2015年04月04日

社員を熱狂的なヤル気にさせる (2)

  外資系企業の日本支社長を3社務めた 
  『ジャイロ経営が社員のヤル気に火をつける』 の著者、秋元征紘氏が、グローバル企業の経営を通じて社員を熱狂的なヤル気にさせる仕組みを語ります。メルマガ ”熱血日記” 4月5日号で配信しました!

 

『   “人は感情の生き物である”

 「まず原点に戻ってから、新しいことを始めなさい」 (Back to basics and start a new) と訴えたカーネル・サンダース。

 日本には1972年から1980年の間に3回訪れたが、89歳という高齢をおして来日を果たしたサンダースは、 「We are No.1」 と書かれた真っ赤なジャンパーをはおり、サンダースとおそろいのストリングタイを結んだ大勢の若者と接した。

 足腰の衰えから車椅子での移動を余儀なくされたサンダースは、長旅の疲れもあり、会場に入るまではまるで元気がなかった。ところが、大勢の若手社員を前にしたとたんに頬に赤みがさし、これ以上はないという笑顔で、社員一人一人と力強い握手を始めた。

 サンダースはKFCというブランドを心から愛し、「おいしさで幸せを届ける」 というミッションを創業から30年近いときを経ても真摯に追い求め、それを自らの言動で示すカリスマだった。

 だからこそ社員たちは共感し、自らの仕事に対するパッションをも燃やすようになったのである。

 実はサンダースには、まったく違う別の顔があった。マネジメント層に対しては、まるで鬼教官のようなきわめて厳しい態度で接していた。コミットメントの引き出し方は、階層や社員のタイプによって異なることを彼は熟知していたのだ。

  “3人の企業家 − リーダーシップの真髄”

 − 「ビッグ・アイデア」 の創造者、ロジャー・エンリコ
 “すべては優れたアイデアから始まる”

 変化する環境のなかでミッションを見失わず、外からの力や変革の過程で生じる内部のぶれを慣性力によって修正し、成長しつづけるジャイロ経営。
  
 ヘリコプターのジャイロが高速回転することで持続的であろうとするその中心には企業家が存在し、徹底的に絞り込まれた戦略と強い求心力で社員のパッションに火をつけ、勝利へ向けて組織を導いていく。

 ロジャー・エンリコ、フィル・ナイト、ベルナール・アルノーの3人の企業家を通して、ジャイロ経営に必要なリーダーシップについて話そう。

 1983年からペプシコの社長を務め、アメリカを代表するコカ・コーラを追撃し、シェア争いで首位を奪取することに成功したロジャー・エンリコは、まさにアイデア力の権化とでも言うべき企業家である。

 既成概念にとらわれないひらめきとずば抜けた行動力で、ペプシコの新たな成長のプラットフォームを築き上げたのである。

 私が彼に会ったとき、エンリコの名前はすでにビジネス界で鳴り響いていた。1983年に若干38歳でペプシ・コーラの社長に就任すると、その数か月後には、500万ドルという史上最高の出演料で、エンリコが言うところの

 「高い声で歌い、後ずさりしながら踊る、才能にあふれた内気な若者」、マイケル・ジャクソンとのコマーシャル契約を結んだのだ。彼と彼の兄弟から成るジャクソンズを2つのコマーシャルに“”出演させ、彼らが全米で行う 「ビクトリー・ツアー」 のスポンサーになり、記者会見に出席させる権利を500万ドル (約5億円) で買ったのである。

 ローリング・ストーンズの契約が50万ドルと言われていたこの時代に、この金額はあまりにも法外だった。社内外でも物議をかもした。 

 「たかがロック・ミュージックに500万ドルとは、頭がおかしくなったのではないか?」 とも言われた。しかし、彼は自信を持って、なぜマイケル・ジャクソンが必要なのか、どうして500万ドルもつぎ込む価値があったのかを説いて回った。

 
 音楽でコーラが売れるとは、それまで誰が考えただろうか。エンリコが発想し、会長のケンドールがゴーサインを出したビッグ・アイデアの結果は大成功だった。長年のライバルだったコカ・コーラを抜き去ったのだから。

 エンリコの理論は、 「コーラは砂糖水に過ぎない」 だった。そうであれば、理屈やナショナリズムに訴えるのではなく、音楽を身体で感じて楽しむように、コーラを味わってほしいと考えたのだ。

 エンリコが日本に来日した際にも、彼のアイデアは次から次へと湧いてきた。中には首をひねるような奇抜なものもあったが、前職でペプシコの子会社の代表として駐在していたこともあり、日本の清涼飲料業界やマーケットに通じていた。

 いかにもイタリア系らしく、生き生きとした表情に大きな身振りを添えて話すエンリコの様子からは、他のペプシコーラの経営陣にありがちな権威主義的な雰囲気はいっさい感じられなかった。

 挑戦者のイメージがあるペプシコだが、長い歴史を持つアメリカを代表する企業だけあり、幹部社員の多くはアイビーリーグ出身のMBA保持者で、官僚的な組織風土を持っていた。

 戦略系コンサルティング・ファームや有名メーカーでキャリアを積んだ彼らは、頭脳明晰ではあるが発想が貧困で、どこどこのビジネス・スクールで学んだ理論を持ち出しては延々と議論することを好んだ。

 そんな中、エンリコは会長のケンドールと同様に、ペプシ・コーラを小さな会社のように行動する大企業にしようとしていた。

 “ほとばしる意志の生命力”

 アイデアは神のお告げによって与えられるものではない。自信の口癖でもあった 「ビッグ・アイデア」 を軽々と思いついていたように見えたエンリコも、自然にアイデアが湧き出る泉を持っていたわけではなく、自らの努力によって生み出していたのだ。

 「世間をあっと言わせること」 が大好きだったエンリコは、そのためには何よりも自分自身を驚かせることが必要だと考えていた。

 「そのためには毎朝、どんなことでも、やればできる、という気持ちで出社しなければならない。そういう心がけで仕事をしてみると、いかに独創的になれるか、そして、いかに楽しめるか。まさに驚くばかりである。」 と述べている。

 彼が社長室に。。。 』
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 (引用:  『ジャイロ経営が社員のヤル気に火をつける』)
posted by ヒデキ at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | MBAの知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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