2014年10月11日

ハングリー (4) 日本の富豪にのぼりつめた人たち

  都道府県別でそれぞれ最も高額な年収を稼いだ人たちのプロフィールを、過去からさかのぼって紹介します。文字通り裸一貫からのし上がって来た事業家のドラマ。富豪に上りつめた人たちに共通するのは、派手な経歴でも学歴でもない、 ”ハングリーさ” でした。

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 親が誰なのか知らない」孤児院育ち、CoCo壱番屋創業者の壮絶半生


 「戸籍上は石川県生まれですが、両親が誰なのかわかりません。兵庫の孤児院で育ち、3歳の時に雑貨商を営む夫婦に引き取られました。ところが養父がギャンブル(競輪)にはまって財産をなくし、夜逃げするように岡山に移ったんです」

  こう語るのは、名古屋から生まれた「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者・宗次徳二(63歳)である。「壱番屋」は国内に1229店舗を展開し売り上げは721億円になる。彼の半生は壮絶である。電気も水道もない生活が何年も続いた。

 泣いている暇もなく、学校から帰ると養父の帰りを待ちながら、ローソクの灯りで掃除や炊事をするのが仕事だった。だが、そんな養父だが、嫌いにはならなかったという。

 「大好きでした。年に一度だけ、職安でもらう年末一時金で私の大好きなリンゴを二つ、お土産に買ってきてくれる。あのリンゴの味は格別でした」

宗次はほぼ毎日、名古屋・栄の街を早朝掃除する。「お金を自分のために使うのは恥ずかしくてできない」という。時計は9800円、シャツは980円で、自宅は接待用に少し大きなものを建てたのだが、「それも恥ずかしいこと」だと話す。

 宗次のたどった半生は、生半可なものではなかった。

 1948年、石川県生まれとされるが両親は不明。生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられ、3歳のときに雑貨商の養子にとなる。養父が競輪やパチンコなどのギャンブル好きで生活が不安定だったことから、15歳まで生活保護を受けて生活し、岡山県玉野市など各地の廃屋を転々とした。養父に愛想を尽かした養母は失踪。

 養父と2人で、電気や水道を引くこともできず、ろうそくで明かりを得、雑草を抜いて食べるほど困窮した生活を送る。8歳のときに居場所が判明した養母を頼り、養母が住む名古屋市の四畳半のアパートに家族3人で住むが、すぐに養母は家を出た。

 暴力を振るう厳しい父と2人で暮らし、パチンコ店でこぼれ玉やシケモク(煙草の吸殻)を集めるなどして生計を助けていた。吸殻を拾わなかったり、掃除を怠ると、養父から全裸にされほうきで殴られるなどの虐待を受けた。15歳のときに養父が胃癌のため死去し、養母と同居するようになる。

 朝5時半の始発電車に乗り、登校前に同級生の父が経営する豆腐屋でアルバイトしながら学費、生活費などを稼ぎ、1967年3月に愛知県立小牧高等学校商業科を卒業。翌4月に新聞広告を出していた八洲開発株式会社に応募し、入社する。

 1970年2月に大和ハウス工業株式会社名古屋支店に転職後、同僚の直美(のちに株式会社壱番屋社長・会長・相談役、世界優秀女性起業家賞受賞)と結婚。結婚2年後に独立し、1973年に自宅1階に不動産仲介会社の岩倉沿線土地を開業した。

 不動産業の収入が不安定だったことから、妻と相談し、1974年にCoCo壱番屋の前身となる喫茶店「バッカス」を名古屋市西区内に開業した。

 オープン初日に手伝いに入った際、喫茶店が天職であると感銘を受け、不動産業の廃業を決意。のち岩倉沿線土地を廃業(当初は現金収入を増やすために兼業でやるつもりであった飲食店業に専念したくなったため)。2号店となる珈琲専門店「浮野亭」を開業。

 1978年にカレーハウスCoCo壱番屋を創業、愛知県西枇杷島町に1号店を出店する。10ヶ月後に2店の喫茶店を処分。自転車操業が続いたが、新店舗開業などのため尾西信用金庫から借り入れた100万円のうち、20万円は社会福祉協議会や町役場に匿名で寄付した。

 1982年には既に売上が3億円を超えており、株式会社壱番屋を設立し代表取締役社長に就任、1998年には500店出店を機に妻・直美と社長を交代し、自身は代表取締役会長となった。

 2002年には代表権のない創業者特別顧問に退き、19歳のときにアルバイトとして入社した浜島俊哉副社長を社長に就かせた。役員からも退任し、経営から引退した。社交的な妻とは対照的に、引退するまで友人を一人も作らず、3、4時間の睡眠時間で、仕事に専念したという。

 経営の一線を退いてからは、2003年に音楽やスポーツの振興、福祉施設やホームレスへの支援などのためNPO法人イエロー・エンジェルを設立し理事長に就任。クラシック音楽好きであり、 2007年にはクラシック音楽の普及を目的として、私財を擲って宗次ホールを建設、2012年に1月名古屋市芸術奨励賞を受賞した。

 宗次直美は言う。

 「 独立希望者に教え込むのは、私たちが飲食業を始めたときに何をしたか、どのような気配りをしたかということです。私は、宇宙人でなく人間です。だから、私にできたことはあなたにもできる。それを継続できるかできないかが問題なのです。」

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posted by ヒデキ at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説の経営者たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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