2015年06月07日

元気の出る言葉 (195)

「若くして亡くなった者の分まで生きる」 

 − ブログ著者、ヒデキの言葉

 今日は涙なしには語れないお話をします。同僚から聞いた実話です
 愛知県名古屋市に住む咲ちゃんという小学生が、わずか4歳のときに白血病にかかっちゃったんです。3つ年上のお姉ちゃんと、優しいお父さん、お母さんの4人家族でした。
 
 闘病生活を強いられて、一回目の入院は名古屋で、母親が仕事を長期間にわたり休職し、病院で付きっきりで看病しました。一度は回復したのですが、ガンは幼い子にとっては発達も早く、そうそう簡単に治る病気でもなく、再発してまた入院することになったんです。

 二度目の入院は東京で、今度はお父様が会社を休職して、親戚の家に寝泊まりして付きっきりで看病しました。新幹線の往復だけで百万円もして、咲ちゃん名義の医療保険に入っていたから負担は少かったのですが、保険に入っていなかったら破産するくらいの費用が掛かったそうです。

 咲ちゃんは頑張って、つらい手術にも耐えたんだけど、2度目の入院生活が終わる頃、医師から 「もう手の施しようが無い。」 と言われたそうです。そして、お父さんが 「咲ちゃん、何が一番したい?」って聞いたら「お家に帰りたい」って言ったんだそうです。

 治療をあきらめて、咲ちゃんの最後の日々を自宅で送ることに決め、咲ちゃんは最後の体力をふりしぼり、車椅子に乗って小学校にも通い、大好きだった切り絵もたくさんこしらえたそうです。

 そんなある日、夜も更けたころ、呼吸が苦しくなり、ふだんは冷静沈着だった咲ちゃんが、珍しく声を荒げてお父さんに「救急車を呼んで」って言って病院に運ばれました。そしてその翌日に、天国に旅立ちました。

 この話を聞いて、涙を流しました。わずか10才であの世に召されてしまった女の子。そして咲ちゃんを支え続けた家族愛。

僕らはその何倍も生きているわけです。この世に生きることのできる幸せさを、ちゃんと分かっているのかなって。分かっていなかったら、咲ちゃんに申し訳ないって思いました。

 僕は幸いにして健康だからそう感じましが、病を患っている人は、また違う考えを持つかもしれません。

 でも、一回しかない人生だから、楽しいことも、辛いことも、全部受け止めて、その上で自分のしたいこと、楽しいことを追求して、充実した人生を送るべきだと思いました。

 私たちは、仕事で疲れれば 「会社がこき使う」 と文句を言い、先輩や友人からけなされれば落ち込み、理不尽な扱いを受ければパワハラだのセクハラだのと騒いで自分の権利を主張します。

 ところが、そんな日常も、咲ちゃんのように若くして亡くなった者の人生を想えば、取るに足らない些末なことなのです。

私たちの人生にとって、唯一絶対に正しいのは、 「今この瞬間に、自分は生きている」 という事実ではないのでしょうか?

 その生かされる喜びを感じることなく、仕事に疲れただの、人間関係に不満だの、タラタラ愚痴をこぼすのなど、ぜいたく以外の何物でもないと思います。

 若くして亡くなった者の4倍も5倍も生きている以上、毎日毎日を全力投球して生き生きと生きるべきではないでしょうか。

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posted by ヒデキ at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 元気の出る言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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