2011年10月11日

 国際弁護士 (5) 逆境を生き、人の10倍働くプロフェッショナル

 この連載では、1988年に東京大学法学部を卒業後、公認会計士、弁護士、USCPA  ( 米国公認会計士 )、ニューヨーク州弁護士の日米4資格を持つ外資系法律事務所の内海英博氏の伝記をお届けしています。

 20代前半に、サラ金から生死を迫る返済に追われる過酷な日々から不死鳥のごとく蘇り、弁護士資格を取得し、ニューヨークに留学し、世界を相手にビジネスを展開する弁護士となった、とてもドラマチックな物語で、人の心を魅了せずにはいられない人物が、日本にはいます。

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 得がたいパートナーとの出会い

 多忙な弁護士業務をこなしながらも、英語の勉強だけは欠かしませんでした。3年後の1999年4月、ハーバード大学ロースクール ( 法律大学院 ) とニューヨーク大学ロースクールにそれぞれ合格。事務所の了承も得られ、その年の7月にハーバード大ロースクールに入学しました。

 私にはすでに強力な人生のパートナーができていました。
妻とは、法律事務所に入ってから知人の紹介で知り合いました。世にいうところの遠距離恋愛です。

 私の方から東海地方に住む彼女のもとへ行く時間がとれないため、いつも日帰りで東京まで来てもらい、2〜3時間会って食事をしながら話をして、東京駅で別れる。そんなデートを繰り返した後にゴールインしました。

 彼女には申し訳ないのですが、実は、あのデートはテストを兼ねていました。

 あまりにハードワークすぎて家庭を省みる余裕がないと、夫婦間の関係がうまくいかずに別居、離婚というパターンに陥ります。

 そこで、結婚相手を選ぶ場合のポイントとして、そういう生活に耐えられる女性を選ぶことにしました。妻は、私の仕事がとても忙しいこと、そのうえに英語の勉強をしている事情をよく理解してくれ、慌ただしいデートに不満を漏らすこともない女性でした。

 こうして、私には得がたい妻ができ、アメリカに2人で行きました。

 ちなみに、彼女は大学時代にアナウンサー志望で、放送界から転じて法曹界という、2人にしか通じないダジャレがあるくらいです。

 総額で1500万円! ニューヨーク大学留学を決めた妻のひとこと 

 1997年7月からのハーバード大学ロースクール留学にかかる費用は、所属する事務所が1部負担してくれました。

 1年後の6月に同ロースクールを無事に卒業しましたが、国際的な最新税法をどうしても学びたかった私は、同分野で全米一との評価の高いニューヨーク大学 ( NYU ) ロースクール国際租税法修士課程への留学にこだわりました。

 今度は2度目ですから、事務所に費用負担はしてもらえません。1年間の留学費だけでも600万円ほどかかります。それに住居費と生活費を考えればかなりの金額が必要です。

 それなりの生活をしようと思えば、総額で1500万円は優にかかります。

 「 どうしようか。1500万円くらいかかりそうなんだ。 」 

 「 あなたはどうしてもニューヨーク大学で1年間勉強したいんでしょう。それがあなたのキャリアとして生きてくるのだから、それこそ、あなたのいう自己投資よ。借りるほかないでしょう。 」 

 大学卒業後に背負った借金の話、完済までのいきさつもすべて妻には話していました。

 ” 自己投資 ” といってもらえたことで意を強くし、私は新たな借金を決意しました。5年間の返済生活で、私も打たれ強くなり、 「 1500万円くらい、すぐに返せるさ 」 と、考えることができる人間になっていたのです。

 ナポレオン・ヒルも書いているのですが、なにかピンチに陥ったとき、それを自分に課された 
 ” 試練 ” だと思えば、なんとかくぐり抜けようとする勇気が湧いてくるのです。
 
 アメリカの学生が実によく勉強することは、先に 『 日米資格4冠王の超スピード学習法 』 でも書いたとおりです。

 私には、さらにそこに言語の壁が立ちはだかっていたわけですから、生半可なことでは彼らに伍していけません。

 せっかくのニューヨーク生活なのに、夫は勉強ばかり。そんな状況にも妻はよく耐えてくれました。2001年6月、ニューヨーク大学ロースクール卒業。同時に、現地の大手国際法律事務所に入所し、ニューヨーク州の弁護士登録をしました。

 そんな時です、同時テロ事件が起きたのは。

     ( つづく ) 

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 引用 :  『 日米資格4冠王が教える 人10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング 』 内海英博著 ) 


 『 日米資格4冠王の超スピード学習法 』


 
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2011年07月29日

国際弁護士 (4) 逆境を生き抜き、人の10倍働くプロフェッショナル

 弁護士、公認会計士、ニューヨーク州弁護士、米国公認会計士資格をもつ内海氏は、弁護士キャリアを始めた頃の猛烈な経験を語る。
 
 いざ、弁護士事務所に!

