2016年10月23日

歴史と人間に学ぶ戦略論 (3)

 『戦争論』 クラウゼヴィッツの思考形成プロセス

戦争論.jpg

 − 人生に勝つ! ビジネスに勝つ! “戦略論” について連載でお伝えしています。歴史や重大人物の去来について振り返ってみると、ビジネスの戦略に大きな知恵をさずかることができるでしょう。

 “プロに勝ったナポレオン軍”
 1815年、当時ナポレオンに勝てる戦法といえば世界最高のものである。クラウゼヴィッツは絶対の自信をもって 『戦争論』 の筆をとり、哲学的思考を駆使し、彼の研究と経験を普遍的な兵学として定着させた。

 『戦争論』 の主張を要約すると、次の8つである。

1.戦争はほかの手段を持ってする政治の継続にすぎない。政治は軍事に優先する。戦争は政治目的達成の手段である。
2.戦争には理論化できない部分がある。しかし、事実にもとづいて、できるだけ理論家を推し進めておかねばならない。
3.戦争には、敵の戦闘力撃滅を企図するものと、敵国領土の占領を企図するものの2種類がある。
4.軍の戦略は、これを指揮する将帥の精神力によって決まる。
5.流血をいとうものは、これをいとわないものによって必ず征服される。
6.まず敵の野戦軍をせん滅してから、その首都を占領せよ。(目的はパリ。目標はフランス軍、まずフランス軍を撃破してからパリを狙え)
7.共通の目標をかかげるだけで、具体的行動については統制しない訓令戦法
8.防御は攻撃よりも堅固な戦闘方式である。

 クラウゼヴィッツは、1780年、プロイセン(ドイツ)のマグデブルグ近郊に生まれた。父は退役陸軍中尉である。貧困で正規の将校教育を受けることができず、12歳でポツダム連隊に入って旗手となり、フランス革命戦争で初陣をかざった。

 1806年、クラウゼヴィッツはアウグスト王子に従ってイエナ会議に参加、故郷の地でさんざんに負け、フランスで捕虜生活を送る。

 彼はこの間じっくりと考えた。 「なぜ、ナポレオンの素人軍が勝ち、なぜフリートリッヒ大王いらいの伝統を誇るプロのドイツ軍が惨敗したか」 と。

 このように 『戦争論』 は、クラウゼヴィッツが戦史と歴戦の経験に基づき。。。
 ここから先はメルマガ ”熱血日記” を購読してお楽しみ下さい!
http://www.mag2.com/m/0001646353.html

【 戦争論(上) − カール・フォン・クラウゼヴィッツ 】


posted by ヒデキ at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | MBAの知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

起業のアイデア1000本ノック (47)

日吉 住宅地.JPG

 − 首都圏直下型地震の発生に備えて、首都圏の空き家を食料・水の備蓄基地にする

 本日、鳥取県で震度6の地震が起きました。鳥取県でこれだけの規模の地震が起きたのは過去2回目だそうです。地震の活発期に入ったのがはっきりと感じられます。

 首都圏直下型地震は、むこう30年間の発生確率が70%だそうです。70%ということは、はずれる確率が30%ですから、発生する可能性のほうが余程高いのです。

 東京都庁は、いざ、首都圏直下型地震が起きたときには最低3日分の食料・水を企業と家庭で備蓄するようにと指南していますが、僕は甘すぎると思います。

 首都圏直下型地震がおきると、新幹線、在来線、高速道路、主要国道、港、空港と、全部止まってしまうので、東京近郊に食料や電力・ガス、水を供給するライフラインがすくなくとも3週間は止まってしまうと思います。

 冷静に考えてみましょう。熊本地震が起きたときには人口70万人の経済を回復させるのに2週間から3週間がかかりました。首都圏は、神奈川、東京、千葉、埼玉あわせると、3千万人ちかくが住んでいます。

