしとしての善人ぶりと、チームの部下全員の首に縄をつける勢いで有無をいわさず引っ張っていく残忍性。欧米の多国籍企業で上まで出世した外国人に必ずみられる極端な2面性である。

 衝動的で、あてにならない。気まぐれ。気がかわりやすい。要するに、皇帝 ( リーダー ) が次にどんな行動に出るかは誰にもわからない。
 
 部下は皇帝がつぎにどんな行動に出るか、さっぱり分からず、ただそれがとてつもなく大きな変化だということだけはわかる。さっきまで善人でいた皇帝が、突然、残忍な支配者に変わる。

 意表をつくというのは、テロリストや権威主義の洗脳者や、他人に命令し支配したがる人間たちの常套手段だ。この手が使われるのは、あからさまに脅して手の内を読まれ、心理的に態勢をととのえられてしまうよりも有効だからである。

 だから、立派なマキャベリアンたちの行動は千変万化する。まわりの者は誰もつぎの動きが読めず、防御策を講じることもできない。

 著名な編集者、出版者、メディアの主で、強引で知られたスティーブ・ブリルは、部下に対して別々の顔を使い分けることで有名だった。

 部下たちは、上司で指導者で才能豊かな教育者、社員をヘルスクラブの会員にしてくれたり、高級レストランでディナーをおごってくれるスティーブ第一号が好きだという。

 だが、彼らに言わせると、いつスティーブ第二号が飛び出して、当の相手をクビにしたり、記者が書いた記事に 「 きみは自殺したいと思ったことはないのか? 」 と皮肉を殴り書きしたりするか、誰にも予想がつかない。

 あなたや私は、本物の偉大な君主にはとうてい及ばない。われわれには多少とも演技が必要だからだ。ところが、彼らはいとも自然にふるまっている。極端な2面性を。。。

彼ら、マキャベリアンにはもとと、行動を制御する一貫した統合された人格がない。人間が巨大でダイナミックで、分裂している。そして、つねにしたいように振る舞っているのである!

 コツは、どっちにしても極端にすることだ。ものすごく善人か、ものすごく意地悪か。有頂天に喜ぶ、怒髪天をつく。まあ、子供に返ったようなものである!

 べつに皆さんに意地悪のろくでなしになれと勧めているのではない。そんなことは簡単だ。

 要は、部下があなたの顔を見るたびに、今日の皇帝のご機嫌はどんな具合かとおそるおそるうかがわなければならないようにしておくことである。そうすれば、部下は皇帝の一挙手一投足に気を付けるようになる。皇帝が市民を支配する知恵である。

      ( つづく )

 ( 引用 : 『 君主論 』 マキャベリ、 『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』 )

 




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2011年11月05日

欧米人の思考回路 (3) 

 現代のマキャベリアン − 企業再生 ( Turn Around Manager ) の名手、ルイス・ガースナー、IBM 元CEO

 さて、500年前にフィレンツェで生まれた政治思想家、ニッコロ・マキャベリの教えを現代に受け継ぐと、どんな人間になるかという実例をひとつ紹介することで、欧米人のあいだで成功するパターンを感じて欲しい。

 かつてアメリカのビジネス界の名門中の名門であったIBMを、瀕死の重傷から救い、見事に再生させた企業再生のプロフェッショナルである。

 ルイス・ガースナーの経歴は信じられないほどすばらしい。豊かな教育を受け、工学と経営学を専攻したガースナーは、マッキンゼー社で経営コンサルタントの仕事に就いた。

 31歳でシニアパートナーに昇進、これは同社の最年少記録だった。これに肩を並べる華々しい出世が、一流企業のアメリカン・エキスプレス社(アメックス)そしてRJRナビスコ社、IBM社と続く。

 アメックスで、ガースナーは低迷しているクレジットカード事業を生き返らせた。RJRでは負債の山の一掃に取り組み、20世紀の巨大企業買収の体制を整えた。

 IBMでの仕事は絶対に勝ち目がないように思われた。かつて偉大だった企業が船底に穴をあけられ、タイタニックよりも早いペースで沈んでいるというような状態だった。

 ヘッドハンタ―から 『 国のために 』 と説得され、ようやくガースナーは決心を固めた。それから8年でIBMはよみがえった。

 生いたち

 1942年3月1日、ニューヨーク州ミネオラで4人兄弟の2番目の息子として生まれた。子ども時代の教育には、地元のカトリックの学校が大いに貢献している。

 高等教育は、現代における数多くの一流エグゼクティブが経験している、まさに絵に描いたような進級、進学だった。

 まず、専門的な知識を身につけるためにダートマス大学で工学を学ぶ。1963年に卒業。次にハーバードビジネススクールでMBAを取得し、1964年、経営コンサルティング会社マッキンゼーに入社した。

