2014年08月03日

“日本を爆発させる大ボラのすすめ” ソフトバンク 孫正義社長

【 連載記事 「伝説の経営者たち」 に掲載します。世界各国で伝説となった経営者たちの素描を描いています。 】

 「 挑戦しないで逃げるのは卑怯だ 」 

 と言ったのはセブン・アンド・アイ・グループの伊藤雅俊会長だが、挑戦しまくって不可能を可能にしてしまった現代日本経済の盟主がいる。ソフトバンクの創業者、孫正義だ。

 ドコモ超え、電波、太陽光発電事業と、次々と不可能に思える事業に参入し、ことごとく実現したのが孫正義だ。

 @ 佐賀県の小学生時代に、 「今日はもうひとつ、大ボラを吹いてみたい。僕は大人になって事業家になったら、球団くらい持たなあかん。」 と、わずか10歳たらずでホラを吹いたのが事のなれそめ。

 ところがそれをソフトバンク・ホークス(福岡市) で実現している。

 また、22歳のときにUCB (カリフォルニア大学バークレイ校) から帰国し、福岡市で4畳半のアパートを借りて起業したときに雇った大学生2人の前で、ミカン箱の上に立ち、

 A 「俺たちの会社は将来、売上を豆腐のように1兆円、2兆円と考えるようになりたい。」

 とホラを吹き、 「この人は頭がおかしい。」 と思ったバイト生が翌日、会社を辞めていった。

 その後、2005年にソフトバンクの売上高は1兆円を突破する。

 B 「 利益で1兆円、2兆円と数えるようになりたい。」 と吹いた大ボラ。
2004年の株主総会で語ったこのホラは、誰も信じる人間がいなかった。それもそのはず、当時の純利益で1兆円を超えていた企業はトヨタとNTTの2社しかなかったからだ。

しかも、この大ぼらは、ソフトバンクが赤字続きのときに語っていたのである。
ところが、そんな夢物語も達成してしまう。NTTが118年かかって達成した純利益1兆円、トヨタ自動車が65年かかって達成した1兆円を、ソフトバンクはわずか33年で達成したのだ。

 この頃、孫正義は
 「 国内で2位か3位かという議論はどうでも良い。いずれトヨタさんを抜いて日本一になる。」

「 300年間、生き残るのではなく、成長し続ける。」

 と、またまた夢のような話をしている。

 崖っぷちを自転車で走っていると危険だ。コロッと落ちて死んでしまうかもしれない。ところが、孫正義は、それをずっと続けていれば、上手くなるというのである。

 「その頃は、ドコモは我々の10倍以上の規模だった。」 だがあえて挑戦したのだと言う。目標設定と遂行にはコツがあり、それが大ボラなのだと言う。

「言葉にする方が大きい。言わない方が楽。だから、無謀な夢は言ってしまった方が実現する。」 のだそうだ。

ソフトバンクのマスタープランはとどまるところがない。

「 少なくとも10数カ所のメガソーラーを作り、国内で200メガワット分の太陽光発電を実現する。2万4千世帯分の電力を発電する。 」 と、新たな野望にも着手している。

その一つがアジア・スーパーグリッド構想である。日本とモンゴルを結べば、アジアの電力問題は解決するのだと言う。そのために孫はマスタープラン (基本計画) づくりに余念がない。

「 ソフトバンクをあと100倍大きくする。 」 遠くに願望や目標があり、
「 それだけ情報産業は大きい。ものすごく大きい。」  と、自信をのぞかせる。

 実は、ソフトバンクの次なる戦略は、グーグルと二つにかち合う新技術にある。

 ( つづく) 
 
 【 志高く − 孫正義正伝 】



【 今週のお勧めアルバム “So Far ” Rasmus Faber
モダンジャズとポップスの融合した軽快なのり。倦怠感を吹き飛ばし、絶好調に向かうリズム 】

 
posted by ヒデキ at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝説の経営者たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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