 1996年4月、司法研修所を終了したあと、私は第一東京弁護士会に登録し、法律事務所に入所しました。

 そして、はじめて担当した案件がマスコミで、大和銀行巨額損失事件です。大和銀行事件は、1995年7月に発覚した、同行ニューヨーク支店のトレーダーが970億円に及ぶ損失を出した事件です。

 この事件では、アメリカの法律事務所と大和銀行の間で大和銀行側に立ち、おもに株主総会対策を担当しました。満開の桜のもと、私を待っていたのは、月平均350時間におよぶ過酷な仕事漬けの
毎日でした。

 もちろん、土日・祝日なんかありません。膨大な資料のなかから、重要な資料を効率よく見極めなければなりません。

 ひたすら、オフィスで朝10時から夜の零時過ぎまで、書類とにらめっこの日々です。まだ、独身時代。連日のプレッシャーのなかで、夜遅くに帰り、朝は食べず、10時にはオフィスへ。

 ランチは朝食兼用でコンビニのおにぎり二つとゆで卵、サラダ。それも、仕事の手を止めずに、資料と首っ引きになりながらの単なるエネルギー補給です。

 夜は夜で、同じようなコンビニメニュー。

 「 ああ、もうイヤだ! もう辞めてやる! 」 と思ったことが何度もありました。こんな生活の末、当時のアパートはオフィスからほんの10分という好条件だったにも拘わらず、体重が8キロも減りました。

 こんなことは、私の人生の中ではじめてのことでした。最低限の人間の欲望、寝たい、食べたいという欲求すら満たされていない生活でした。

 「 もうどうしようもない。このままでは本当に死んでしまう。どうしたらいいんだろう? 」

 ただ、そこで、どうにか踏ん張れたのは、
 「 高額の報酬を頂いているのだから。。。」

 「 借金地獄時代に比べればまだまだこのくらいのことは。。。」

 と自分に言い聞かせてきたことと、ナポレオンヒルの言葉、

 「 常に報酬以上のことをしなさい。 」
 
 ということをかろうじて噛み締められたからだと思います。

 必死にがんばった結果、運よく、パニック状態をくぐり抜けられました。

 これを読んでいる皆さんにも、 「 恋人にふられた。 」 とか、 「 多額の借金をした。 」 等、悲しみにうちひしがれている方もいると思いますが、覚えておいて頂きたいのは、

 「 苦しさはバネといっしょだ。 」
 ということです。スプリングは、グーっと押さえつけられれば押さえつけられるほど、反発力は高まります。

 「 ここでだめだ。 」 と思わずに、
 「 つらい経験をしなかったらわからないことを、今私は学べるんだ! 」 
と希望を胸に持って前に進んで行って頂きたいと思います。

 「 私はできるんだ! 」 

という自己暗示こそが大事です。自分の人生は、自分自身で決めることができるのです。

 ( 引用 : 『 日米資格4冠王が教える 人10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング 』 内海英博著 ) 


 『 日米資格4冠王の超スピード学習法 』


 
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2011年07月17日

国際弁護士 ( 3 ) 逆境を生き抜き、人の10倍働くプロフェッショナル

資格4冠王を目指した理由

 「 1993年10月、2回目の挑戦で司法試験に合格しました。 」 と、弁護士、公認会計士、ニューヨーク州弁護士、米国公認会計士資格をもつ内海氏は語る。

 以前の私ならそこでホッとしてダラけるところだったでしょうが、その翌日からすぐ英語の勉強を始めました。子供の頃に抱いた 「 世界中を飛び回る 」 という夢に立ち返り、国際派弁護士をめざそうと、そのときすでに心の中で決意していたのです。