成功への階段 

 マッキンゼーで、ガースナーはとんとん拍子で出世し、28歳でディレクターに任命される。

 マッキンゼー以後の経歴も、やはり目を見張るものがある。1980年代に働いたアメリカン・エキスプレス社では、同社のクレジットカード部門を立て直し、その純利益を66%増加させた。

 次にRJRナビスコホールディングス社に移ってからは、260億ドルという負債の山を140億ドルにまで減少させ、企業の歴史上、最大のレバレッジドバイアウトに臨む下地をつくった。

 IBMはジョン・エイカーズCEOに代わって、同社を泥沼から救ってくれるエグゼクティブを探し回り、ガースナーに白羽の矢を立てた。意外だったのは、ガースナーが、華々しい将来が約束されているにもかかわらず、明らかなダメ企業を経営しないかという誘いに興味を示したことだった。

 そしてついに1993年、新しいCEOとしてIBMに入ることになる。

 ガースナーがIBMに入ってみると、そこは難問山積の企業だった。それまで何年もの間、ビッグブルー(IBM)はIT業界における支配的企業であり、メインフレームコンピュータの販売で巨大な利益を稼ぎ出していた。

 ところが、1980年代の終わりごろには、同社は自己満足に陥り、怠惰で動きも鈍くなって急速に変化するIT市場の動きについていけなくなっていた。

 すでにIBMの名を冠したPCを市場に投入してはいたものの、基幹となるOSとCPUチップをアウトソースしていたことが仇となり、マイクロソフトとインテルに競争優位の立場を与えてしまっていた。

 さらに官僚主義にどっぷりと浸かり、トップの人数が多い、頭でっかちの組織になっていた。IBMは身動きが取れなくなっていた。1990年、粗利益率は55%と安泰だったものの、1993年にはそれが38%にまで低下する。この減少傾向が改善する兆しは皆無だった。

 ガースナーの対応はまさに迅速、劇的、そして効果的だった。その再建をめざすチェックリストには、コストの削減、顧客の再獲得、戦略的方向の確定、そして従業員の士気の回復などがあった。

転機と決断 

 コストの削減そのものは、痛みが伴うにしても比較的簡単だった。ガースナーはリストラの費用として89億ドルを予算に計上し、1995年末までに3万5000人のレイオフに着手した。

 レイオフの数字は最終的に8万5000人近くになっている。それに加えて、集中購買、在庫管理の改善、製品開発をはじめさまざまな分野の部門間にある重複業務の根絶といった手段がすべて、バランスシートの改善に貢献した。


 顧客との関係改善をめざした活動で、ガースナーが特に力を入れたのは、自ら個人的に顧客に会うことだった。

 そして、何千人もの顧客に直接会って得たフィードバックから、同社には、ゼネラリストの従業員を顧客の要求に応えられる製品のスペシャリストに生まれ変わらせる必要がある、ということに気がついた。

 IBMに移ったころ、ガースナーには技術的な素養がないという指摘が盛んに繰り返された。

「技術的な観点からのビジネスチャンスを見きわめられないだろう」という論評があった。また就任当初、ガースナーがそのスピーチの最後に、

「 今のIBMにビジョンは必要ない 」

 というひと言を付け加えたときには、IBMの将来についてメディアは悲観論一色になった。しかし、あとで振り返ってみれば、ビジョンの不在を懸念する必要はなかった。ガースナーは自分のビジョンと戦略を徹底して貫き通したからだ。

 イノベーションこそガースナーが考える戦略の基軸だ。着任したその年、IBMが申請した特許の件数はアメリカのどの企業よりも多かった。その後も毎年、新たな革新的技術が、方向性を見失っていたこのITの巨人から生み出されていた。

 音声認識技術、世界最速のスーパーコンピュータ、シリコン製のチップにとって代わる有望な新技術であるナノテクノロジーなどなど、ガースナーのもとでIBMによるイノベーションのリストはどんどん長くなる一方だった。

 IBMはその創造力の多くをeビジネスのために割いている。これこそビッグブルーが将来成功をおさめるために必要不可欠の分野だと、ガースナーが信じているからだ。

 2001年の初頭、約900億ドル規模の企業IBMの中で、最も成長の速い部門はサービス部門になっていた。

 ガースナーは一方でサーバーやストレージ機器、ネットワーク機器、それにミドルウェアといった中核的事業にこだわりながら、同時に、同社をeビジネスの中心的企業として改めて位置づけている。実に巧妙なやり方だ。

