2017年01月01日

ゴールドマン・サックス証券 (29) マンハッタン

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 −  マンハッタン 

 日本航空のニューヨーク便に乗る2001年11月2日、成田空港のサクラ・ラウンジで、ユミ子とワシは、ただで飲めるシャンペンをひたすら飲みながら談笑していた。愛知県豊田市の県立高校を出て、慶應大学経済学部に進学したユミ子は、新卒で大阪市安土町に本社のあるN村証券の経済調査部門に就職し、得意だった数学の才能を駆使し、微分積分を活用しながらアメリカ経済の6か月先、日本経済の6か月先、世界経済の2年後、3年後の姿を占う仕事をしていた。

 ワシとユミ子が赤坂アークヒルズにあった、ゴールドマン・サックス証券の東京オフィスでランチをするときには、 『 世界経済の6か月先はどうなるか? 日本経済の6か月先はどうなるか?』 という熱い話題で1時間があっという間に過ぎた。

 ユミ子は、勝気な性格がわざわいしてか、時として相手に対してAggressive (戦闘的な勤労姿勢) が前面に出て、お世辞にも、社交性があるとは言えなかった。
 要するに、典型的な外資系金融女子だったのだ。。。
 
 「ヒデキさん! 先週わたしは、上司の女性から 『あなたは女性であることを忘れなさい! 自分の全身全霊をすべて仕事に打ち込みなさい。』 と言われてショックだったの。 」

 と愚痴をこぼす彼女は、JALのサクラ・ラウンジに入ってくるときには鬼平犯科帳の単行本を手にしていた。
 「なんで君みたいな綺麗な女性がそんなオヤジ臭い小説を読んでいるの?(笑)。」 と笑ったワシだが、彼女は世の古今東西すべてに好奇心を持つ、知的な女性だったのだ。

 米国投資銀行で生き残るのはハンパない。60歳まで雇用が安定して保たれている日本企業と違い、次の4つの条件に引っかかってしまうと。。。 ここから先はメルマガ ”熱血日記” を購読してお楽しみ下さい。

 http://www.mag2.com/m/0001646353.html


 【 決別 ゴールドマン・サックス 】
posted by ヒデキ at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 外資系証券 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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