2016年09月18日

ヒラリー・クリントンとゴールドマン・サックス(2)

 先輩はゴールドマン・サックス日本のネットワークを通じて、 面白い話を聞いたと話してくれました。

NYC(ニューヨーク市)で行われた経済カンファレンスに招待されたヒラリー・クリントン氏が登壇すると、

「今回の大統領選挙で私が選ばれたら、新しいキャビネットは強力な布陣を敷きたい。


 財務長官にはゴールドマン・サックス出身者を任命してアメリカの経済をガッチリ守ってもらいたいと考えている。 」

 とスピーチしたそうです。もともと、米国投資銀行(ペーパーマネーの総合商社)のトップ級であるゴールドマンからは米国政府、財務長官等の主要閣僚に次々と人材が引き抜かれ、財界と政界のRevolving Door (回転ドア) と呼ばれていました。

 債券・為替・商品取引部門のヘッドで、M&Aのサヤ取りで(買収される側の企業の株を大量に買い建て、買収する側の企業の株を大量に空売りして、買収が完了したときに反対売買して利ざやを抜く)頭角を表したロバート・ルービン氏は、第72代米国財務長官に引き抜かれ、ビル・クリントン大統領の下で90年代のアメリカ経済を引っ張りました。

 同時期にゴールドマン・サックスのCEOを務めてその後失脚したジョン・コーザイン氏はマサチューセッツ州知事になります。

 ジョン・コーザイン会長の後にCEOになったヘンリー・ポールソン会長は、ジョージ・ブッシュ政権時代にリーマン・ショックを救うために共和党政権から引き抜かれました。

 ハーバード・ビジネススクール(経営大学院) を出て、アメフト部の主将を務めたヘンリーは、ゴツい体躯に、眼から鼻に抜けるような機転の速さが郡を抜いていました。

 彼がゴールドマンの東京支店に出張した時、僕は赤坂アークヒルズのオフィスで行われたタウンホール・ミーティングで、最前列に並び、ヘンリー・ポールソンの登場を待っていました。ヘンリーは、長身で眼鏡をかけ、顔はどこか田舎じみた人間味のある風格が出ていました。

 そして、ズボンの後ろポケットにはタオルをだらしなくぶら下げていました。投資銀行の本社会長というよりも、新潟県南魚沼郡の建設会社の社長さんと言ったほうが似合います。

 彼は、Eメールの全盛時代にもコミュニケーションの手段としてEメールに頼ることなく、四六時中、朝から深夜まで用があるたびに会社の部下に電話を掛けることで有名でした。オーソドックスなコミュニケーションを重視して、会社を引っ張っていきました。

 そんな彼に。。。 この先はメルマガ ”熱血日記” を購読してお楽しみくださいね。
http://www.mag2.com/m/0001646353.html


【 ヘンリー・ポールソン回顧録 】



 【 史上最大のぼろ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか】
 − 年収6,000億円とウォール街の過去最高を記録したジョンはリーマンショックを見抜いた。
こちらはヘンリー・ポールソンではありません! ヘッジファンドの王者です。




posted by ヒデキ at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 外資系証券 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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