 ガースナーはまた、テクノロジー開発について、かつてのIBM独特の独占的な方策を捨て、オープンソースの哲学を改めて評価した。そして他の企業に対しても積極的に業務提携の契約を結び、IBMのテクノロジーを公開している。

 こうしたガースナーの動きは収益面でどんなインパクトを与えたのだろうか。

 1994年、CEO就任からほぼ2年、同社は売上高600億ドルに対して30億ドルの利益を記録した。それまでの3年間は連続して損失を出し続け、その累積額が150億ドルにのぼっていた。この収益力の回復を好感して、1994年のはじめには株価が89ドルにまで上昇する。

 それ以来、IBMの株価はほぼ一貫して上昇基調が続いている。業績も底堅い。どんな指標をあてはめてみても、ガースナーの業績は並外れていることに変わりはない。1400万ドルの報酬も当然だと評価する人もいる。

 ガースナーとIBMが直面していた課題は、変革の維持と継続だ。IBMのような規模の企業にとっては、休みなく動き続けることは実行困難な命題である。

 ガースナーの経営手法に評論家は困惑した。大方の予想に反して、立ち往生している巨人を小さな事業体に分割することなく、機敏で革新的な企業に生まれ変わらせたからだ。ガースナーは2002年までの契約が満了したとき、60歳近い年齢で引退した。

 ( 引用 : 『 巨像も踊る 』 ルイス・V・ガースナー 著 )



プロフィール

1942    誕生
1964    マッキンゼー社に入社
1978    アメリカン・エキスプレス社に入る
1985−89 同社のプレジデントを務める
1991−93 IBM社の累積損失が150億ドルを突破、企業の損失額としては史上最高
1993    新CEOとしてIBMに入る
1993−95 リストラクチャリングの一環として8万人を削減
1994    IBMは600億ドルの売上高で30億ドルの利益を記録
1995    ロータスノーツを買収
2000    売上高884億ドル、純利益81億ドル
2001    株価が100ドルの大台を突破。株式時価総額1780億ドルとなる

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2011年11月03日

欧米人の思考回路 (2)

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!

 深まる秋の今日この頃を、皆さんはどうお過ごしでしょうか?

 読書の秋 → ”外資系金融マンのつれづれ日記”
 恋愛の秋 → ” TME  ”
 勉強の秋 → ”外資系金融マンのつれづれ日記” 

 と、皆様の ” A Beautiful Autumn Day ! ” ( ある美しい秋の一日 ) を豊かにするポケットを増やしていきます。

 取引所の運営と 「 情報コンテンツ産業の一翼 」 を担うことで、ブログ著者; ヒデキは、ピーター・ドラッカーの云う、 ”社会の機関 ” としての役割を果たす? わけです。

 さて、新卒から外資系金融に来たヒデキは、これまでドイツ人、エジプト人、フランス人、イギリス人、中国人、アメリカ人、オーストラリア人と、さまざまな国籍の上司に仕えました。

 彼らとのカルチャーの違い、いや、もっと重大な思考回路の違いに悩まされ、苦しんできました。

 その経験値を独り占めするのではなく、これから国際ビジネスの第一線に羽ばたく若手にも伝授していきます。日本経済の発展のため。

 前職のゴールドマン・サックス証券では最近、社内に “ カルチャー道場 ” なるセミナーを設け、控えめで謙遜の美徳、儒教的教えに強く影響された日韓地域のビジネスマンが欧米のビジネスマンとガチンコ勝負で闘っていけるノウハウを教えているようです。

 彼等の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 「 ビジネス界の大物は眠らない! 」 

 『 さて、国全体に君臨しようと望みをいだいていたセウェルス ( 古代ローマの皇帝のひとり ) には、国の保持と兵士の乱暴と強欲以外にも、なお二つの問題が待ち受けていた。

 一つはアジア ( 中東 ) のことで、そこではアジア方面軍の司令官ニゲルが、皇帝であった。もう一つは西方 ( ヨーロッパ ) で、ここでは、アルビヌスがやはり帝位をうかがっていた。

 そこでセウェルス・ローマ皇帝は、両者を同時に敵にまわすのを危険とみて、ニゲルを攻め、アルビヌスを策略にかけようと心に決めた。

 まずアルビヌスに手紙を書き、 ” わたしは元老院から皇帝に推挙された。ついては、この重職を君と分かちあいたいので、君にはカエサルの称号を贈る。元老院によって、君と私は同役に迎えられたのだ ” と伝えた。 