 つまり、大地震が起きた際には3週間で食料・水、ライフラインの供給が戻せるかどうかが非常に不安定です。

 そんなときに活用できるアイデアが不動産の有効活用です。
少子高齢化が進み、東京郊外には後継ぎがなく、所有者がいなくなり草ぼうぼうになった空き地がすさまじい勢いで年々増えています。

 この空き地を、首都圏直下型地震が起きたときの食料・水の供給基地として有効活用するのがヒデキのビジネス・アイデアです。

 首都圏の空き家を買い取り、そこに備蓄用食料と水を貯蔵し、地震リスクを恐れる会員から毎月、月会費を頂くと、いざ地震が起こったときに、会員のご家族は餓死することなく生存していけるのです。

2016年10月16日

HomeTown, Hamanako Lake

DSC_2127.JPGDSC_2126.JPG
 浜松に帰省すると親戚と会ったり、法事に出席したりしますが、最近は母をドライブに連れていってあげるようにしています。

  今、3人の子供を育てていると、楽しいけれども大変だというのが分かりましたので、同じように3人の子供を育ててくれた両親に感謝しています。

  「親孝行したいと思えど親はなし」と言いますから、亡くならないうちに親孝行したいと思います。

  一番の親孝行は、孫の顔を見せることと、母親をドライブに連れて行き、美味しい鰻を食べることです。

  中でも浜松で一番好きなところは奥浜名湖です。入り江が入り組み、あちこちにマリーナやはしけがあり、東京や名古屋のお金持ちの別荘が湖畔にたたずみ、湖面の美しさとともに優雅な顔をのぞかせてくれます。

  ここを車でドライブする際にはボサノバを掛けながら運転します。

  好きなアルバムは ゛Milk Bossa Lovesa AOR, by Marcela Mangabeira ゛ です。

  甘ったるいメロディを掛けて、奥浜名湖の風景を眼に入れながらドライブをすると、非日常感にドップリと漬かれます。

   僕が観光業者だったら、路上の看板を全部取っ外して、イタリア語に書き替え、「日本のアマルフィ」と 宣伝して全国からお客を集めるでしょう。

   鰻の方は浜松のソウルフードですが、現在は愛知県の方がトヨタのカンバン方式を駆使したためか、生産高が日本一になってしまいました。

   もうひとつの浜松の魅力は楽器の街ということです。ヤマハや河合楽器は浜松が本社で、浜松駅前には楽器博物館もあります。

  ほとんどの家にはピアノかエレクトーンが置いてあり、女の子はたいてい、地元の音楽教室に通わされることになっています。 

   楽器、オートバイ、自動車、光電子工学(浜松ホトニクス)と産業が集積した浜松は、中部地方では名古屋市に次ぐ80万人の人口を誇っています。

  そんな浜松に帰省すると、気分がリフレッシュして、新たな活力をもらえます。 



posted by ヒデキ at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハングリー精神とバイタリティー

 ー あなたにはメンタル師匠がいますか?


DSC_2128.JPG
  いつも一緒に仕事をしている仲間に、若い頃の自分を見いだすようなハングリーな若者がいます。

  僕は周りから「テフロン加工」(どんな逆境に遭ってもへこたれず、明るい性格を保つ精神力) とよく言われますが、なぜこんな性格が出来上がったかと言うとハングリー精神とバイタリティにあると思います。。

