2014年11月08日

伝説の経営者たち マーク・ザッカ−バーグ (3)Facebook創業者 

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 “不自由な安定より自由な不安定にチャンスがある”

 とにかく平凡人は「大企業のほうが」 とか 「安定した市場だから」 と、わざわざ壁だらけの方向をめざしがちだ。そして壁との苦闘でほとんどの精力を使い果たして仕事人生を終えてしまう。

 成功者たちの考え方は逆だ。大企業に縛り上げられるよりも自分で起業したほうが楽だし、強力な競争相手がひしめく安定市場よりも未知の市場にいち早く参入したほうが早く大きく勝てると知っている。

 何より、そのほうが自由な人生を送れるではないか。ザッカ−バーグは、その代表だ。

 「僕のゴールは、職を得ることじゃない。クールなものを創ることだ。それから、誰かに何かしろと時間の枠をかけられないこと。それこそが僕の求めているぜいたくなのさ。」

 「そのうち、徐々にお金儲けもできるようになると思うんだ。」

 まさに理想だ。自分の “約束の地” を見つけ、開拓に成功した者だけが言える言葉である。約束の地とは聖書の言葉ではなく、それぞれに与えられた運や才能といった意味だ。新たな市場やニッチ市場に出会う時代性も意味する。

 もちろん、ザッカ−バーグは、人一倍恵まれてもいる。その一つが、ハーバード大生だったことだ。フェイスブックは当初、ハーバード大学のメールアドレス@harvard.edu を持っていなければ登録できなかった。超エリート校の学生のみに開かれた会員制SNSだったのだ。

 ザッカ−バーグはこの最強のSNSを、まずハーバード大学が属するアイビーリーグに広げ、それから他の名門大学へと拡大していく。フェイスブックが全米の大学生があこがれるブランドになるのは当然だった。

 しかもフェイスブックは、運用する大学を安易に追加しなかった。正式運用を開始していない大学の学生で登録を試みる者は、まず待機リストに登録された。その割合が全学生の20%を超えると、やっとその大学を運用対象に加えた。

 拡大を急がず、飢餓感を煽ったのである。

 “大事なのは、適時であることだ”

 どれほどすぐれた才能の持ち主も、成功するには運が必要だ。早すぎた天才や、遅れてきた天才は悲劇にすぎない。その点、ザッカ−バーグがSNSに参入したのは、まさに絶好のタイミングだったと言える。

 SNSそのものは、すでに新市場ではなかった。だから、フェイスブックのユーザーが500万人に届こうかという頃でさえ、ザッカ−バーグはファイル共有ソフトのワイヤーホグのほうに多くの時間を割いていた。

 テクノロジーの天才である彼にとって、SNSのように一般化しつつある技術より、新しい試みであるワイヤーホグのほうがずっと面白かった。

 では、なぜ最終的にザッカ−バーグはフェイスブックに専念したのだろうか。時代の要請が大きかったからだ。今日のようなSNSは、1997年にアンドリュー・ワインライクの手により “シックスディグリーズ” として誕生した。

 ところがその当時は、ヤフーやMSNなどのポータルサイトの全盛時代で、人々の意識はまだSNSに向いていなかった。テクノロジーの世界ではスピードが至上命題だが、それでも、早すぎては時代が追いついてくれないのだ。

 “「ない」ものを探す前に、「ある」 ものを見逃すな ”

 フェイスブックは、過去の遺産に十分に学ぶことができた。フレンドスターが、2,000万人にまでユーザーを増やしながらサーバーが追いつかずに衰退したことを踏まえた。運用する大学を安易に増やさなかったのは、ブランド戦略とともにサーバーの容量問題もあったのだ。

 また、フレンドスターや、急速にユーザーを伸ばしていたマイスペースが匿名主義だったのに対し、「実名主義」 を掲げた。匿名はナンデモアリが当たり前だったインターネットに、実名で顔写真つき、かつ事実のみを記入するという文化を持ち込む。

 シックスディグリーズからマイスペースに至る流れのなかで、実名主義が受け入れられる土壌が生まれ始めていたのである。人々はインターネットに信頼を求めはじめていた。

 変化はフェイスブックが誕生したときから起きたと同時に、社会が受け入れたから起きたのだと言える。
「僕たちがつくりだしたのではない。社会がやがて受け入れていったのだ。」

時代の流れがすべてである。 流れに逆らうと、早すぎても、遅すぎても拒否されてしまう。

  革命は一人の天才の手で始まるとしても、それだけではなしとげられない。受け入れる土壌がかもされていてこそ実現できるのだ。そして革命後も、どんな指導者といえども時代の流れに従って生きていくほかはない。

 流れに従うためには、絶えざる変化が必要である。安住はない。そう覚悟する者だけが世界を変えていく。安住して幸福を得る道は、決して悪くない。そちらを最善とする価値観がむしろ主流である。ただ、安住しながら世界を変えようとするのは間違いだ。

 運不運とは、道を歩いていてお金を拾うといったことではない。それは偶然にすぎない。大切なのは落ちているお金を見逃さないことなのだ。

 “考えすぎずに着手するから考え深くなれるのだ”

 ザッカ−バーグは、インターネットを活用した小さなサービスをつくることを早くから趣味にしていた。ハーバード大時代、こんな話をしている。

 「僕は何かつくっても、半分は誰にも見せないんだ。夜中に5時間プログラミングをして何かクールなものをつくることができたら、一部の友人には話すけど、あとの連中は何も知らないってわけさ。」

このように厳選されて表に出たサービスの多くは、人々を魅了した。それは、誰もが欲していながら、
「バカバカしい」 「誰もやっていない」 「問題がある」 などの理由で実現していなかったことをかなえるものだったからである。

 2003年に開発したコースマッチがそうだった。ある講義を受講する受講生の一覧がわかり、逆に、ある学生をクリックすると、取っている講義の一覧があらわれるソフトだった。たちまち指示された。

 たとえば、ある講義にノックアウトされそうな美人学生がいたとする。コースマッチを使えば、彼女がほかにどんな講義を取っているかがすぐわかり、学生にとっては彼女と仲良くなるチャンスがいとも簡単に手に入ったのだ。

 コースマッチの成功でザッカ−バーグは、人々の欲望を正当な手段で実現すれば支持されるという確信を深めただろう。しかし同じ年に、好きな女子学生に振られて激しく落ち込んでつくったフェイスマッシュはやり過ぎだった。

 それは、ハッキング (他人のコンピュータへの不正な侵入) で入手した学生の写真をアップし、二人の顔を並べて、どちらがホットかを投票するソフトだった。ホットと判定された学生は、さらにホットな学生と対決していく。こうして誰が一番ホットかを決める。

 爆発的に広まった。だが、ハーバード大学の品位をおとしめるとして、フェミニスト団体は抗議をし、ザッカ−バーグと、手助けした学生たちは、査問委員会から呼び出しを受け、謹慎処分を言い渡される。フェミニスト団体にも謝罪するはめになった。

 そういう混乱はあったものの、コースマッチもフェイスマッシュも、学生の社交生活を楽しくするものとして、学生から指示された。

 こうしてザッカ−バーグは、インターネットによって人と人をつないだり、お互いをよりよく知ることの重要さを強く意識していく。

 「こんなサイトを立ち上げたのは確かにバカげていたかもしれない。けれど、いずれにしろ誰かがやらなくてはいけないことだった。」

 (つづく)

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【 引用: マーク・ザッカ-バーグ 史上最速の仕事術 】


posted by ヒデキ at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説の経営者たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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