 アルビヌスはこの話を真に受けた。その間にセウェルス・ローマ皇帝は、ニゲルとの戦いに勝利し、彼を殺して、東方の事態を収めてローマに帰還した。

 そこで、元老院に告訴して、アルビヌスは、わたしが恩義をかけたのに、少しも感謝しないどころか、狡猾にも私を亡きものにしようとねらっている。で、私は恩知らずのあやつを懲らしめに行くのだ。 と訴えたのである。

 こうして、のちにフランスにおもむいて、アルビヌスの生命と領地を奪ったのである。

 セウェルス・ローマ皇帝の行いを仔細に調べてみると、彼が、獰猛きわまりないライオンと、ずるさはこの上もない狐とをもっていることに気づく。 』

 ( 引用: 『 君主論 』 マキャベリ )

 この話を聞いて、どこか欧米のビッグビジネスの経営者とうりふたつだと思わないだろうか?

 オーストラリアの田舎からロンドン、ニューヨークの桧舞台に出て、” ザ・レクスプレス ”、 イギリスの大衆紙、” デイリーミラー ” や、 ”ウォール・ストリート・ジャーナル” を買収し、わずか一代でメディア帝国を築きあげたビジネスの鬼、ニューズコーポレーションのルパート・マードック会長。

 ( ヒデキもいよいよ外資系金融の世界にいられなくなったら、新聞でも発刊しようかな? 
 『 日本経済明るい新聞 』 とか。。。 )

 または、金ぴかの経歴を引っ提げて、マッキンゼ―で史上最年少のパートナーに抜擢されたものの、斜陽のIBM の再建のために、高名なヘッドハンターから 『 国のために 』 と請われてIBMのCEOに就任し、リストラからリエンジニアリングから、抜本的に企業体質を変えたルイス・ガースナー元IBM、CEO。

 アメリカのビジネス界を代表する大物、ルイス・ガースナーは、大企業病を叩き切るために、当初はバッサバッサと社員の首を切り、 ” 首切り役人 ” とすら言われたが、本人も認める ” 現場主義者 ”、で、息つく間もなく平日から週末から、全米の事業所、工場をくまなく回り、矢継ぎ早に処方箋を与えた。

 そう、欧米のビッグビジネスの経営陣 ( = マキャベリスト ) は、眠らないのだ!

 彼らは日の出とともに起きる。いや、実際には起きるというのはあたっていない。寝ていないからだ。なぜ寝ていないか? 寝られないからである。

 IBMのルイス・ガースナーは、あるのどかに晴れた日曜日の午後に妻に向かって、

 「 明日、オフィスに出るのが待ちきれないよ 」と、のたまわったそうだ。

 普通のアメリカ人なら、ぎんぎんに冷やしたウォッカのグラスを腹にのせて、のんびりとバーベキューが焼きあがるのを待っている昼下がりだ。だが、ルイス・ガースナーは出社したくてうずうずしていたのである!

 これぞマキャベリアンの強力な武器である。アメリカのCEOは、午前3時か4時には起きて仕事をはじめる。いったい何の仕事を?
 
 考えることである。彼らの仕事とは考えることなのである。
 
 一昔まえ、アメリカ中を魅了し、騒がせ、 ( そして最後にはインサイダーのかどで捕まった ) カリスマ主婦、マーサ・スチュワートは、こう言った。

 『 わたしは昼寝をしているときも考えています。だから時間の無駄ではありません。 』

 彼らにとっては、常に臨戦態勢にいることが大切なのである。そう、古代ローマの皇帝のように。
凡人は犬のように眠るのが好きだが、マキャベリアンが身につけているのは犬顔負けの忍耐心なのだ。

      ( つづく ) 

 ( 引用 : 『 君主論 』 マキャベリ、 『 イヤなやつほど成功する! マキャベリに学ぶ出世術 』 )

 




 
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2011年10月09日

 欧米人の思考回路 (1) 

 【 新連載 】 欧米人の思考回路 (1) 

欧米ビジネスマンの頭の中を分析しろ! 外人上司や外人ビジネスマンに負けるな!