  ゛ビジネスで成功したい゛
゛もっと金を稼ぎたい゛
゛上流社会に入りたい゛
 という欲望につき動かされてきました。

  だから、そういうタイプの若者と出会うと、たとえ年は一回りも二回りも違っても、「一緒に働きたい」「友達でいたい」と思います。

   ハングリーな若者には共通点があります。それは、自分の可能性に上限を設けないことと、視野が広くて、自分が憧れる人には勇気を出して会いに行き、教えを請うこと。

  そして、中国福建省や四川省の農村から野心ひとつで上海に出てきた若者のように眼がギラギラしています。

 「自分はXXだから。」とか
「ほどほどの生活で満足だから」とか、自分の境遇をはじめから想定して保守に走っていません。

  三菱商事、三井物産を猛烈に追い上げて、そして遂に商社トップに立ったコテコテの関西系、伊藤忠商事の商社マンのようにギラギラしています。  

  野心的なのです。

  ときどき、若者と話していて物欲や成功欲の薄い草食系の若者に驚くことがあります。

  車も欲しがらない、豪邸に住みたいという欲望もない、彼女とデートするときにはファミレスで済ます。という、ロマンもへったくれもないコスパ重視のこじんまりした30代が増えてきました。

  自分の可能性にフタをしてしまい、最初っから人生に野望を持たない、挑戦をしない人たちです。
   
  給料が安くて車を買えないのなら、会社に隠れて寝る間を惜しんで副業をしたり、証券取引や為替取引で ゛自分のお金に代わりに働いてもらう゛努力をすれば良いではないですか。

   僕は20代のとき、ドイツ系銀行で昼間働き、 「一日も早く年収1千万円を突破したい! 」 という野望に突き動かされて、夜は日本の会社でフルコミッション・セールス(完全歩合給セールスマン)を行い、25歳から年収1千万円台に乗りました。

  24/364 (正月の元旦はお休みを頂いていました。)の生活でしたが、海外旅行にしょっちゅう行き、デートは車で江ノ島や葉山に行って、相模湾に沈む夕陽を見ながら彼女とレストランで食事をする、という生活が出来ましたから、全力で燃え尽きるような20代でした。

  そんなハングリー精神を教えてくれたのが、僕のメンタル師匠、 当時のベストセラー作家の大前研一氏と落合信彦氏の二人でした。

 ゛自分の可能性にフタをしない゛
゛目標は現在の延長線上ではなく、デッカク持つ゛

  ということで、ドナルド・トランプさんもそうですが、壮大なビジョンを描いて野心的な毎日を送る。という人生観を教えてくれました。

  期せずして二人とも米国留学組です。日本の封建的な学歴社会、ムラ社会の論理からは完全に突き抜けた人たちです。

   この人生観が僕の20代をつくってくれました。そして、この人生観で生きていると、少々の挫折や人間関係の悩み、などの些末なことなどどうでも良くなってしまうのです。
 (つづく)


 【 ポジティブ思考の教科書 − 武田 双雲 】



【 財務省と大新聞が隠す本当は世界一の日本経済 ― 上念司 】

 



・日本政府は700兆円近い資産を持っている。人口が日本の約3倍のアメリカの政府資産ですら150兆円ほどしかなく、日本政府は世界で一番の金持ち政府であると言っていい。しかもその7割がたは金融資産であり、すぐに換金できるものである。
・政府の借金は個人の借金と違って、すぐに完済する必要はなく、1000兆年後にでも完済する目途さえ立つなら、借金の総額は問題ないという。そして、名目成長率が上昇すれば、政府債務の負担は減っていくので、経済成長することが必要である。
・日本の借金は1000兆円以上だと危機を煽る財務官僚は、ほとんどが法学部出身で、経済のプロとは言えない。
posted by ヒデキ at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 頭の回転が速くなる方法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

ポジティブ思考へ! (22)

【 ポジティブ思考へ!(22)】
 ー 心の中はいつもカリフォルニアの青い空
LA 1.jpg
  日曜日の朝からどしゃ降りの雨を見ると、せっかくの休日に心が沈みそうになりますが、ポジティブ思考を身に付けるとそんな考えにはなりません。

  いつもカリフォルニアの青い空のような気持ちを保てます。どのくらい青いか、というとこの写真のくらいに青いです(笑)。

  つまり、現在の自分や目の前にある近未来や将来に対して一点の曇りもない状態です。

  そして、天気が晴れだろうが雨だろうが、自分が今日成すべきことが分かっている、自分に絶対の自信があるのがカリフォルニアのような青い空の心です。

  毎日がこのような心で快活な日々を過ごせたら素晴らしいと思いませんか?