 公認会計士と弁護士の資格を併せ持つ人は、希少価値はあるものの、何人もいます。そこに英語力が加わり、言葉の壁を取り払うことができれば、海外企業の日本進出、日本企業の海外展開などの仕事も自由にこなしていけるだろうと。

 原点に立ち返れば、夢はどんどん膨らんでいきます。弁護士資格をとっただけで満足するわけにはいきません。

 1994年4月、最高裁判所司法研修所に入所。2年間の司法修生生活のはじまりです。
司法研修所が東京都文京区湯島から埼玉県和光市に移っての第1期生となった私の下宿には、4畳半の部屋がいっぱいになるくらい、本があふれていました。

 法律書、英語の教材は当然として、当時読みあさったものに、いわゆる自己啓発本や心理学の本があります。欧米で古典とされている金言集的なものは、あらかた読んだと思います。期待はずれのものもたくさんありましたが、大いに勇気づけられ、参考になる本との出会いもありました。

 その中で一冊挙げよと言われれば、迷わず挙げたいのが、ナポレオン・ヒル著 『 THINK AND GROW RICH 』 です。直訳すれば ” 金持ちになるための本 ” と誤解されそうですが、そうではありません。その人が価値ありと考えた目標を、その人がもっている潜在能力を最大限活かして、達成するテクニックを教えてくれる本とでもいうべきものです。

 日本でも 『 成功哲学 』 あるいは 『 思考は現実化する 』 というタイトルで翻訳されています。お薦めしたいのは、オリジナル無削除編集版 ( ORIGINAL UNABRIDED EDITION )  の原書です。

 ナポレオンヒルは、なかなかの名文家で、英語の勉強にもなります。アメリカ留学中に現地の人たちに確認しましたが、この本を読んで成功したという人もたくさん出ている。世界的なベストセラーだということです。

 鉄鋼王として知られたアンドリュー・カーネギーがリストアップした500人の成功者 ( これから成功するであろう人も含めて ) に対し、新聞記者だったナポレオンヒルが20年もの歳月をかけてインタビューと追跡取材を敢行した結果、1937年にまとめたものです。

 さまざまな読み方のできる本ですが、私は、参考となる個所にポストイットを張り、日々繰り返し目を通すことで、自分の精神力強化に役立たせてもらいました。

 田舎育ちで、青年期まで変人扱いされていたという著者の境遇に共鳴したということも大きかったのですが、そこに書かれていることを自分なりに実践することで、夢実現にかける精神的持続力は確実に鍛えられました。そういう意味で、私にメンタルトレーニングの重要性を教えてくれたのは、ナポレオンヒルが半世紀以上前に著した 『 THINK AND GROW RICH 』 でした。

  ( 引用 『 日米資格4冠王が教える 人10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング 』 内海英博著 ) 

 


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2011年07月10日

国際弁護士 ( 2 ) 逆境を生き抜き、人の10倍働くプロフェッショナル

 ガードレールの手前でブレーキをかけ、車の中でぼろぼろ泣き崩れる内海氏。あんなに泣いたことは子供の頃以外にもなかったという。

涙には精神の浄化作用があるというが、まさにそのとおりで、後悔の念で後ろ向きに凝り固まっていた心がほぐれ、

 「 もう一度やり直そう 」 という気になったという。
そして、日増しに、 「 いまに見ていろ ! 」 と、逆境の底からふつふつと、ファイトが湧いてくるようになったという。

 『 よくいわれることですが、人間というのは本当に気のもちよう一つです。ピンチもチャンスに変えられるのだ、とこのとき身をもって痛感しました。 』 

 借金地獄のさなかにあった1991年2月、晴れて内海英博氏は公認会計士になる。監査法人に勤めて実務経験を3年積んで第3次試験に合格し、正式に公認会計士の資格が取得できたのである。

 ところが、

 『 このまま、いまの状況に甘んじていていいのか? 』 という気持ちが日増しに強まってきたという。

 まだ借金は返し終えておらず、帰宅してから夜中まで家庭教師のアルバイトを続けていたが、 演歌 『 生きてりゃいいさ 』 で救われて以降、ようやく目標に向かって努力するという姿勢を取り戻したわけである。

 企業の実務においては、税務・会計上の問題と、税法以外のさまざまな法律の問題が錯綜してくる ( 企業合併などがその典型 )。一つの問題を解決するために、税金と法律の両面から対策を検討していかなければならないことが多いが、公認会計士が関与できるのは税務・会計の領域のみ。

 資格の壁があって法律にからむ問題は、法律事務所に持ち込まれる。ならば、弁護士資格を取ってしまえばいい。そうすれば、1人で両面の仕事ができ、同じ資格をもっている者のなかで差別化もできるのではないか。。。

 『 よし、弁護士になろう。絶対になってやる 』 と内海氏は決意する。

 再起に向け、最初のターゲットを司法試験突破に置き、借金完済のメドがつきはじめた1992年から、司法試験の勉強を開始する。

 東京大学を卒業してすでに4年が経過していた。悠長に時間をかけて勉強はしておれない。時間は1分でも惜しい。勤務しながら勉強をするのは難しいと感じ、監査法人を正式に辞める。

 ちなみに当時は、現在の制度とは違って公認会計士試験と司法試験とで重なっている科目、内容はほとんどなかったという。

 本格的に勉強を開始してから2,3カ月後に受けた択一試験は合格。わずか数カ月でその年の司法試験論文試験に臨むが、さすがに難関といわれる試験であり、あえなく不合格。

 原因ははっきりしていた。勉強方法を間違えたのである。時間が足りないため丸暗記中心の詰め込み勉強をし、試験期間中も不眠不休状態。あとから考えれば ”自滅” だったという。

 脳細胞のフル回転を阻害するもの

 司法試験の問題は、基本的には法律知識そのものを問うものではなく、それらの知識を組み合わせてたうえでの判断力と表現力、論理展開の正当性を問うものである。

 それこそ脳細胞をフル回転させる必要がある。実に単純なことなのだが、睡眠不足ほどそれを邪魔するものはない。

 家庭教師で奔走していた当時、睡眠不足でもなんとかなったのは、頭の中の知識をただ単純にアウトプットすればよいだけだったからだ。

 脳細胞をフル回転させるほどのエネルギーは使っていなかったのに、そこのところを、
 「 睡眠時間を削りさえすればなんとでもなる 」 と勘違いしてしまったのである。

 同じ轍を踏まないため、不合格とわかった直後から勉強方法を根本的に切り替える。

 「 頭がすっきりするまで眠れるだけ眠る 」 => 「 そのうえで、ほかの生活時間を削って勉強時間を増やす 」

 これがいまでも内海氏の生活の基本パターンになっているという。

 論文試験の問題集やゼミの模範解答などから、これぞベスト!
 と思う箇所を切り取ったり転写したりしてB6サイズに統一してカード化し、ジャンル別にファイル化。そのカードに繰り返し目を通して、暗記ではなく理解に努める。

 そういう方法を取ると、 「 なぜそうなるのか? 」 という疑問がどんどん消えていく。不要になったカードは捨てていき、必要なものだけ残す。カードの枚数はどんどん減っていく。

 この勉強方式に変えてから、司法試験のための勉強が楽しくなったという。

 なによりも、明確に自分で打ちたてた目標に向かっての勉強なので、楽しさの度合いは愛光学園時代の比ではなかったという。

  ( 引用 『 日米資格4冠王が教える 人10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング 』 内海英博著 ) 


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2011年07月02日

国際弁護士 ( 1 ) 逆境を生き抜き、人の10倍働くプロフェッショナル

 日米資格の4冠王がいる、と知ったのは、たまたま会社に送りつけられてきたFAXのセミナー案内の講師欄を見たときだった。

 弁護士、公認会計士、ニューヨーク州弁護士、米国公認会計士の4つの資格を持ち、六本木ヒルズにある外国法律事務所で働く内海英博氏、そして年齢を見ると、自分と同世代。

 「 え〜っ !? こんな優秀な人間が同世代にいるの? 」 と、ビックリ。自分とて、4年前までは六本木ヒルズで働いていたから、ひょっとしたらすれ違ったこともあったかもしれない。
まずはそのきらびやかな経歴から。