 さて、季節は心地よい秋に入り、やっと自分らしい毎日が送れるようになってきました。私たちが衣替えをするように、このブログも秋の新連載を出していきます。

 新卒から外資系金融に来た僕は、これまでドイツ人、エジプト人、フランス人、イギリス人、中国人、アメリカ人、オーストラリア人と、さまざまな国籍の上司に仕えました。

 彼らとのカルチャーの違い、いや、もっと重大な思考回路の違いに悩まされ、苦しんできました。その経験値を独り占めするのではなく、これから国際ビジネスの第一線に羽ばたく若手にも伝授していきます。日本経済の発展のため。

 前職のゴールドマン・サックス証券では最近、社内に “ カルチャー道場 ” なるセミナーを設け、控えめで謙遜の美徳、儒教的教えに強く影響された日韓地域のビジネスマンが欧米のビジネスマンとガチンコ勝負で闘っていけるノウハウを教えているようです。

 彼等の頭の中身がわかれば、ビジネスの現場でも対応のしかたが分かるでしょう。

 そのキーポイントになるのが、西洋哲学。特に、マキャベリの君主論やヘーゲルの弁証法が役に立ちます。権謀術数にかけたノウハウ、合理思考の基礎となる考え方が詰まっているからです。

 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

 「 この人はどうやっていまの地位にのし上がったのだろうか? 」 

 『 フォーチュン 』 や 『 ビジネスウィーク 』 誌の表紙や、 『 ウォール・ストリート・ジャーナル 』 のコラムに顔を載せる1億ドルの資産を持つ欧米のビッグビジネス ( 大企業 ) のCEOには、常人とは違う思考回路があります。

 また、彼らCEOの下で働く管理職の外国人 ( つまりヒデキの同僚、上司 ) も、多かれ少なかれ、欧米ビッグビジネスのCEOの考え方に感化されています。

  「 どうして自分はこれらの人物のようになれないんだろう? どこが違うんだろう? よし、2000万円貯めて、HBS ( ハーバード・ビジネススクール ) やスタンフォード・ビジネススクールへ行こう! 」

 その心意気、多少は合っているかもしれませんが、ほとんどの部分は外れています。CEOの中にはMBAホルダーは半分もいません。 ( MBA ( 経営学修士 ) 取得が超出世街道であることに間違いはありませんが。。。 )

 彼らの場合は、思考回路が違うのです。 そう! 500年前のルネッサンス時代のイタリア、フィレンツェの官僚、マキャベリの書いた 『 君主論 』 に、権謀術数の世界が描かれています。

 ではいったいどこが常人とは違うのでしょうか? ひと言で云うと、ずる賢いのです。

 @ 『 目的達成のためなら手段を選ばず! 』 ( Anything happens approach )

 必要なことなら手段を選ばず何でもします。何のため? 権力を拡大するためです
( それに伴って年収も増加する。 )。彼らは勝つためにプレーをするのです。

 ● マイクロソフトのビル・ゲイツは、前に立ちはだかる競争相手をすべて蹴散らし、OSを支配することで生じたあらゆる利点をテコに使って弱小のプレーヤーを市場からたたき出した

 ● 20世紀の資本主義で最も野蛮で無情で利己的な経営者、 「 チェーンソー 」 と異名をとったアル・ダンラップ。

 CEOの地位にあった短期間に事実上破綻させてしまったサンビームから退場させられたとき、 『 ウォール・ストリート・ジャーナル 』 の記者を相手に、文字通り涙を流しておいおい泣いた。

 ● 20世紀における最も偉大な企業家であり先見の明の持ち主だったハワード・ヒューズ。ばい菌を死ぬほど恐れ、フルーツカクテルの缶を消毒した缶切りで開ける前に缶も徹底的に拭き清めよと厳命した。

  500年前ならレースのついた服をまとい、バカげた靴下どめをつけ、長剣や短剣で戦っていたであろう人々は、このほかにも大勢います。彼らは現代の君主たちです。そして、500年前にマキャベリが確立した処世術に従って生きているのです。

 多くの日本人は “ いい人、善良な人 ” と思われたい一心で、欧米世界の頂点に君臨するマキャベリアンの権謀術数のすべに負けています。

 では、どうすれば彼らと互角に戦っていけるのでしょう?
朝起きたときから夜、寝るときまで、あらゆる行為においてマキャベリを生きなくてはいけないのです。

 賢者マキャベリのビジョンどおりに生きるには、できるかぎり利己的で、ナルシストで、策略家で、欲しいモノを手に入れるために創造力を発揮しなくてはならない。

 ビジネス上の行動だけでなく、もっと根源、心の底から改造する必要があるでしょう。

 君主のごとくふるまえるのは、CEOだけではありません。嘘をつく。画策する。心にも無い怒りを爆発させてみる。脅す。おだてる。残虐性を発揮する。忠誠心を利用する。

 こうした Tactics ( 戦術 ) は、CEOだけでなく、欧米人の管理職すべてが、さも当たり前のような行動様式として身に付けています。

 この連載では、マキャベリの君主論と、ヘーゲルの弁証法に象徴される、欧米人の思考パターンと、行動様式を、わかりやすく説明していきます。

       ( つづく ) 


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