  それにはほんの少しの技術で可能になります。あなたにも出来ます。

  1) 自分の欲しい願望リストを箇条書きに5つ書き出して、手帳の裏に貼り付けておきます。金銭欲、出世欲、結婚願望、食欲、健康欲、名誉欲と、何でも構いません。

  2)  朝、起きたら必ずこの願望リストを見ます。自分の願望を読み上げるだけで気持ちがアップビートに変わってきます。

僕の場合、朝食を食べたあとにジョギングウェアに着替え、90秒間全力疾走する、心拍数が180に達する運動をする、という新しい習慣を取り入れました。頭の回転を速くする、効率を上げるためです。

 3) 願望リストを読み上げたら、あなたはいつもどおり、「自分は天才だ。」 と、心の底から信じます。だって、私たちは1兆分の1の確率で父親と母親の精子と卵子の結合によりこの世に送り出されてきたのですから、一人一人が天才的な才能を持っているはずです。

正しい願望を持って、毎日努力を積んでいけば。

この3つが終わったら、いつもどおりの努力を続けます。雨の日だろうが晴れの日だろうが、いつもあなたの心の中はカリフォルニアのような青い空を保ち、快適で笑いに満ちた日々を過ごせるでしょう。

  今日も良い一日を!


【 一瞬で自分を変える方法 − 全米ナンバーワン・コーチ、アンソニー・ロビンズ 】


posted by ヒデキ at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 頭の回転が速くなる方法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

ザ・商社!! 日本経済の発電機

「教授、伊藤忠に決まったので単位ください!」 ファミリーマート社長 沢田貴司氏
 − 奇跡の就職ストーリー

 大学4年になり就職活動が始まった。

 1980年のことです。NHKで「ザ・商社」という経済ドラマが放送されました。松本清張の原作で、総合商社の安宅産業の経営危機の実話をもとに石油の利権獲得に奔走する商社マン(山崎努)の姿を描いた話題作です。毎回、わくわくしながら見ました。

 しかし、僕はアメリカンフットボール漬けの日々。就職人気ランキング上位に名を連ねる総合商社は無理だろうと諦めながらも会社訪問だけはしました。

 ところが、ある日、伊藤忠商事にいるアメフト部のOBから「伊藤忠に入社する気はないか?」と尋ねられたのです。驚きました。今思えば体育会系の入社枠でもあったのでしょう。OBの力もあって内定を頂きました。
内定はもらったが、卒業が危うい状況だった。

 1年生から3年生までギリギリの単位取得で進級していました。もし4年で1つでも単位を落とすと留年という瀬戸際に立たされていました。

 担当教授に「伊藤忠に決まったので、単位を下さい」とお願いに行くと「君の成績で伊藤忠? それは奇跡だ」と驚かれました。教授の知る限りこれまで物理学科から伊藤忠に入社した学生はいなかったそうです。何とか単位を落とさずに卒業をすることができ、ほっとしましたよ。

 「ザ・商社」のモデルとなった安宅産業は77年に伊藤忠が吸収、その影響もあってか、僕たちが入社する数年間は採用を絞り込んでいました。

 反動で81年入社組は久々の大量入社だったようです。

 就職活動時の伊藤忠の本社は日本橋でしたが、翌年の81年に現在の本社のある青山に移りました。ピカピカの新社屋で社会人人生のスタートです。
エネルギーの仕事をしたかった

 やはり 『ザ・商社』の影響が大きかったですね。

 ただ、実際に配属されたのは有機化学品に関係する部署です。塗料やウレタンの原料、プラスチック、ベンゼン、ナフサなどを扱う所です。住友化学や三菱化成などの大手化学メーカー相手の取引でした。