 「 1987年、公認会計士2次試験合格。88年、東京大学法学部卒業、監査法人勤務。91年、公認会計士3次試験合格、93年、司法試験合格。96年、弁護士登録。

 大手国際法律事務所に入所。この間、日本最大の税務訴訟、日本初の上場廃止を伴う大規模株式公開買付、M&A等に従事。

 2000年ハーバードロースクール ( 法学修士 ) 卒業、2001年ニューヨーク大学 ( NYU ) ロースクール国際租税法課程卒業。

 同年よりニューヨークの大手法律事務所でREIT ( 不動産投資信託 )、税務案件、M&A、国際金融取引案件に従事。

 ニューヨーク州弁護士登録。2002年、米国公認会計士取得。 」

 すごい頭脳と経歴、そしてビジネスの世界での活躍の幅広さ。

 「 いったい神はなぜ、人をこんな不平等にお造りになったのか? 」 
と、自分の凡庸ぶりが悲しくなってくるではないか !!

 「 きっと生まれ落ちたときから頭の構造が違うにちがいない。銀のスプーンでもくわえて生まれてきたに違いない。 」 と、ジェラシーに身もだえしながら、氏の成功の秘密がどこに隠されているのか気になって仕方がない。

 早速、東京駅前にある大型書店、丸善本店に氏の本を買いに向かう。凄いのは、資格だけでなく、自己啓発本や金言集、ビジネス本を月に30冊も読み、世界で成功した人たちの共通項を書籍から探し出すという内海氏の向上心の凄さ。

 「 生死がかかっている 」 気持ちで集中する。 という氏のビジネスへ、スポーツ、自己啓発、そして東京と名古屋の遠距離恋愛を新幹線に乗って続けた末に結ばれた奥さまとのドラマチックな恋愛。。。すべてにおいての集中力。

 中でも、あっと驚いたのは、 ” 生まれおちたときからのエリート街道 ” との予想とはうらはらに、ジェットコースターのように起伏の激しい波乱万丈の人生である。

 「 内海さんとこのお兄ちゃんは東大へ入ったんやて。家庭教師で教えてもろた○○医院の息子さんは、京大の医学部に一発で入れたそうやて。たいしたもんやて。 」 と、周囲の羨望を一気にあびて、誇り高かった東大時代。

 家庭教師や塾でのアルバイトに重点をおいた学生時代を続けながら、公認会計士2次試験に合格し、卒業時点で預金残高が1000万円。監査法人の事務所に入所してからも、夜は家庭教師との二足のわらじという、変わった社会人1年生。

 そして卒業間もない頃から不運な経済的トラブルに見舞われ、自分自身の蓄えを吐き出して、1000万円を超す借金。

 そこから5年間は睡眠時間を4〜5時間に削り、借金返済のため夜間の家庭教師に奔走する毎日、土日も関係なく働き、身体を休められた日は1日もなかったという。

 生活費を切りつめるため、監査法人に勤めていたとはいえ、スーツは1着きりの着たきりすずめ。襟や袖口が擦り切れ、シミのついたワイシャツで、替えのネクタイを買う余裕もなく、バッグも、スーパーで買った安物を、ボロボロになるまで使うという日々。

 生活費を切り詰めるため、自宅から弁当持参で通勤し、家に帰ると

 「 今月の支払いはいくらだ? 」

 「 いついつまでに入金しろ! 」 というノンバンクからの督促電話の恐怖。

 打ちひしがれ、卑屈になり、慢性的な睡眠不足からくる朦朧とした頭で、

 「 自分みたいな人間が生きていたってしかたがない。このままガードレールに突っ込んで死んでしまおう 」 という衝動につき動かされ、車のアクセルを踏み込む。

 その時にカーラジオから聞こえてきた演歌が、河島英五の ” 生きていりゃいいさ ”。

 ” 生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ

   そうさ生きてりゃいいのさ

   喜びも悲しみも 立ちどまりはしない

   めぐりめぐって行くのさ ”

 独特のだみ声で朴訥に歌うフレーズが、打ちひしがれた心にストンと響き、ガードレールの直前でブレーキをかけ、車の中でぼろぼろと泣き崩れる。

 そして、内海英博の破竹の大進撃がはじまるのである。

 「 同世代にこんな凄い人間がいるのか 」 と、感動を与えてくれる人だ。

            ( つづく )

   ( 引用 『 日米資格4冠王が教える 人10倍仕事をやり抜くメンタルトレーニング 』 内海英博著 ) 

 

 



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