 チャーター船の計画、貿易実務、決済など商社の仕事の基礎をたたき込まれました。海外とのやり取りはまだテレックスの時代です。艀(はしけ)に乗って東京湾の沖に停泊しているタンカーに飛び乗って原材料の確認もしました。

 残業していると営業担当の上司に呼び出され取引先を接待し、お客さんをお見送りしたあとに再び会社に戻ることも日常茶飯事。横浜の独身寮には終電で帰り、始発で出社してました。「これが商社の仕事なんだなあ」と充実した新人時代を送っていたのを覚えています。

伊藤忠商事.jpg
posted by ヒデキ at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

Deutsche Bank ドイツ銀行

ドイツ銀行 写真.jpg

 ドイツ銀行の破たんが近づいているようです。

 僕は1988年にドイツ系銀行の東京支店に就職しました。
ドイツやスイスの大陸系銀行は Universal Bank(総合銀行制度: 預金や貸金、信託業務といった利ザヤの薄い商業銀行業務で頭角を現し、小口預金者や中小企業からの預金や貸金を集めて大きな利益を創り出すドブ板営業方式の経営戦略) 

 で成長してきたのですが、グローバル経済が潮流となった1990年代に、分不相応な投資で世界の金融業界の覇権を成そうと過激な転換を図りました。

 今まで地道な銀行業務で国の根幹を成す商業銀行として発達してきたドイツ銀行、コメルツ銀行、スイス銀行コーポレーション(現在のUBS銀行)、クレディスイス銀行ですが、1990年代に米国投資銀行(モルガンやゴールドマン、メリルリンチ証券)と互角に闘うために分不相応な投資に走ったのです。

 ユニバーサルバンキング制度で地道にやっていれば、少なくとも欧州金融の雄を走ってこられたのですが、株主資本主義が跋扈した90年代は、四半期ごとの利益率の上昇や、世界の銀行ランキングの上げ下げが株主のごきげんを左右したので、勢い
 
 『 米国投資銀行を追い上げろ! 』 と、ヘッドハンターに多額の手数料を払い、東京金融業界の上澄み液に高額の年収を保障して、アメリカのトップバンクに追いつこうとしました。

 “ブティック型投資銀行” という珍妙な言葉を経営戦略にして、メリルやモルガン、ゴールドマンと互角の投資をしようとした欧州大陸系の銀行は、スキルやノウハウの無いままに、過剰な投資をしてきました。90年代の話です。

 僕は当時、ドイツ系銀行のオペレーション部門 (事務管理部門) にいて、東京支店のオフィス拡張、社員の増大、証券のトレーディング業務を拡張するインフラを担っていたのですが、明らかに分不相応な拡張ペースに違和感を抱いていました。

 ここから先はメルマガ “熱血日記” を購読してお楽しみ下さい!

posted by ヒデキ at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 外資系証券 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月02日

ママチャリグランプリ参加者募集!

ママチャリ.JPG

ママチャリ2.jpg

2017年1月7日(土)に富士スピードウェイで開催されるママチャリレースに東横線チームから参加して下さる方を募集します! 

体力のある方、1月7日(土)が休みの方、是非ご参加下さい。
現地までは車で一緒に行きますので足の心配はありません。食べ物、飲み物を準備して、前夜祭も行います。

改造した超ハイスペックのママチャリで1周4.5キロを走りますが、F1レースをやる場所ですので、上り坂は33mの高低差があり、ビル11階分を、富士山の雄大なパノラマを見ながら走ります。
空気は美味しく、普段は味わえない爽快感を楽しめます。

東横線チームは明るくてラテン系のノリの人が多いです。レースが終わった後、綱島で打ち上げ会を行いますが、それがレースに増して楽しいひと時です。

興味のある方はメッセを下さい! コメント欄にハンドルネームと連絡用Eメールアドレスを入れてご連絡下さい。Eメールアドレスはブログ管理人しか見られないため、個人情報の機密は守られます。
posted by ヒデキ at 08:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする